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238 白旗

 貴様、あれは一体なんだと。

 致命傷たり得る攻撃を受けたら装着者の魔力を吸い尽くし自動的に障壁を張る絶対防御の防具の上に、ちょこんと生えた白旗を私が指でさしてたずねるとメガネはどこかドヤ顔で答えた。

「俺、頑張った」

「がんばるとこが多分そこじゃないだよなあ」

 うまく言語化できないが、なんかこう、とりあえずそこじゃねえんだと。

 漠然と伝える私に対し、たもっちゃんはまくし立てるように早口で語る。

「あのね、あの防具って障壁が発動したら装備した人が倒れるじゃない? その時どんな感じで倒れるか解んないけど、どんな体勢で倒れても上側になった部分から垂直に白旗生やしたかったのね。これが上手く行かなくてさ。結局防具に防具自体の水平と天地を感知する魔法術式組み込んで、簡易的な転移魔法陣使って小さい旗を召喚する形で――」

「たもっちゃん」

 話が長い。

 そしてなにも解らない。

 そんな気持ちで名前を呼んだ私の真顔に、やっとそこでメガネは気付いた。

 あっ、みたいな表情で、心の距離を察したメガネは視線とテンションをどんどん下げて最終的には自分の足の先を見る。

「……俺、頑張ったんだ……。何なら防具の絶対防御より、旗を生やすのが一番大変だったんだ……」

 自分の開発した魔導防具がそんなにはウケないと薄々知って、たもっちゃんはうつむきぼそぼそ呟く。

 絶対防御の防具を製作した者として、倒れたところで試合が終わるとは限らず、しかも障壁の魔力が尽きるまで執拗にトドメを刺そうとしてくる奴がいるかも知れない。

 そんな心配が尽きなかったとメガネは言った。同時に、どうしてあんなに白旗を生やすことへ執着したのか。今となっては思い出せないとも語る。

 魔道具制作の疲労によって冷静な判断力が失われていたのか、なんの気なしに思い付いたアイデアに取りつかれてしまったのだろう。疲れてなければ冷静な判断力があるかどうかは別にして。

 落ち込んだ空気を感じるが、やっぱりがんばるのはそこじゃなかったと思わざるを得ない。

 そしてこれは余談になるが、このノリと勢いで実装されたムダな白旗システムにより、今回の闘技会以降、テオはシュピレンのどこへ行っても「白旗の人」と呼ばれてしまうことになる。

 戦いやそのための道具などと言うものは、悲しみしか生み出さぬものなのだ。

 今回の悲しみに限っては、たもっちゃんが積極的に生み出してしまった結果ではあるが。

 そのことで、たもっちゃんがテオからめちゃくちゃキレられるのはまた後日。

 闘技場をぐるりと囲む客席からは腰の高さのぶ厚い壁に手を置いて、ばきばきに割れて傾きめくれ上がったグラウンドを見下ろす今はまだ知るはずのないことだった。

 ついさっきまで砂が敷き詰められていた、グラウンドの下にはどうやら地下があるらしい。厚く硬い床の底が抜け、砂や砂に潜んだネコチャンたちはその空間に滑り落ちてしまったようだ。

 客席からはもう姿が見えないが、どこからともなくにゃーにゃーとやたらと声が聞こえてくるのでどこかしらには元気な状態でいるような気がする。

 仕方ない。ベストアンサーとは言えないが、ネコ好きとしてギリギリ許そう。

 ネコチャンたちを一匹一匹蹴るよりは、一気に素早く退場させたこの荒業はまだ支持できる。ネコチャンたちが超元気と言う大前提の上ではあるが。

 ちなみにベストアンサーは、無抵抗ではらわたをくれてやることだ。

 ばきばきに破壊された闘技場の中には、破壊の限りを尽くしたマントの男が一人立つ。

 ネコチャンたちを飼い慣らすライオンは吹っ飛ばされた壁際でぴくりとも動かす倒れ伏し、またそこから離れた位置に白旗の人が障壁に包まれ気絶しているのが見えた。

 こうして、戦いの勝者は決まった。

 シュピレンの街をあげて二年に一度、三つの一家のメンツを掛けて開催された闘技会の勝者が。

 あっけに取られていた観客たちからじわじわと勝者を称える歓声が上がり、テラス席の一角が特に騒がしくなったと思えば壁の上から人影がいくつも飛び下りる。

 テラスからグラウンドまでは高さがあるし、しかも今はばきばきに破壊されていた。めくれ上がった床のすき間に落ちたりすれば、その下に潜んでいるはずのネコチャンの餌食になってしまうかも知れない。

 そんな不安で会場からは一瞬悲鳴が上がったが、彼女らは危なげない足取りでガレキの上をぴょんぴょん渡ってマントの男を包囲した。

 そして何人もの女子が我先に、一人の男に抱き着く様に真顔になった。真顔になったのは主に、たもっちゃんと私だ。

 金髪タテロールのお嬢様、元気系の村娘、ビキニアーマーの剣士、ローブ姿の魔法使いの女の子、聖女、若い女の子の奴隷、踊り子、メイド、幼女など。そしてそれらにしがみ付かれた、マントの男。

 もみくちゃにされたせいだろう。おいおいよせよと困った様子の彼の頭からフードが落ちて、顔があらわになっていた。

 さすがに私も気が付いた。

 なんかあれ、勇者と連れの女子たちじゃね? と。


 そら勝つわ。

 余裕で勝つわ。

 闘技会。

 だって勇者なんだもの。字足らず。

 思わず五七調で標語ができてしまったが、あれでしょ。主人公っていいとこで勝つようにできてるんでしょ。なんかうまいこと。

 当然実力もあるのだろうが、勇者などと名乗っていると勝って当然に思えてしまう。

 それはそれで過酷な話って気もするが、あいつハーレム主人公だから。同情とかはいらないと思うの。

 たもっちゃんと私はなんとなく、あっ、勇者だ。と思った瞬間、申し合わせた訳でもないのにそろった動きでほとんど同時に屈んで隠れた。が、当然なにもかも遅かった。

 ネコチャンを蹴るとはお前の血は何色だとか騒いでた時に、すでに目視されていたらしい。そりゃそうだ。

 試合の終了が宣言されるとハーレム勇者はハーレム要員を引き連れて、やあ久しぶり! みたいな感じでやってきた。

「思わぬ所で会うもんだな!」

 さながら旧友との再会のように。

 からりと笑う勇者に対し、たもっちゃんは深く同意して見せる。

「えぇ、本当に」

 ただし、その空気は勇者とは真逆だ。

 なんでこんなところまできて、また会ってしまうのか。そんな疑問がにじみ出るのを止められず、なんか全然隠せなかった。

 だが、それも仕方ない。友情の定義に厳しくなりがちな陰キャからすると、我々が友である瞬間は過去も未来も一切ないのだ。

 去年の夏ごろ特殊金属農具シリーズと引き換えにストーキングをはさみつつ二回ほど食事を提供し、その時の会話によって彼ら勇者一行がチームミトコーモンに変な興味を持っていると判明したこともあり、全力で逃げただけの間柄にすぎない。

 それでズッ友だよねと旧友感を出されても困るし、我々はむしろ積極的に逃げている立場だ。

 でも、あの時はチームミトコーモンが我々とはバレていなかった。お陰で逃げられたようなものだが、今の認識はどうなのか。

 私がそうしていだいた疑問は、当然メガネもいだいたらしい。

 それで「勇者さん達はどうしてここに?」と、さりげないようでいて全然なにも自然ではない質問をとりあえず最初に相手に浴びせた。

 ただ、勇者はそれに答えない。

 と言うか勇者から返事があるより先に、近くで聞いてたラスやゼルマが「は?」とキレ気味に低い声を出した。

 どうやらシュタルク一家から出された選手が、勇者とは知らずにいたらしい。

 彼らはそもそも闘技会の勝負が付いた辺りから明らかに不機嫌だったので、そこに燃料を投下してしまった格好だ。勇者との友好を深めるどころではなくなって、逆に助かる。

 さすがに勇者は卑怯じゃないかとぎゃんぎゃん騒ぐブーゼとハプズフトのチンピラに、まだ背の低いクレメルがハリネズミのようにちくちくはねた髪を逆立て「オレだって納得してねえ!」と叫ぶ。

「オレは反対した! こんな女ばっかはべらしたヤツ、信用できないって! でもオヤジが倒れちまって、ミョウダイのお嬢さんが決めたから……どうしようもねえだろ!」

 くっきりと大きな瞳をうるませて、破れかぶれに全部ぶちまけたクレメルがお嬢さんと言った辺りで大体察する。

 勇者だからな……。逆の立場から見れば、困ってる美少女になぜか出会いなぜか頼られる主人公あるあるのパターンのやつや。

 ちなみにクレメルのボスはただの風邪なのだそうで、ごはん食べてゆっくり休めば普通に治りそうでそこはよかった。

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