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230 謎の小道

 アルットゥ一行とおしみにおしんだ別れのあとで、我々は屋台組と合流し撤収作業を引き受けた。

 途中でちょこちょこ休憩程度には交代もしたが、屋台の仕事をほとんど任せてしまっていたのでそれくらいはする。

 なお、これは撤収作業に取り掛かる我々の近くで反省会を始めた屋台組の会話だ。

「良いですか、ヨアヒム」

 かかとの高いブーツを履いた両足を、肩幅に開き腕組みをしてレイニーが言う。

 ヨアヒムと呼ばれておどおど視線を返すのは、我々のすさんだ心に一服の清涼剤的な存在となったホームレスのおっさんだ。

 一日一緒に働いて名前を呼ぶほど仲よくなったのかと思ったら、なんかそう言う感じでもなかった。

 レイニーは青い目を細め、眉をひそめておっさんを見る。

「今日は初日です。それを考えても売れ行きは悪いです。ですが、全く売れなかった訳でもありません。中でも一度買ってまた戻ってくるリピーター率は異様に高かった様に思います。味は良いのです。一度味を覚えさせてしまえば、もうこちらのものです。重要なのは新規客の獲得ですが、まずは挨拶から始めましょう。通行人と目が合ったらすかさず声を掛けるのです。さぁ、わたくしの後に付いて練習を。いらっしゃいませ!」

「い、いらっしゃいませ」

「声が小さい! いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいませ!」

「あっ、違う。反省会じゃない。ただの接客研修だこれ」

 鬼教官のたたずまいを出してきたうちの天使とその前で声を張り上げるおっさんに、私は思わず呟いていた。

 レイニーのあのプロ感はなんなのか。


 もうすっかり夜だと言うのに、それかすっかり夜だからこそ、街の空気はお祭り騒ぎに浮付いていた。

 特に街の中心の、大きな通りが十字に交わる広場の辺りはどんちゃん騒ぎでちょっと訳が解らないほどだ。

 私はそんな街の様子を、レイニーと二人で高い所から見ていた。土を干して固めたような、シュピレンの街に立ち並ぶ建物の屋根の上からだ。

 たもっちゃんのボロ船で上空を何度か飛んだから見て知ってはいたのだが、この街の建物は平らな屋上だけでなく斜めの屋根にも小道や階段、ハシゴが設けられていた。

 なんなのかなと思っていたのが、今夜解った。

 この、家々の屋根に設けられた謎の小道は、気心の知れた住人たちが近所を訪ねるのに使うためだけのものらしい。

 そのために建物の外からは屋根にのぼれないようになってるし、端まで行ってもやはり建物の中を通らなければ地上におりることはできない。

 近所に知らない家があったり引っ越してきたらどうするのかと思ったら、階段やハシゴを外して物理でルートをつぶすのだそうだ。

 この話を教えてくれたのはブーゼ一家の本部の屋敷でその辺にいた若い奴だが、そんなご近所トラブルみたいなとこまで聞きたくはなかった。

 我々は一度、ブーゼ一家の屋敷に戻った。

 しかしタコ焼き用の鉄板の手入れや明日の仕込みをレクチャーしたいうちのメガネと、それに捕まったおっさんのヨアヒム。あとは疲れ果て眠気に負け気味のうちの子と金ちゃんを屋敷に残し、レイニーと私はまた外出しなければならない用事があった。

 冒険者ギルドの件である。

 それがなければ正直もう外に行きたくないって言うか。浮かれて騒ぐ酔っ払いや群衆の、ひしめくようなあの人ごみに再び飛び込むとか考えただけで割とムリと言う気持ちでいっぱいになる。

 今まで不思議に思うだけだった屋根の小道をここで思い出したのは、そんな感じでそこそこ必要に迫られてのことだ。

 地上がダメなら屋根があるよねと思ったのだが、話を聞いた若い奴によると屋根のルートは隣近所を何軒かをつなぐだけで閉じていて大した距離は移動できないとのことだ。

 しかし今はレイニーがいて、私は人ごみが嫌すぎる。

 我々はムリを通して夜の街をどんどんと、小道の途切れた屋根の間はむりくりに魔法でカバーして進んだ。

 月のない夜はとても暗いが、街には普段より多くの明かりが灯されて屋根のほうまでほのかに届く。

 土を塗り固めたような建物は飾り柱や意匠を凝らしたレリーフで飾られ、瞬き揺れる灯火によって照らし出される街の様子はエキゾチックな雰囲気が強い。

 喧騒を逃れてそんな街を見下ろして、屋根をのんびり歩くのはなんだかわくわくとおもしろかった。

 だがそれも、時間にすればわずかな間のことだろう。

 割とすぐに気が付いた。

 我々がどんどん進んでいるのは、人様のお宅の屋根なんだよなと。しかも、想定されている利用者は仲のいい近所の人だけだ。

 いかんな。これ、バレたら怒られるやつだな。怒られるからダメって言うか、ダメだから怒られる当たり前の話だが。

 あと、速度的にもレイニーに普通に飛んでもらうほうが早い。考えれば考えるほど、どうしようもなくなにもいいことがなかった。

 その辺に気付くとおもしろがるどころではなくなって、やべえやべえとレイニーに隠匿魔法を強めに頼み大体の場所は人目を避けて飛ぶなどしてもらう。

 まあホント、人様の家を勝手に通っているのでなければ。夜、屋根の散歩は最高だった。

 ブーゼ一家と冒険者ギルドは別の区画に存在するが、どちらも街の中心に近く直線距離はそう遠くない。

 ほどなくたどり着いた冒険者ギルドは少し明かりを減らしていたが、まだちゃんと開いていた。よかった。

 中に入ると結構遅い時間と言うのに窓口にも人がいて、伝言を受け取りにきたと伝えればすぐに上の階へと通された。

 階段をのぼり廊下を歩き、案内してくれた職員が奥まった部屋をノックする。返事を待って扉を開くと、そこには専用のデスクに座るシュピレンの冒険者ギルド長がいた。

 恐らく、彼のオフィスなのだろう。

 調度は少ないが書類や魔石、書き込みのある小さな木札が付けられたなにかの牙や皮などの素材がごちゃごちゃと、デスクや棚に積み上げられた部屋だった。

 入ってすぐの応接セットを勧められ、レイニーと私の前にはささっとお茶とお茶菓子が出た。

 その間にギルド長が書類を入れるための浅い箱を両手で持って、どこか硬い表情でテーブルをはさんだ向かい側の長椅子に座る。

 それから浅い箱を慎重に、テーブルに置いて我々のほうへ押し出した。

「これで全部だ。今、ギルドで預かっている伝言はこれだけになる」

「もう用意してくれてたんですか。ありがとうございます」

「確かに渡したぞ。渡したからな」

「えっ、はい。えっ」

 なんだろう、その念押しは。

 やだ恐いと書類に手を出すのをためらってたら、ギルド長は「見れば解る」といい感じの傷がある浅黒い顔を苦々しげにゆがませた。

 私は気の進まないままちょっとだけの覚悟を決めて、テーブルの限界までこちらによせられた書類箱をおそるおそる覗く。

 中の紙はやたらと多いが、一枚一枚はいつも通りにギルドの魔道具から書き写されたものらしい。

 そして一番上に重ねられた伝言の、差出人にはアーダルベルト公爵とあった。

「なるほど」

 解った。あわてる。これはあわてる。

 我々は先日の清掃依頼が終了したのを報告して以来、冒険者ギルドに立ちよってもいなかった。

 そろそろ行かないとなとは思っていたのだが、完全なるお金目当てのハニトラ女子たちが肉食むき出しで待ち構えているのが我々の気を重くしていたのだ。

 今日もちょっとどきどきしていたが、よく考えたら私はそもそも肉食女子たちの標的ではなかった。全然相手にされないとなると、少しだけ寂しい気がするのはなぜだろう。

 そんな事情で、ブルーメの国外であるとは言っても、貴族の、えらい人からの伝言を、預かったまま渡すに渡せずギルド長や職員は胃の辺りをきりきり痛めていたらしい。

 その気持ち、なんとなくだが痛いほど解る。

 なぜなら、私だって嫌だから。

「これ、受け取らなかったことにできませんかね」

「絶対に止めてくれ」

 色々となんとかするつもりでそのままなのを思い出し、ぽろっと本心をこぼしたら即座にギルド長の顔面が悲壮に染まる。

 これからはもっと小まめに顔を見せろと懇願のように訴える男にハニトラ女子が恐いからムリかも知れないと正直に答えると、賭博で成り立つ街ゆえに奴隷とまでは行かずとも借金で首が回らない奴も結構多いと悩ましげに聞かされた。闇じゃん。

 なにそれカジノの闇じゃんと、お茶とお菓子をいただきながらに我々は震えた。いいお菓子だった。

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