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23 おまわりさん

「どうする? 声掛ける?」

「いやー、どうだろ。黙って付いてくるって事はさ、自然体が見たいんじゃない?」

 なにか用でもあるのかも知れない。そう思った私に、たもっちゃんは首を振った。

 ドッキリ企画に気が付いてしまったが、番組の主旨に気を使って気付かなかったフリを続けるタレントみたいだ。こっちが気付いてしまった時点で、何一つ自然体じゃないんですがそれは。それはどうなの?

 レイニーの忠告を受け、たもっちゃんが看破スキルでガン見した。なのですでに、尾行は某事務長の部下であることが判明している。

 深入りしないみたいに言ってたけどな。実はあの人、ものすごく興味があったのだろうか。解んないけど。しかし、こちらとしては声を掛けてくれたほうがありがたい。

 尾行とか言われるとびっくりするし、なんとなく居心地も悪い。そして、レイニーがバカみたいにバカを釣っているからだ。

「きみ、美人だね。ちょっと付き合ってよ」

「お菓子屋さん探してるの? おいしいお店知ってるから、お茶しようよ」

「それより、食事は? ごちそうするよ」

 気が付くと、こんな状態になっていた。

 我も我もと、次から次に。今レイニーの周りには、バカみたいなセリフで誘ってくる七、八人のバカが群がっている。その周囲にはなんだなんだと野次馬が集まって、ちょっとした見世物状態だった。

 我々は田舎ばっかりうろついていたので、イマイチよく解っていなかった。レイニーの顔面は、兵器なのだ。使いかたを間違えると、ものすごくうざい。

 うっとうしいから散れと言っても、効果はなかった。私たちには迫力とかがないらしい。

「たもっちゃん、やっぱこれもうダメだ。助けてもらおう」

 ドッキリ企画の主旨とか、空気を読んでる場合ではない。

 付いてきていると言う部下の人に、事務長の名前を振りかざして助けてもらおう。嫌な顔はされるかも知れないが、断れないくらいに泣いて頼めばいいと思うの。

 しかし、これは甘い考えだった。

「あ、駄目だ。いなくなってる」

 さっきまでいたのにと、たもっちゃんは後ろを振り返ったまま呟いた。

 このことで、私たちは一気にテンパった。たもっちゃんが妙に落ち着いて見えるのは、パニックで頭が回っていないからだろう。

 すごく解る。私もそうだ。あれみたい。夜の繁華街で、オラついた若い奴らに絡まれた時みたい。あれさ、寿命縮むんだよね。

 日本だと、おまわりさんがきてくれたりするんだけどなー! どうかなー! 異世界!

 どうしようどうしよう、おまわりさんどうしよう。と、たもっちゃんと私がポンコツになっているすきに、バカの一人がレイニーの手をつかんだ。

「ねー、いいでしょ? おごるって言ってんだからさ。そっちの二人はいいや。バイバイ」

 バイバイじゃねーんだよこのバカ。

 そのままレイニーを引っ張って行こうとする姿に、一瞬でゾッとするほど頭が冷えた。そして、奇妙なくらいに凪いだ心で決意する。

 よし、蹴ろう。力の限り、こいつの股間を蹴って逃げよう。

 サイズの合わないサンダル履きが不安だが、つま先に変な感触があってもひるむまい。

「待つっすよ」

 と、不意に。誰かが言った。

 私が、バカの股間に狙いを定めて進み出ようとした時だった。

 人影がするりと間に滑り込み、男の手をあっさりと外す。そしてレイニーを私のほうへ押し戻すと、バカに向かってこう言った。

「強引っすね。嫌がってるの解んないんすか? それとも嫌がってるのを無理強いしないと、誰も相手にしてくんないんっすか?」

 この救世主、めっちゃ煽りよる。

 でも、わざとかも知れない。この瞬間から、バカの標的はその人になった。レイニーや我々を輪の外に弾き出し、気色ばんだ七、八人のバカたちが助けてくれた人を囲んだ。

 これはこれであかん。

「うわー! 待って!」

「何事だ!」

 びしりと怒鳴り付ける男の声に、集まっていた野次馬がざわざわと割れる。道のできた人垣の向こうには、赤銅色の騎士がいた。

 サンキュー、セルジオ! 会いたかった!

 たもっちゃんと私が泣き付くと、セルジオとその部下たちは全身から怒気を放ってバカたちを捕らえた。それから、もっと早く衛兵を呼べと私たちも怒られた。

 ローバストくらいの街になると、衛兵が町の治安を守るらしい。異世界では、軍が警察の役目も果たしているのか。それならば衛兵は、おまわりさんみたいなものだろう。

 状況的にまだ被害が出ていないから、罪には問えないかも知れない。が、むなくそ悪いから一晩中説教漬けにしてやろう。騎士の一人が力強く言って、衛兵と一緒にバカを連行して行った。

 野次馬も散って行き、一段落だ。そこでやっと、恩人の姿がどこにもないと気が付いた。

 お礼さえも言ってない。お陰で股間を蹴らずに済んだのに。なにかを思い出させる人ではあったが、あれより百倍かっこよかった。

 しかし人ごみにまぎれたあとでは、探し出すのはムリだろう。残念だがそちらはあきらめて、セルジオに向かって頭を下げる。

「ありがとうございました。助かりました」

「いや、礼なら……」

 言い掛けて、セルジオが首をかしげる。どうやらもう一人、姿を消した人がいるようだ。

 セルジオたちは、たまたま通り掛かった訳ではなかった。彼らがこの近くを歩いていると、我々の危機を伝えて助けを求めた者がいたのだ。

 よくよく聞いている内に、たもっちゃんが気が付いた。それ多分、付いてきていた事務長の部下だと。

 いきなり消えたと思ったら、助けを呼んでくれていたのだ。なにも言わずに消えたのは、一応尾行中だからかも知れない。

 私たちの会話から尾行の部分を耳にはさんで、顔色を変えたのはセルジオだ。確かに、言葉としての響きはよくない。しかも私の言う事務長が文官のハインリヒ・シュヴァイツァーだと知って、なんか余計に動揺していた。

「あの方に睨まれるなどと、何をしたんだ!」

「あ、これってにらまれてるんだ」

 気になって仕方ないだけかと思ってた。

 そんな恐いのかな、あの事務長。私は嫌いじゃないんだけど。あの神経質そうに後ろ足を鳴らすとことか、電気ウサギみたいでちょっとかわいい。

 ぽろっとそんなことをこぼしたら、誰も解ってくれなかった。あと、電気ウサギは私が勝手に呼んでるだけだった。本当は、ブリッツと呼ばれる魔獣だそうだ。


 魔石のランプはやっぱりどこか懐かしく、通りを歩くだけでわくわくする。ずらりと並んだ店先にふらふら吸いよせられてしまうが、大丈夫。我々には優秀なナビがいた。

「案内は任せて下さい」

 付いてくる気まんまんで言ったのは、セルジオの部下である騎士たちだ。

 必要なものもあるし、買い物は続けたい。変なのに絡まれたあとだから、正直助かる。助かるのだが、騎士たちからだだもれの、上司をなんとかしてあげたい感が尋常じゃない。

 でもなー、どうだろ。うちの、一応天使だからなあ。どれだけ献身的に尽くしても、嫁にはやれないんじゃないかと思う。

 普段はローバストを守っているから、彼らは街に詳しいそうだ。騎士たちの案内は的確だった。

 たもっちゃんが料理の道具が欲しいと言うと専門店に案内し、自分で自分のサンダルを踏んで勝手に転び掛けた私には軍用靴の店を紹介してくれる。

 靴屋では、絶対にレダーフォゲルの靴がいいと騎士たちと店主が口をそろえた。

 軍用らしく、デザインは武骨なショートブーツだ。でも履いてみると、おどろくほど軽かった。それでいて丈夫で、雨の日に長時間行軍しても水は一切しみ込んでこない。なのに湿気はこもらないと言う機能性。

 雨の日に行軍する趣味はないが、軽くて丈夫なのはいいことだ。値段も銀貨一枚と銅貨十六枚で、私としては勇気のいる値段だがむやみに高い訳でもなさそうだ。

「これにします」

「そうかい? 一緒に靴下もどうだね。安くしとくよ」

 あるのか、靴下。もちろん買った。軍用靴は軍人しか買わないと思うのだが、店主はなんだか商売上手だ。

 たもっちゃんはフライパンと、大きな鍋と、とても大きな鍋を買い、用途別に数本の包丁を選んだ。包丁を選んでいる時の様子が、はあはあしててちょっとだけキモかった。

「そうだ。私、ナイフ買わなきゃ」

 包丁を見るまで忘れていたが、初心者ナイフはあの黒いやつとの激闘でダメになった。嘘だ。ちょっと刺したら、なんか折れた。

「ナイフ持ってないのか?」

「いや、こないだ壊れちゃって」

 そりゃー困るな、買いに行こう。と、騎士たちが武器屋に案内してくれた。しかし大通りを歩きながらに問われるまま答えていたら、途中から彼らの反応がおかしくなった。

 どうも、初心者ナイフがまずかったらしい。

 最終的には「そんなものでフィンスターニスを倒すんじゃない」と、なんかめちゃくちゃキレていた。

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