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247 孤島のように

※兄弟ゲンカによる暴力描写があります。

 シュピレンはまるで孤島のように、砂漠の真ん中にぷかりと浮かぶ。

 実際は砂漠の範囲と位置的にはそんな真ん中って訳でもなくてその隣邦らしきブルーメの、それもローバストよりにあるとのことだがその辺は大体の感じで今はいい。

 とりあえず、見渡す限りの砂漠の中に唐突に、シュピレンは結構な規模の独立都市として存在している。

 賭博と観光業で成り立つ街はエキゾチックできらびやか。そして雑多なエネルギーであふれるかのようだ。

 けれども我々が向かうのは、その少し奥まった観光客の入り込まない裏町。

 大通りの華やかさとは打って変わってどこかさびれた街並みで、けれども道は馬車がすれ違える程度の幅がある。その左右にはところどころをレリーフで飾った二階三階の建物が、土を日干しにしたようなざらりと古びた外壁をさらしひしめいていた。

 灼熱の季節でありながら、建物が密集するために不思議に暗いその一角にブーゼ一家の本部はあった。

 裏道にしては広めの通りに面する門は堅牢で、そして大きく、どんな経緯で付いたのか物騒な傷が数多く残る。

 そして今、そんないかつい門前で二人の男が向き合い立ってにらみ合う。

 本当はテオドールと言うらしいテオと、その兄であるアレクサンドルだ。

 どうしようもなく剣呑に対峙する二人の兄弟を見ながらに、私はすぐ隣に立っている幼馴染にぼそぼそと話した。

「たもっちゃん、知ってるか。ハリウッドスターのファーストネームは短くて覚えやすい愛称が意外に芸名として使われてるらしいぜ」

「その豆知識、今いる?」

 ううん。なんとなく思い出しただけ。

 ちなみにメガネも私もアレクサンドルの部下である王都の騎士たちに首根っこをしっかりつかまえられて、予防接種不可避のイヌみたいな状態のままだ。

 レイニーだけはフリーダムだったが、これは隠れ甘党のヴェルナーがなぜか便宜を図ったためだ。思えば奴は、最初に雨季の荒野で出会った頃もレイニーだけには甘かった。

 そう、なにぶん甘党なだけに。

 ……なるほど。なにもうまくないなこれ。

 自分のダジャレセンスのなさに私がすっと真顔になる間にも、状況はどんどん悪くなっていた。正確には状況と言うか、キリック兄弟の空気だが。

 今や奴隷。片や騎士。

 目の色もまとう雰囲気も違うのに、研ぎ澄ました剣のようにきらめく髪の兄弟はひどく近しくよく似て見える。

 その兄が、弟に向けてため息まじりに静かに言った。

「心配を掛けて、手を掛けさせて、これ以上意地を張って何になる」

「それは……しかし……」

「言い訳には興味がない。帰るぞ」

 瞳を揺らし歯切れの悪いテオの言葉をさえぎって、上から頭を抑えるみたいにアレクサンドルが自分の意見を押し付けた。

 失望したと言うように、それか少し疲れたように。

 投げ掛けられたその声に、テオはわずかに、しかし確かにぎくりと全身を固くした。

 恐らく、見られまいとしてだろう。そらした顔をうつむけて、ぼそりとテオが呟いた。

「これは……おれが招いた事です」

 しぼり出すような声だった。

「兄上には関係ない」

「これだけ騒がせておいて、何を」

「放っておけば良い」

「解っているのか? お前の事を、公爵様まで気に掛けておられる。それを、身内が捨て置ける筈がないだろう」

「体面ですか」

「テオドール!」

 なんだこれ。

「いやホント、なんだこれ」

 私たちの目の前で、いい年をしたイケメンの兄弟がなにやら普通にケンカをしている。

「いいの? ねえこれ、いいの? 人目とかさあ」

 もうちょっと、気にしたほうがいいのではないか。

 ブーゼ一家の本部の前は、なんだなんだとチンピラや近所の人も集まり始めて人だかりができていた。確実に、異国の騎士が大多数を占める集団がいきなり訪れたせいに違いない。

 それだけに、これ外聞悪くない?

 そんな心配いっぱいに問うと、苦く悲しく隠れ甘党が首を振る。

「アレク様とテオ様が久々に顔を合わせると、いつも最初はこうなってしまう」

「毎回なのかよ」

 思わずハモったメガネと私をつかまえたまま、アレクサンドルの部下たちはひそひそと深刻そうに話し合う。

「まずいぞ、ヴェルナー」

「そうだ。この流れは始まるぞ」

「……仕方ない。野次馬を下げて、障壁を張れ。決して周囲に怪我人を出すな」

 頭が痛いと言うように指先でこめかみをぐりぐり押して指示を出したヴェルナーに、仲間の甘党騎士たちがきりきりと動く。

 そこで囚われのメガネと私はヴェルナーが一手に引き受けることになったが、割と一瞬のことだった。

 彼は複雑そうな渋面で我々を公爵家の騎士に預けると、弟と言い争っている自分の上司に背後から注意深く近付いた。

 その上司、アレクサンドルはぶつぶつ文句を言いながらおもむろに腰の剣を外した。

「お前はいつも訳の解らん意地を張る」

 そしてかなり無造作に、剣を自分の後ろにぽいっと投げる。次に騎士服の上着を脱いで、

「大体、冒険者になる時も勝手に決めて」

 と、そんな文句を言いながら同じようにして投げた。ベストとシャツの姿になって、腕まくりをしながらにお兄さんが言う。

「少しは家族の話も聞いたらどうだ」

 恐ろしいのは、一度も後ろを観なかったことだ。

 そこにはヴェルナーが控えていたが、ぽいぽいと投げてよこされる剣や上着を彼は当然のように受け取った。そしてアレクサンドルがシャツの袖をめくり上げる頃には、さっと下がったあとだった。

 お兄さんもヴェルナーも、完全にこのやり取りに慣れすぎている。

 どんだけ兄弟ゲンカしてんだよと思っていたら、やはり慣れているらしい隠れ甘党の騎士たちが、わいわいと騒がしい野次馬を下がらせ周辺に素早く障壁を張った。

 テオとアレクサンドルの兄弟ゲンカに、手が出始めたのはそのあとだ。なんかこう、準備ができるのを待っていたかのような……。

「おれの人生ですよ!」

「だが、キリック家の一員だ!」

 テオが殴り、アレクサンドルがやり返す。

 兄のこぶしを頬で受け、よろめくついでに身を屈めるとテオは「もう貴族の身分もないのに!」とアレクサンドルの足元を払う。

 ここで「キリック家としては何代か前に爵位を返上しているが、アレク様は騎士爵を得て立派な貴族だ」とヴェルナーから変に親切な注釈が入った。

「どれだけ心配を掛けていると思う?」

 最小限の動きで足払いを危なげなくかわし、アレクサンドルが弟をとがめる。

「母上も、だから縁談を用意してお前に落ち着けと」

「それは関係ないでしょう!」

 思わぬ話を蒸し返されて、思わず動揺したテオをアレクサンドルが真正面からとらえて殴る。

 あまりに綺麗に入った攻撃に、周囲の野次馬からわっと歓声が上がった。

「おおー」

「やっぱ兄貴じゃねえか? 騎士だし」

「いや。あの弟、白旗さんだろ? 一家の代表で闘技会出てんだ。そこそこやるだろ」

 集まった野次馬がそわそわと、兄だ、いや弟だと口々にやたら騒ぐと思ったら、どうやらどっちが勝つかで賭けが開始されている。

 さすがシュピレン。ボコボコの兄弟ゲンカさえ、容赦なく娯楽の食い物に。

「うわー、えぐい。テオの足踏んで逃げないようにして殴ってる。これはえぐい。お兄さんのやり口がえぐい。この一戦、どう見ますかオオノギさん!」

「あっ、私か」

 ブーゼ一家のチンピラが「さーないかないか! 締め切るぞ! 賭けるなら急げ!」とやいやい言うのを見ながらに逆に感心していたら、たもっちゃんががまんできずに実況ごっこを始めてしまった。気持ちは解るし、振られたら私もつい参加してしまう。

「そうですねー、両者共に職業からして武闘派だけに兄弟ゲンカの勢いがすごくて正直引いているところです! あとは決着までにどれくらい掛かるかが気になりますが、その辺は専門家に聞くことにしましょう! そこのところどうでしょうか、ヴェルナー氏!」

 キリック兄弟の専門家として急に巻き込まれたお兄さんの腹心の部下、上司の剣と上着をかかえたヴェルナーは、メガネと私にエアマイクをにぎるただのこぶしを突き付けられて訳の解らない顔をした。それでも「まだしばらくは確実に掛かる」と答えてくれたのは、多分きっちりとした性格のせいだ。

 ごめんな。悪ふざけに巻き込んで。

 こうして我々が遊ぶ間にも殴り合いは一向に止まらず、なんかもうこれダメじゃねえかなと完全にひとごととして眺めるなどした。

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