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231 王都からの伝言

 お金目当ての肉食女子には警告するとギルド長に約束してもらい、帰りに通り掛かった窓口で思い出して草を売る。

 全然仕事できてないから、せめて草でも売ろうと思ってたんだった。またうっかり日数をすぎたらペナルティを課せられてしまう。

 危ないところだった。命拾いした。

 それからギルドを出てすぐに、レイニーに物理で飛んでもらってブーゼ一家の屋敷へ戻る。と、屋敷の建物と門に囲まれた前庭で、ヨアヒムと言う名のおっさんがめそめそと弱音を吐いていた。

「堪忍ですよ、旦那様。やっぱり客商売なんて、とても向いてやしねえんで」

「いやいや、リコ見たでしょ。あいつの焼いてたタコ焼きがなぜか炸裂したの見てたでしょ。それに比べたら、ちょっと教えただけで丸く安全にタコ焼きの焼けるヨアヒムはかなり適性あるほうだから」

「たもっちゃん、私のいないところで私の料理を変な引き合いに出すのはやめて。別に炸裂はしてないの。ちょっと訳の解らない突発的な沸騰みたいな謎の現象が起きただけ」

 あれには私もおどろかされた。

 しかしそれはそれとして、タコ焼きをうまく焼けるのは調理への適性であって客商売への適性ではないのではないか。

 そんなことを思ったが、ヨアヒムにはぜひとも屋台を軌道に乗せてもらってホームレス生活から抜け出して欲しいのでそこは大人になって黙っておいた。

 いまだ異世界タコ焼きのTシャツを着たヨアヒムは、レイニーの帰還を知ってきゅっと全身を縮こまらせた。

 そして眠った子供を抱き込んで、あぐらをかいてうとうとしている金ちゃんの背後にじわじわと隠れた。

 なんかもうやだとにじみ出るものを感じるが、そんなぬるい逃避行動でうちの天使から逃れられるはずがない。

「ヨアヒム。もう観念なさい」

 レイニーは鬼教官らしくきりりと言って、縮こまったおっさんに迫る。

 それと入れ替わるようにして、たもっちゃんが「どうだった?」と私のほうへよってきた。冒険者ギルドのことだろう。

 伝言ってなんだった? って意味でもあるし、ハニートラップ待ったなしの女子たちとかはまだ元気? みたいなニュアンスも多分ある。ついでに、なんであんなにギルド長が気にしてたの? と、そんな疑問も少しばかり含まれている。ような気もする。

 最後のは考えすぎかも知れないが、とにかく私は、その問いにうまく答えることができない。

「なんか、ギルドの人がかわいそうだった」

 とりあえずそんな感想と共に、もらってきた伝言の紙を「読めば解る」と束のままでメガネに渡す。

 図らずもセリフが私に伝言を渡す時のギルド長のようになったが、自分が人に伝える立場になってみて解る。これはほかに言いようがない。

 たもっちゃんは紙の束を受け取ると、庭にいつも出しっ放しになっているテーブルとイスのセットに近付いた。紙を見ながら腰掛けて、そこに灯った燃料ランプで文字を読む。

 感想は一言。

「なるほど」

 と、やはり伝言を最初に読んだ私のようになって言う。解る。ほかに言葉が出てこないんだろ。心の底から解るわ。すごく。


 我々を思わず真顔にさせた伝言は、日付としては最初にシュラム荒野のグードルンから届いたものが始まりだった。

 それから少し日を置いて、アーダルベルト公爵に、テオのお兄さん。少し遅れて某王子と続く。

 またさらに、王都からの伝言が届いたあとにもグードルンはほとんど毎日新しい伝言を投げ付けるように送り続けていたようだ。

 一番最初を除いては大体同じ文面だったが、ギルドで受け取った伝言が束のようになっていたのはこのせいもある。

 それらの伝言はほとんどが、一つの事柄に関連した内容だ。

 つまり我々の気分としては結構前のできごとで、あとはえらい人がなんとかしてくれと言う感覚で冒険者ギルドに丸投げしてきたムルデ砦のことについてだ。

 たもっちゃんは時系列通りに伝言の紙を重ね直して、一番ぶ厚く一番古いグードルンの伝言から読んだ。あまりに厚く長いのでそれを自分で読む気にはならず、私はメガネを横から急かして内容を知ろうと試みる。

「なんだって? ねえ、なんだって?」

 テーブルの余ったイスに腰掛けて、たもっちゃんに声を掛けると「んー」と生返事が返る。ランプに向かって紙と体を傾けて、ぱらぱらめくって流し読みしてから一番上の紙へと戻ってそのまま束ごとテーブルに置いた。

「何かね、これ、グードルンなんだけど。砦で襲われてほぼほぼ遭難してた人達いたじゃない? あの人達は国で対応する事になったって。まだ荷物戻ってないし被害もはっきり裏取れてないからこれからが大変になるけど、とりあえず見舞金渡して帰すか相手から賠償金取るまで残すかは本人の状況次第っぽい」

「荷物戻ってないの困るじゃん」

「困るねぇ。でもツヴィッシェン側からも連絡あって、ちゃんとしてくれそうだって」

「そっか。じゃあ、まあ。まだいいか」

 不幸中の幸いと言う意味で。

 この件についてはテオが奴隷落ちするきっかけとなったこともあり、我々も少なからず気に掛かっていた。

 そしてテオに救われた商人たちも、彼の身を案じていたようだ。グードルンの伝言の中には、商人たちがずっと心配しているとはっきり伝える一文もあった。

 テオを捕まえその辺りが書かれた伝言を渡すと、彼はようやくほっとしたような、同時に少し泣きたいような顔をした。

 あちらの近況が解ってよかった。だが我々がほとんど遭難していた商団をシュラム荒野のグードルンに預けて、「じゃ!」と立ち去ってからのできごとを、こうして長い伝言で知らせてきた目的は超大変だったけどがんばったから我をたたえよと言うことのようだ。

 その結果、束になった伝言の、大半が自画自賛だった。それは読み飛ばしたので我々は別にいいのだが、これを伝言用の魔道具から手書きで書き出してきたギルドの人の気持ち思うと申し訳なさしか出てこない。

 そう言えばムルデ砦の辺りを管理する代官屋敷に忍び込み、えらい人の寝室に告発文をかざぐるまでぶっ刺してきたこともあったが、あれ、びっくりしてくれたかなあ。

 次に日付が古いのはアーダルベルト公爵からの伝言だった。それから間を置かずテオのお兄さんであるアレクサンドルの伝言が続く。

 恐らくは、ここだ。

 この頃に我々の、と言うかテオがしれっとまずいことになっている現状が王都の保護者会にばれたのだ。自分で言っててびっくりしたが、保護者会の表現がものすごくはまる。

 そしてこれは王都から離れているせいか、数日遅れてローバストの事務長からも伝言があった。ここまできたら、そりゃそうですよねと言う気持ち。

 その三つの伝言を要約すると「話は聞いた。近況を詳しく全部吐け」と容赦なく催促するものだった。

 互いの保護者からの伝言に、たもっちゃんとテオはぼそぼそと話す。

「これ、返信しないといけないのかな……」

「おれも、この状況を兄にどう伝えれば良いのか……」

 多分どうもこうもないのだが、人にはムダに悩んで先のばしにしたいこともある。私は深い理解を示し、二人をそっとしておいた。

 そして最後にもう一つ。アレクサンドルと事務長の伝言にはさまれて、某王子からのおたよりがあった。

 ただこれは、恐らく代理人と思われる全然知らない人の名前で届いた。バレてるのは承知ながらにいまだに身分を隠しているノリと、ギルドに預けた伝言は職員の目にも触れるのでそれをはばかりあえて本名を出さなかったようだ。助かる。

 公爵もえぐいが王子はダメだ。なんとなくだが、さすがの私もまずいような気がする。

 テオのお兄さんだって騎士爵を持ってると前に聞いた覚えもあるが、公爵と王族の前にはまだ大丈夫みたいな気持ちになるからこっちの感覚も多分おかしい。

 あと事務長は、事務長だから。なんの理由にもなってはいないが、爵位があろうとなかろうと気持ちの上ではそれだけでまずい。

 では代理人の名義であるはずなのに、この伝言が絶対に王子だなと解るのはなぜか。

 それは料理の師匠へのご機嫌伺いから始まって、また近い内にお目に掛かるか魔道具でお話がしたいですと希望がつづられていたからだ。あいつしかいねえ。

「たもっちゃんさあ」

 全ての伝言に目を通し、どうにか当たり障りのない返信はできないものかとテオと話すメガネに向かい、私は横から質問を投げた。

「通信魔道具の板ってさ、どうなってんの?」

「あぁ……。気が付いてしまったか」

 うん。さすがに。

 グードルンとテオのお兄さんはともかく、公爵さんと某王子、それに事務長は我々につながる通信魔道具を持っている。聞きたいことがあるのなら、直接連絡もできたはず。

 ただし、そうできない状況もある。

 例えば、通信魔道具の板の、充電と言うか魔力が尽きている時とか。

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