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232 不確定の可能性

 いや俺もね? と、たもっちゃんは神妙な顔を作って言った。

「何か最近鳴らないなとは思ってたんだよね。ただ、人買いの馬車に乗ってたりデカ足の背中に乗ってたりこのお屋敷に居候してたりで人目がない時がないから、逆に鳴らないの助かってたかなって」

「簡単に言うと?」

「決してわざとではないんだけども、ちょっとそうかなと思ってはいた」

 箱のフタを開くまで箱の中の状況は不確定の可能性がどうのこうのとメガネはなにやら言い訳をしたが、板の魔力は切れてるような予感がしてて、しかしちゃんと気が付いてしまうとメンテナンスしないといけなくなるのであえて確認はせずにいた。と、とりあえず私にはそんなふうに聞こえた。

 こうしてほかに誰も管理する者のない通信魔道具の充電切れがメガネによって恣意的に見逃され、公爵さんや某王子、事務長でさえ連絡が付かない状態だったのだ。

 そのために彼らはわざわざギルドを通して連絡しなければならなかったし、それにもなかなか反応がないと我々とテオに関する情報を最後に上げたグードルンの所に鬼のような問い合わせをしたようだ。

 そのために、シュラム荒野のギルドからギルド長であるグードルンの名前で「王都のえらい人から問い合わせがきてて恐いからそちらから連絡するかこちらに一度連絡をください」みたいな感じの伝言が、毎日のように送られて束になるほど積もり積もってしまったのだった。

 確かに、今日受け取った伝言を確認すれば送られたのは結構前だ。我々がこのシュピレンに到着するよりも、手前の日付で預けられたものもある。

 だとしたら、それらの伝言が今になりいっぺんに渡されたのはなぜだろう。

 順序としては、この街にきて最初にギルドに立ちよった時に渡されていてしかるべきだった。

 この奇妙なタイムラグについて、教えてくれたのはテオだった。

「冒険者ギルドは各国にあるが、国が変わると組織も別系統になるからな。伝言や冒険者の情報は大まかに共有されるそうだが、国をまたげばどうしたって時間が掛かる」

 それに、相手の居場所が確実に解っているならともかく。

 移動し続ける冒険者への伝言は、基本、相手がギルドに現れるのを待つ。

 また預かった伝言も、一括で世界中に共有できると言ったものでもなかった。

 相手が国外に出てしまった場合には、どこかの国のギルドから該当者の情報が共有されてくるのを待ち、それから現れた国のギルドに宛てて伝言を転送することになる。

「今回の場合だと、お前達がこのシュピレンのギルドで罰則用の依頼を受けた情報が伝わって、ブルーメで預けられた伝言がこちらに転送されてきたってところだろうな」

 だから、あれらの伝言は我々の手元にくるまで時間が掛かった。

 それは冒険者やギルドにはただの通常営業なのかも知れないし、行き先がはっきりしない職業で伝言が届くだけでもかなり貴重なサービスと言うべきなのかも知れない。

 ただ我々に関しては、こちらが魔道具の魔力を切らしてなければ必要なかった時間と手間だ。忍びない。

 その気持ちに偽りはないのだが、同時に心の片隅でメガネの行動も解らなくはなかった。

 人がいっぱいいるとこで通信魔道具が鳴るのはめんどい。わかる。なんか。ほら。板は。ほら。めずらしいらしいから、ほら。

 ランプの灯るテーブルを囲み、メガネとテオと私は一度深く息を吐く。

 そしてそろそろ金ちゃんの背中も限界ではないかと、微妙に話題をずらして話し始めた。そうだね。現実逃避だね。

 グードルンは犠牲になったのだ。えらい人からの問い合わせとかの。

 魔力を込めた魔道具はアイテム袋にもアイテムボックスにも入らないから、たもっちゃんがちくちく縫った袋に詰めて金ちゃんに背負ってもらうしかない。充電切れから目をそらしていた間は、それもただムダに背負わせていた格好になるが。

 そもそも高級なお寿司屋さんのまな板みたいなサイズの板を、複数持ち歩こうと言うのにムリがある。これはどうにかならないものか。

 そんな感じでうだうだと、諸事情と欺瞞にまみれて夜はふけた。

 そして翌日。

 いよいよテオが出荷となった。

 いや、正確には出荷ではない。

 シュピレンの街を支配するブーゼ、シュタルク、ハプズフトの三つの組織のメンツ及びナワバリを賭けた、闘技会と言う名の代理戦争に出される日がきたのだ。

 昨日から騒がしい街をあげてのお祭りの、メインイベントと言うべき闘技会にはそれぞれの一家がよりすぐりの戦士を出してぶつけ合う。

 昔は血みどろのガチ抗争があったとのことで、その代わりに始まった闘技会にもやはり危険が付きものだ。と、聞いたりもする。

 その当日の朝となり、我々は急激に心配になった。

「ねー、テオ。大丈夫? やだったらお休みしていいんだよ。俺から先生に電話してあげるから」

「そうだよテオ。ムリしちゃダメだよ。時には弱音を言ったっていいのよ」

 たもっちゃんと私がそわそわと、まとわり付くのはブーゼ一家の客室で戦いの準備を整えるテオだ。

 彼は針金の飾り紐が特徴的な愛用の剣を腰に吊るして、たもっちゃんが術式を刻んだ絶対防御の防具を身に着けている。

 一撃必殺の槍と同じく、防具も絶対防御が発動すると使用者の魔力を吸い尽くす。

 しかし絶対防御が発動するのは致命傷を受けそうになった時なので、槍と違ってこちらは戦いに支障は出ない。と言うか防具が発動した時は、すでに勝負に負けている。

 戦いの美学かなんなのか、テオはこれを嫌がった。戦闘不能になりながら死ぬことだけはない絶対防御と言うものは、いさぎよさがないらしい。知らんがな。死にたがりの若者か。

 とりあえず、無事に戻ればそれでええんやとメガネと二人で言いくるめ、なんとか防具も着けさせた。だから恐らく死ぬことだけはないのだが、それでも送り出す刻限が近付くとどうしようもなく心配になった。

 今からでもなんとかやめらんないかとテオの周りをぐるぐるうろつくメガネと私に、さんざんほったらかしにしておいて今さらなんだと。

 彼はその灰色の瞳をあきれたように、うんざりしたように細めて言った。

「大丈夫だ、問題ない」

「嘘でしょテオ」

 偶然だろうと理解しながら、だいぶん前にどっかで聞いたようなセリフにメガネと私はざわついた。

 なぜだ。なぜ自分はうまいこと、そんな装備で大丈夫かとネタを振っていなかったのか。いや、防具を着せた我々がそれを言うのもおかしいが。

 こんなド天然チャンスはもうないかも知れないのにと、変なくやしがりかたをしているすきにテオは闘技場へ連れて行かれた。

 まあ、解ってた。これまで何日も時間があって全然止められなかったものが、出発直前になんとかなる訳がない。知ってた。

 とりあえず魔道具の防具は装備させたし、まあ多分死にはせんやろみたいな感じで我々は気持ちを切り替えた。

 朝に弱くてしかばねのようなおっさんことヨアヒムに体にいいお茶を飲ませたり、そのおっさんに睡眠学習方式で屋台の準備を説明したり、のそのそと起きてきた金ちゃんと金ちゃんに荷物のように運ばれてまだ眠そうな子供のために朝食を出す。朝食の用意は自分もお腹が空いてきたらしき、レイニーが積極的に手伝った。

 今日は闘技会に出されるテオを見守るのが第一にあるが、たもっちゃんが無難を目指してこねくり回した返信を冒険者ギルドに持って行ったり、いくらかのお金を積んで人出の見込まれる闘技場、の、片隅に買った出店スペースで屋台を出すなどの予定もあった。闘技場で商売すればテオにも近くて一石二鳥と言うムダのない発想だそうだ。

 その辺を朝食を食べながら詰めて、屋台のほうにはメガネとヨアヒムと金ちゃんと子供。ギルドに行くのはレイニーと私と言うことになった。

 こちらの通信魔道具に魔力を流せば普通に通じるはずなので、わざわざギルドに返信を頼むことはない。しかも相手は用がなければギルドに立ちよることのない人ばかり。

 そんな人への伝言は、最寄りのギルドに一回送ってそこから職員にダッシュして届けてもらわなくてはならない。

 いや、別にダッシュでなくても構わない。

 ただ相手がそろいもそろってアレすぎて、自然とダッシュになるとは思う。とにかく、そのために料金がかさむ。

 これはメガネも私も承知だが、ついでにテオも一緒になってあの保護者会の面々と直接話す勇気はないと断固として文書での返信を選んだ。仕方ない。こんな時だけ我々の意志はものすごく硬い。

 ただただ問題の先送りではあるが、できるかぎり怒られるのは避けたい。仕方ない。

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