241 ひたすら宴会
シュピレンの二年に一度のお祭り騒ぎ、ブーゼ一家、シュタルク一家、ハプズフト一家のナワバリ争いコロシアムは終わった。
六ノ月と七ノ月にはさまれた渡ノ月、中ノ日のことである。
渡ノ月は三日あり、翌日は最後の下ノ日に当たる。七ノ月が明けるまで一日を残し、祭りのメインイベントが終了したのだ。
なんか半端な日程だなと思ったら、最終日は街中がただただひたすら宴会だった。
今回はおとなげない勇者のワンパンで勝利を収めたシュタルク一家が酒や料理を振る舞う役だが、勝者をたたえる名目で入れ代わり立ち代わり次々に集まる民衆のどんちゃん騒ぎで祭りの幕を閉じるのはどこが勝っても同じだそうだ。
シュタルク一家の本部には普通に勇者がいるはずなので我々は強い姿勢で不参加となったが、ブーゼ一家の名代としてラスはご祝儀を届けに行った。その話を聞く限り、混沌を招きがちの勇者が本領を発揮したようだ。
騒動の流れを簡単に追うと、勇者を囲む層の厚いハーレムにシュタルク一家の娘が飛び込み自分も一緒に付いて行くと言い出したり、まだ風邪の治り切らない父親である一家のボスがふらっふらしながらベッドから飛び出して止めようとしたり、それで娘からパパなんか嫌いと叫ばれてふっとよろめいたのをすかさず支えたクレメルがお嬢さんあんた騙されてるんだとわめいてハーレムに嫉妬する男子たちの支持を集めたりした。
勇者をけなされ腹を立てた仲間の女子とシュタルク一家の娘がクレメルを責め、たじろぐクレメルと彼を支持する男子とで口ゲンカが一気に白熱し、ほうぼうから野次が飛び、酒と料理がどんどん消えて、誰が誰で誰と誰になにをどうして叫んでいるのか解らないようなカオスが生まれて宴もたけなわ。
現場にいたラスの言葉を借りると、いつになくおもしろい宴会だったとのことだ。
一方その頃の我々は約束通りにハイスヴュステのアルットゥやニーロと会って、勇者がしんどいなどのグチを聞いてもらうなどしていた。
その時に判明したのだが、彼らと一緒にまた会った別の村の男らは乗り物がネコだった。
例の、街の外で行われたレースで、でっかいネコに乗っていたのがこいつらだったのだ。
その事実に、私は腹の底から声を出す。
「ネコを担げよ人間風情が!」
「あぁ、それ。レース前に聞こえてな、試しに担いでみたんだが、重いし、ぐにゃぐにゃしてるしで、無理だった」
たもっちゃんに言わせるとどう考えても私の主張が理不尽だそうだが、ネコ様連れの下僕の一人は真摯に対応していたらしい。マジか。試したのかよ。
じゃあしょうがない。貴様の主たるネコ様を吸わせてくれたら勘弁してやろう。
若干はあはあしながらに雑な妥協と歩みよりを見せる私からいくらかの距離を置き、なぜ闘技場で再会した時点で気付かないのかと砂漠の民の見分けに厳しいニーロが嘆く。
いや、ほら。ネコ様がいると、焦点がネコにしか合わない現象ってあるじゃない? 黒い服着てるなーってだけで、人間の顔なんか全然見てもないじゃない? それ。
言い訳しながらじりじりと私は接近を試みていたが、砂漠のネコ様はとても気高く、絶対に胸毛は吸わせてもらえなかった。じゃあ腹毛と思ってリトライしたら、前足でびしりと打ち倒される。背中に感じる肉球に、思わず「ありがとうございます!」と叫んだ。
我々の渡ノ月は、こうしてハイスヴュステのドン引きで暮れた。
そして迎えた七ノ月。
各一家はまだどこか祭りの余韻に浮付く街を、きりきりと引きしめ事後処理に追われていたようだ。その一つが、シュピレン最大の闘技場を修繕する件だ。
これにはシュタルク一家の戦士であった勇者が元凶でしかないことに加え、当該の闘技場を擁する区画が今回の戦いで同一家の管轄となったと言う諸事情がある。
だから闘技場の修繕は当然、シュタルク主体で行われるべき事柄とも言えた。が、このシュピレンの街の四つ目の区画は、二年ごとに治める一家が変わりがちなのだ。
そのために、潜在的管理者であるブーゼとハプズフトの意見を聞かない訳にも行かない。と、言うことになんか知らんがなるらしい。
まあそこまではいいのだが、これら三つの一家はただただ仲が悪かった。話し合いの席を設けてもとにかく重箱の隅をつつく会にしかならず、なかなか難航するとのことだ。
あと、あんな形で闘技場を壊さなくても勝てたのではないかとの意見もやはり根強く、勇者に補修費用を請求する案も出たと言う。
おどろきの吸引力で女子を引き付ける勇者。各方面にヘイトを稼ぎすぎの勇者。そのせいで実行犯への費用請求案が支持を集め、喜々として可決されそうになる勇者。が、あと一歩のところで支持者の筆頭、シュタルクのボスがパパのバカ! と娘にキレられ首の皮一枚で難を逃れることになる勇者。
結局、娘が一緒に行かない代わりに補修費用の請求もしない、娘と勇者を引き離すためだけの結構な損害を覚悟した取り引きがシュタルクから提示され、勇者も飲んだ。娘を思う父親のなにも感謝されない愛だと、たもっちゃんのしみじみとした変な同情を引く。
それでも、勇者がいつまでもいると娘の気が変わるかも知れないとの懸念と、男子からの強硬な反発に追い立てられて一行は早々にシュピレンの街を去ることになった。
たなぼたで大歓喜したのが我々である。
またいつかどこかで会えるといいなと、屋台までしんみり挨拶にきてはっふはふタコ焼きに食い付く一行に、思わず「じゃあねえ!」と大きく手を振ってしまった。
ここまでが、七ノ月が明けてから二、三日のできごとだ。
去年の夏から長期に渡ってなぜかチームミトコーモンと会いたがる勇者の重圧から解き放たれて、我々は羽ばたいた。正確には、主に私が羽ばたいた。
シュピレンにきてから生活に草が足りないと強く訴える私のためにみんなで砂漠へお出掛けしたり、それで雨季の間だけ砂の地面ににょろにょろ生えるつる性のヘチマに似た植物をとったり、そのタネを水や酒に一晩ひたして翌朝になるとできているぶるんぶるんの保湿ジェルの原料を作ったりした。
あめ玉ほどの楕円のタネが一つもあればバケツ一杯のジェルになり、乾燥ワカメより増えるじゃんと朝から思わず「すげー!」と叫んだ。あれはよかった。腹の足しにはならないが、肌に合うなら保湿的なものはいくらあっても困らないので。
この植物はちょっと特殊で、熟した実をうっかり触るとペットボトルロケットのように水分をまき散らし空へ向かって打ち上がる。水と一緒に硬いタネも吹き出して、広範囲に振りまく効果もあるようだ。当たると痛い。
思わず「スゲー!」とここでも叫び、この植物をスゲーヘチマと勝手に名付ける。
あとはヒマに任せておもむくままに街を探検したりして、観光客向けのお茶とお菓子に軽食を出すちょっとしたカフェを開拓もした。
ヨアヒムにどっかいい店ないかと聞くと大体いい感じのお店を教えてくれて、ホームレスって謎の情報力あるよなと毎回思う。
それでもヒマを持て余し、せや、公爵さんのおみやげにめずらしい本でも探したろ。と思い立った勢いでこれもヨアヒムにたずねると、なぜかめちゃくちゃに悩まれた。
ものすっごいしぶしぶの感じで教えてもらったお店に行くと、暗く細い裏通りにあるのは本屋と言うか貸し本屋。店内は外よりさらにじっとり暗く、古びた本が棚からあふれて床にまで積み上げられている。しかもその奥にいる店主は、毒リンゴでも出してきそうなくたびれたローブ姿の魔女っぽい老女だ。
入ろうとしたら通り掛かった近所の子供に必死で止められ、ババア怒らせたらカエルにされるッスと一生懸命に警告された。なんとなくだが、私、君の一族知ってると思う。
ヨアヒムがしぶっていたのもこの噂のせいらしく、大人まで腰が引けてるかと思うとちょっとだけ不安だ。しかし子供におやつを与えて中に入ると、普通に本は貸してもらえた。ただし本を痛めたりすると、先に渡した補償金が戻らないシステムだそうだ。恐い。
色々あってもぎ取ったものの使う機会のなかったテキスト翻訳のスキルをああこうだ試していたら元の文章をお手本的に紙の上にうっすら移してなぞるだけで写本ができるようになったり、それでもなぞって書くのはアナログなのでそれなりに時間が掛かって寝落ちに次ぐ寝落ちにやられたりして時間を溶かす。
この頃になると、私はお目付け役のレイニーと二人で屋台班とは別行動することが増えていた。これはメガネとメガネの屋台が、急激に忙しくなっていたからだ。
闘技会場で各一家の幹部らに勝者の勇者も加わって、謎の球体を食べてた姿がなんだあれはとじわじわ話題になってたところへその後も屋台に勇者が通い、結果、バズった。
今では焼き上がるのを待つ客が、屋台の前からなかなか消えないほどになる。
そこに小金のにおいをかぎ付けたラスが部下を投入し、メニューの権利を買い取ろうとし、屋台の数を増やそうと話を持ち掛けてきてメガネの忙しさに拍車を掛けた。
その辺はメガネの担当なので、私はよく解らない。ラスの陰謀で人手が増えて、仕事がないならしょうがないなと屋台を離れてヒャッハーと遊んだせいもある。しかし。
そうして油断する間にも近付いていたのだ。
かの地からの刺客が。刻々と静かに。




