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236 戦士の姿

 心配だ。

 あー心配だ心配だ。

 もちろん、テオのことである。

 我々も、心配は一応してるのだ。

 シュピレンの街にきてからの我々の行動をなんとなく知っているらしい、ブーゼ一家のラスからはなにを今さらみたいな顔をされたりはしたが。

 おかしいな。テオのこと、結構気にしてるんだけどな。これでも。それが周りになかなか伝わらないと言うだけで。

 どうにかケガなく帰還させようと、必殺の槍や絶対防御の防具と言った矛盾の武具も作ったんだけどな。メガネが。

 確かに、テオが購入されたのはナワバリを賭けた戦いに出すためだと判明し、その闘技会が終わるまで買い戻すのもムリじゃない? と、薄々思ってしまってはいた。

 そしてそれから結構のんびりすごしてしまい、別のことにも打ち込みすぎた。そこそこ多彩な柄がプリントされた、バリエーション豊かなTシャツが我々の罪を物語る。

 あと会場の最前列にある低い壁を解説席に見立て、メガネと二人で実況解説を始めたのもよくなかったかも知れない。ただ、我々も本当はいてはいけない所にいると自覚があるのでなんかサービスしなくてはいけないかと思った。やってから、これじゃないかなと反省はしている。

 全体的に、我々には緊張感がないのだ。

 いや、心配はしてる。それは事実だ。

 ただ、奴隷となったテオが今から危険な試合をしようと言うのに、心のどこかで大丈夫って気がしてた。

 必ず勝つと信じていると、そう言えるほどはっきりとしたものではなかった。でも、なぜか。悪いことが起こる訳がない。そんな気持ちがどこかにあった。

 だって、テオはそこにいる。目の前に、がんばれば手だって届きそうなすぐそばに。

 それは慢心だったかも知れないし、現実が見えていないだけかも知れない。

 不幸はいつでも前触れなく訪れる。それを忘れていただけなのかも。

 しかし、すとんと自然に思うのだ。

 闘技場に敷き詰めた砂漠の砂を踏みしめて、剣をたずさえ現れたテオに。

 薄く笑んだような表情で、不敵に、強気に。彼は鋭く油断なく気を引きしめている。

 そこには悲愴な空気も気負いもなかった。

 ただやるべきことをやるのだと、これが自分の役割なのだと、とっくに心を決めている。

 なぜだか、そんなふうに思われたのだ。


 まあ、本当にそうかどうかは知らない。

 本人に確かめた訳ではないし、冷静によく見たらなんかそこそこ距離あるし。

 観客の歓声と熱気に包まれて、闘技場に立つ戦士の姿は三つある。

 数人の屈強な男らが三人を引き連れ現れて、ブーゼからは剣士のテオが、ハプズフトからは巨漢で頑強な獣族が、シュタルクからはフードとマントに隠れた小柄な男が闘技会に参加するのだと、客席からの歓声に負けじとほとんど怒鳴るようにして告げた。

 長身と言うべきテオや巨漢の獣族と並べられ、マントに包まれた人影はまるで女性や子供のようだ。いや、多分男だが。

 その体格差を見ているだけでこちらは大丈夫かと思うのに、本人はなんだか平然としている。たもっちゃんの言う通り、あれは油断できないタイプかも知れない。

 そんなことを考えていると、高まる期待に騒がしく、乱暴な怒号の飛び交う中にゴゥン、ゴゥンと何度も音が鳴り響く。

 木枠に吊るした金属製の円盤がグラウンドの隅に持ち込まれ、試合の開始を知らせるために強く打ち鳴らされたのだ。

 マッチョながらにでっぷりとお肉の付いた男らが、二人掛かりでその円盤を運んで下がると会場内の喧噪も不思議と次第に静まった。

 代わりに空気を満たすのは、ぴりぴりとした気迫めいたなにかだ。

 すり鉢状の闘技場の底から戦士の放つ圧迫感が客席までも支配して、誰もが息を詰めていた。

 音もなくじりじり間合いを取っている彼らの、息づかいさえ聞こえてきそうな静かさに。

 ある時ピシリと亀裂が入る。

 ハプズフトの戦士がビリビリとどろく声で咆え、先制攻撃を仕掛けたからだ。

 いっぺんに倒すつもりだったのか、それとも様子見だったのか。

 ぶ厚く大きな手の平が、鋭い爪をひらめかせほかの二人の戦士に迫った。

 力とスピードを併せ持っていながらに、二人の敵を射程に入れた攻撃は荒い。当然難なくよけられて、彼らの間合いが広くなる。

 テオは後ろに下がったその足で、細かい砂を蹴散らすようにぐっと踏み込み剣を抜く。

 なめらかに光り走る剣の刃が、小柄なマントを薙いだと思えばそれは表面だけだった。

 トン、トン、と。マントの戦士は歩くように剣から逃れ、その身を包んでなびいた布はどこかが切れたようにも見えない。

 そのことに、はっとする時間さえもなく。

 剣を振り抜いた格好で、いくらか無防備なテオの背中に獣族の男がおどり掛かった。彼は太い足で砂地を駆けて、その喉元に食らい付こうと頑強なあごを大きく開く。

 あっと言う間に間近に迫ったその口に、テオは練った魔力を剣にそそいで後ろにとんだ。小さな雷をまとった剣を力任せに大きく振って、電撃で敵を牽制しながらにその反動で自分の体を攻撃から逃がす。

 その頭のよさそうな戦いぶりに、興奮を抑え切れず我々は叫んだ。

「ナイス作用と反作用!」

「物理法則輝いてるよー!」

 そんなに剣が振れるようになるまで眠れない夜もあっただろ! などとメガネと一緒になってぎゃいぎゃい応援していると、なめらかな動作で剣を構えてちらりとこちらを見たテオがめちゃくちゃ嫌そうな顔だった。

 客たちも最初こそ戦士の気迫にのまれていたが、今では野次や声援が飛び交っている。

 だからどうせ聞こえないだろと思ってたのに、運動会の応援席で恥ずかしい騒ぎかたをする身内を見付けた思春期みたいなあの顔はまず間違いなく聞こえてるやつだ。

 色々とザコの私にはどれほどかよく解らんが、多分すごく強い三人による息つく間もない戦いにどうでもいい水を差してしまった。

 かわいそう。特にテオ。そもそもの原因は我々なのだが、それはほら。しょうがないって言うか。

 エキサイティングに思い付いた声援は、一度止まって考える前にうっかり口から出てしまうから……。後悔は、あとからやってくるものなのだから……。罪深い。

 そんな罪を背負いしこちらのことは黙殺することにしたらしく、テオは敵の攻撃を防ぎ、よけ、または苛烈な反撃に転じ、どかんどかんと会場を沸かせた。

 その戦いのほとんどは、ハプズフトの獣族と衝突し交わされたものだ。

 相手は恵まれた体躯にたくましい筋肉をこれでもかと装備して、全身はベルベットのような短い毛皮に包まれていた。ただし頭部には豊かなたてがみを持ち、それを油でびっちりなで付け整えてある。

 力強く、同時に俊敏な体。グローブのようなぶ厚い両手は、鋭い爪と固く重量感のある肉球を隠し持っていた。

 あいつ、ライオンタイプの獣族じゃねえかと。

 うっすら私も気付いたが、心は不思議に凪いでいた。

 なんかこう、ちょっと違うかなって。

 私が愛するのはネコなのであって、ネコっぽいけど別のなにかではないのかなって。

 だから対戦相手の片方が気高いネコ科を思わせる獣族であろうとも、私のいだくテオの無事だけを祈る心に曇りはなかった。

 ただそれが、ぐらっぐらに揺らぐことになったのは、あとから思えばこの戦いのクライマックスでのことだ。

 テオとライオンがぶつかり合って、マントの男がその戦いのすき間を叩く。会場を沸せる対戦ながら、三人共に決め手に欠ける状態がいくらか続いた頃だった。

 ライオンがほかの二人から飛びずさるように距離を取り、観客席に頭を向けた。すり鉢状の闘技場の底から、そうして彼が見上げた先は最前列のテラスの席だ。

 裕福な客たちが観戦を楽しむ、先ほどまではゼルマがくつろいでいた辺り。いかつい獣族が多く見られるその一角は、ハプズフト一家の関係者が集まっているらしい。

 ハプズフトの戦士がハプズフトの席に視線を送り、そしてハプズフトの誰かがそれにうなずき答えて見せた。

 それが合図だったのだろう。

 ライオンは、嵐のような、獣そのもののような咆哮を天に向かってびりびりと上げた。

 たくましい体にこだまし響く雄叫びに、闘技場に敷き詰められた砂漠の砂がぼこぼことうごめく。そして鋭い牙を持つ、小型の魔獣が無数にその姿を見せた。

 ずっと砂の中に隠れて潜み、出番を待っていたのだろうか。

 小型魔獣は砂漠と同じ色褪せたベージュ。テオとマントの男を取り囲み、三角の耳をピンと立て、頭と二本の前足を砂の上にちょこんと出して一斉に鳴いた。

 にゃーにゃーと。

「ネッ……ネコチャーン!」

 私は身を乗り出して、我知らず叫んだ。

 見た目にサイズ、鳴き声までも、この異世界で見た中で最もネコ感のあるネコだった。

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