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245 保身

 まあ一応、話は解った。

 とにかくこのブルーメからの客たちはテオか我々かその両方を心配し、砂漠まできてくれたと言うことだ。怒ってるようにしか見えなくて、解り難い事務長を含めて。

 しかし、だからこそ私たちは悩んだ。

 どう説明すればいいのかと。

 これまで聞いた話からすると、テオがやばいとは伝わってても人買いに買われた話はまた別だろう。

 テオが自ら奴隷になったのは、証言者である商人たちが砦から逃がされたあとだった。

 その説明を、我々が。

 この、善意と心配となんらかの事情で助けにきてくれたらしい人々に。

 解りやすく誤解なく、そして保身を図りながらになさねばならないと言うのか。

 テオが奴隷になったってだけでもものすごく言い出し難いのに、そのあとの流れもどう説明すればいいのか解らない。

 荷が重すぎる役割に、たもっちゃんと私は苦悩した。特に絶対怒られたくない保身の気持ちが我々の中のハードルを上げ、難題のようにのし掛かる。

 しかし、それは間違いだった。

 そもそも、前提からして間違っていた。

 ローバスト伯爵夫妻を始めとし、このシュピレンの高級ホテルに集まったテオと我々をどうにかする会のメンバーは結構現状を知っていた。

 テオがムルデ砦を生き抜くために、人買いに自ら買われたことも。シュピレンのブーゼ一家に売り渡されたことも。

 そして先日開催された、闘技会に剣奴として出場させられたこともだ。

 全部じゃん。

 それもう、なんか。全部じゃん。

「いやいやいや」

「恐い恐い恐い」

 逆になぜ知っているのかと。

 おののいている我々に、ローバスト伯が落ち着きしかない口調で言った。

「事件の知らせを受けてすぐ、ツヴィッシェンに人を走らせたのだよ」

 領主の意を受けた騎士と文官が一人ずつ。私が勝手に覇者馬と呼ぶ大きな馬を騎士が駆り、後ろに乗った文官が慣れない馬にひたすら耐えて一直線に隣国へ。具体的にはその端の、ムルデ砦へと向かったとのことだ。

 そして現地ですでに捕らえられていた、盗賊や盗賊に加担した兵の吟味に立ち合って、時には自ら聞き取りを行い、報告を随時ローバストへ送った。

 テオと人買いについてのことは、この吟味の中で証言に上がっていたらしい。

 けれど、と。

 ローバスト伯はここで我々から視線を離し、それを別の人物に向ける。

「ローバストが掴んだのはここまで。そののちは、ラーヴァ伯爵が調査を」

 静かに語られる言葉と共にその視線を受けたのは、髪も口ヒゲも真っ白な、しかし琥珀の瞳に若々しい光をたたえる老紳士。領主夫妻や我々を横から見る位置取りで、一人掛けのソファに落ち着くヴァルター卿だ。

 ヴァルター卿はそれに「おや」と、眉を持ち上げ言葉を返す。

「家督はすでに譲っております。どうぞ、ただのヴァルターと」

 ラーヴァと言うのはヴァルター卿がかつて治めた領地だそうだ。そして領地の名前と爵位を続けて呼ぶと、その地を治める貴族の当主を示すことになる。

 だからラーヴァ伯爵と呼ばれるべきはすでに息子であるのだと、ヴァルター卿は指摘した。

 と、そんな説明を。

 なんだあのめんどくさそうな会話はと戸惑うばかりの私に対し、まだソファの陰に隠れて屈みレイニー相手にくだを巻く隠れ甘党のヴェッくんがぼそぼそとしてくれた。

 さすがやり手の部下は違うななどと思っていたら、彼は少しマジメな顔をして「先のラーヴァ伯爵は、いまだ軍の諜報部に影響力をお持ちなのだろう」とも言った。

 はいはいはい。あったあった。ありました。そんな話もうっすらと。ヴァルター卿と最初に縁ができた時、そのせいでアーダルベルト公爵が頭をかかえることになったのだ。

 見た目ばかりは目立つところのなにもないおだやかそうな老人は、しかしかつては軍の諜報部、それも指揮官クラスの地位にいてぶいぶい言わせていたと聞く。

 きっと誰も見たことのない、鋭い爪を隠しているのだ。見た奴は大体みんな生きてないタイプの。

 やだー、なんらかの敵陣営にいそうな頭脳派に見えて実はゴリゴリに強い幹部みたいじゃないですか。やだー。

 たもっちゃんと私はジャパニーズサブカルチャーに毒されてなんとなくそわそわしてしまう中二の心を押し殺し、とりあえずこの老紳士が敵でなくてよかったような気がすると素直にほっとしておいた。

 色々と話の本筋を見失い掛けてしまったが、どうやらこの超強敵幹部みたいなゴリゴリの老紳士の活躍によりシュピレンに着いてからの我々の動きはかなりの精度で把握されているらしい。

 正直、困る。我々からは、サビかほこりしか出ないのだ。それも大量に。

 ではその把握された事実を元に我々がどうなってしまうかと言うと、貴人とその有能な部下たちにちくちくとつつき回されるのだ。

 そもそも砦に人買いが都合よく居合わせた時点で盗賊や兵との結託を疑うべきだったとか、早い段階で貴族が後ろにいるとにおわせて強引にでもテオを買い戻せなかったのかとか、シュピレンに着いたら着いたで剣奴としてテオを引き取ったブーゼ一家にいいようにされ、その上でなにを能天気に新しい街を満喫しているのかと。

 まあまあ好き勝手な言われようをした。

 後半はただの批判だが、反論どころか説得力すげーなと言う感想しか出てこない。

 思ってた感じとちょっと違う気はするが、これだ。私はこれを恐れていたのだ。

 ちなみに人買いは金に困って腕の立つ剣奴を探す旅の途中で、本当にたまたま砦に居合わせただけだと裏が取れているらしい。

 人買いもまた砦の盗賊と結託している可能性について、疑う発想さえもないのかと我々は今しがたディスられたばかりだが、結局やっぱりたまたまじゃねえか。

 じゃーいーじゃんとうっかり顔と口から不満が出ると、それは結果論であり怪しいことに変わりはないので頭から信じず一応もっと用心しろと余計に怒られるだけに終わった。

 しかし、人買いが砦にいたのは通り掛かりの偶然として。

 盗賊に手を貸す兵士らが金品も自由も奪わずに、人買いの好きにさせた理由はなにか。

 そんな新たな謎に気付いてしまった気がしたが、よく考えたら我々が砦を通った時も別に普通に通された。

 なんかそう言うこともあるのかなと思ったら、誰とははっきり言わないまでも、ヤバい依頼主の仕事を受けて旅する途中だと抜かりなくにおわせて難を逃れていたようだ。

 人買い、そう言う世慣れたとこあるよね。

 変に納得してしまいしみじみと黙り込んだ我々に、「それで」と声を掛けたのは我々をつつき回す会の間に前線復帰した事務長だ。

「君達は結局、今まで何を? キリック卿の弟君が剣奴となるのを手をこまねいて見ていたのは理解した」

「もっと優しい言いかたして欲しい」

 事実だが。事実だけども。

 たもっちゃんが思わず言って、私も「わかる」とさめざめ両手で顔をおおった。実際には一ミリも泣いていないので、さめざめとしたフィーリングだけだが。

 実のお兄さんがいるためか、弟君と改まった表現でテオをさした事務長に追及を緩めるつもりはないようだ。

「彼自身、自ら人買いと契約魔法を交わしていたと聞いている。手の出しようがなかった事も。それに現在の所有者に身柄の権利が移っても、闘技会に出すために剣奴を探し買い取ったのなら目的を果たすまで手放す事はないだろうとも想像が付く」

 そんな一定の理解を示した上で、事務長はやっと話の核心を突いた。

「では、闘技会が終わっているにも関わらず、相も変わらず君達が彼を取り戻せていないのは何故だ?」

 問い掛ける口調でありながら、確認でも取っているかのようだ。どうせ、足元を見られているのに違いないと言うように。

 まあ、正直それもある。

 しかし、それだけと言う訳でもなかった。

 ものすっごく言いたくないが、言わなければ許してもらえそうにない。

 我々はうーんとうなりソファの上で腕組みし、お前が言えよとこそこそなすりあいをした末にメガネが心底しぶしぶ口を開いた。

「ブーゼ一家の……あ、テオ買い取ったのブーゼ一家って言うんですけど。そこのラスって人が、まー事務長によく似てて」

「どう言う意味だ」

「それでもうお察しかとは思いますが、完全に足元見られてまして」

「おい、答えろ。それが本心か」

 たもっちゃんがしみじみ語るあちらこちらで引っ掛かり、事務長が憤懣やるかたない合いの手を入れる。ローバスト伯爵や奥方様が「まあまあ」とおっとりなだめていたが、その余裕も少しの間だけだった。

 うながされ仕方なくぶちまけた、我々の話にほどなくドン引きすることになるので。

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