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229 借り

 砂漠に暮らすハイスヴュステの民とは、去年の夏に大森林の間際の町で素材の取り引き相手として出会った。

 彼らにも色々と事情があって、もうすぐ嫁に行く姪がいるアルットゥとは日本で家庭を持っていたらしいメガネがムスメ嫁に出すのツライ同盟を結んだり、こちらとあちらの都合によって彼らの村にいると言うおばばに悪い奴らを軽率に呪ってもらったりもした。

 あれはどうしてそうなったのか自分でも意味が解らないのだが、それだけでは終わらずこれからも追加で呪ってもらおうとしているのを思い出したので、やはりなにも解らない。

 そんな出会いはもう一年近く前のことだが、彼らは友人に対するような親しみをもって我々との再会をよろこんでくれた。

 だから着ているものを見ただけで解れと言うそこそこムリな要求も、深い親しみの裏返しだったと言えないこともないかも知れない。

 砂漠に面した岸壁のふちに腰掛けて、私はとりあえず謝った。

「ごめんて」

「こちらは、すぐに、解ったと、言うのに」

 私はでっかいクモとでっかいネコしか見てなかったのでアレだが、向こうにしたらネコのくだりでやいやい騒いで排除された私とその連れを見て、あれ、あいつらじゃね? とすぐに確信したらしい。

 アルットゥにたしなめられてしぶしぶ引き下がったニーロではあったが、いまだにふて腐れた感じはいなめない。

 ただ、一緒に岸壁に腰掛けたその砂漠の民の若者の手には、小さめの白菜を一枚はがしてもっと固くしたような、植物の皮をそのまま使った皿がある。

 載っているのは焼きたて熱々のタコ焼きで、ニーロの口は休む間もなくはふはふとしていた。多分だが、このふて腐れた感じもそう長くはもたないと思う。

 我々の手によりラーメン屋の店主みたいな装いに改造された心清らかなおっさんが、たもっちゃんの指導下で緊張しながら丹精込めて焼き上げた球体は心持ちこんがりとした仕上がりではある。しかし、またそれもよい。

 外をカリカリに焼き上げた三、四センチの球体は、同時に中はふんわりとしていて中央にごろりと四角い肉が隠されている。

 たもっちゃんがデザインし屋台で働くおっさんに着せているTシャツの柄は、このタコではないタコ焼きの構造を表現しているものらしい。

 異世界のタコなしタコ焼きにおいて、重要な役割をになうその肉はシュピレンの街で我々が最初に食べたとてもよいお肉、の、安い部位を買い求めあらかじめサイコロ状に焼いておいたものだった。

 よい肉は安い部位でも充分に、そのポテンシャルを発揮するのだ。

 熱々の球体を思い切って口に含むと、カリカリふわふわ、そして四角いお肉からあふれた濃厚な肉汁が口の中に広がる。

 正直ヤケドは不可避だが、それはもうなんか、仕方ない。

 ほとんどスープのような肉汁が風味豊かに味覚を満たし、大森林のドラゴンさんのダンジョンでいつか使うかも知れないと大体のノリでドロップしておいたタコ焼きソースはむしろジャマだと付けてない。

 だから、異世界のタコ焼きは中身が全然タコではないが、これはこれでよいものなので即落ちなのもいたしかたないのだ。

 日が暮れ掛けてもまだ続くレースや客のジャマをしないよう、我々は岸壁の端のほうに移動していた。

 と言ってもシュピレンは円形の街なので、護岸もまた円を描いてどこまでも続く。我々がいるのは荷物や人が円滑に移動できるよう、街の出入りを管理する門の周辺部分だけ特に広くなったスペースの端だ。

 設営した屋台から少し離れてしまう場所だが、様子を見てきたメガネによると売り物が異世界にはなじみのなさそうな謎の球体であるだけにあんまりお客がいないとのことだ。

 それ、商売的にはかなり困る話だと思うが、店番をしている人はいいけど割と虚弱なおっさんを思うと忙しすぎるよりはまだいい気もして悩ましい。

 ここはぼくにまかせてとばかりに神妙な面持ちでお手伝いするうちの子と、ムダにその守護者であるトロールが今は屋台のほうにいる。それがあまりに心配すぎるのか、レイニーも一緒に屋台を見てくれるつもりのようだ。だから、多分しばらくは平気。

 屋台のほうから戻ったメガネはそんなことを言いながら、具がタコではないタコ焼きをぽいぽいと配る。それを受け取りはふはふしているハイスヴュステの男性たちは、アルットゥとニーロを含めて全部で五人ほどだった。

 アルットゥとニーロはメガネや私と護岸に腰掛けていたが、ほかの三人は砂漠におりてそれぞれ連れた大きなトカゲのそばにいた。

 体を丸めて休むトカゲに背中でもたれ、人間も休憩している光景はなんとなくほほ笑ましいものがある。

 色だけでなくデザイン的にも統一された、黒い服に身を包む彼らは同じ村の者たちだそうだ。

 彼らの村からこの街までは決して近いとは言えないか、シュピレンの祭りは二年に一度。出場し成績を残せば小金を稼げる催し物があちらこちらであると言うので、若い者を中心に有志を募って出てきたらしい。

「そなた達に返す金も稼げるかと思うたのだがな。中々どうして難しい」

 こんがりとした球体に植物性の細い串を突き刺して、アルットゥが呟く。

 ハイスヴュステの民が持つ孔雀緑の瞳がどこか暗く憂鬱で、おいどうしたと思ったらそなたたちとは我々だった。

「えっ、お金? ……えっ、お金?」

 我々は二度見感覚でうろたえる。

 お金ってなんだ。

 いや、お金はお金だ。

 それは解っているのだが、問題はなんのお金かと言うことだ。

 我々に返すお金と言われても、我々に返される覚えがさっぱりなかった。

 どんなに仲のいい相手でも、お金の話はもめるものと聞く。

 いや、返そうとする相手と返される覚えのない我々でどうもめるかは解らない。

 解らないけど、とにかくお金、それも借金的な話はやばいと言う印象だけでちょっと怯えて震えてしまう。

 たもっちゃんはおそるおそると、アルットゥにたずねた。

「俺ら、お金貸した覚えとかないけど」

「如何にも、借りは金ではないな」

 ちらほらとかがり火が灯り始めた砂漠のほうに視線を投げて、アルットゥは静かに答える。灯った明かりは真っ直ぐ並びて、日が暮れてきた砂漠の上にレースのためのコースを形作っているようだ。

 夜になっても競技はまだ続くのだなあとぼんやりと、なんとなく一緒になって砂漠のほうを見ていたが、ダメだ。なにも解らない。

 去年の夏に渡した素材の代価を言っているのだと、ちょっとずつ解ってきたのはしつこいくらいに問い詰めてからだ。

「いや、でも。あれはさぁ、こっちが勝手に渡したぶんはご祝儀だってリコが」

「あの時はこちらも甘えてしまったが、村に戻って話したら返せる恩は返さねばならんと姪に叱られてしまってな」

「そっかぁ。しっかり者だねぇ」

「うむ」

 なにがだ。

 なにを共感してしまっているのか。

 貸しなどないと話していたはずの、うちのメガネがそこはかとなく自慢げなアルットゥと一緒にすっかりほっこりしてしまっている。

 親心でぐだぐだになっているおっさんたちをこいつらはダメなのかも知れないと思いながら見ていると、ハイスヴュステの若者たちも割と私と同じ感じの視線を二人に向けていた。

 やっぱり。

 そうなるよね。

 やっぱり。

 これだから親バカは。


「……解った」

 と、やっとメガネが言ったのは。

「どうしてもって言うんなら、一応もらう。けど、そのお金は丸々全部アルットゥの所に遊びに行く時のおみやげ買うのに使うから」

 そして、ぐだぐだながらもお金の話に関しては一切折れないアルットゥに対してそんな妥協案を出したのは。

 夜がふけて、ほとんど絶え間なく次々に行われていたレースが終わり、喧騒と客足がさざ波のように引いた頃。

 祭りのためにずいぶん遅くまで開かれていた防壁の門がいよいよ閉ざされる刻限になり、もう別れなくてはならない時分のことだ。

 たもっちゃんのどこかすねたような宣言に、アルットゥは少し瞳を見開いた。

「返した金をどう使うかは自由だ。だが」

「いいんだ。そうしたいんだ」

 きっと、たしなめようとしたのだと思う。

 たもっちゃんはそんなアルットゥの言葉をさえぎり、やけにきっぱりと言い切った。

 二人には、それで充分だったのだろう。それ以上はなにも語らず、しっかり握手を交わして互いの肩を叩き合う。

 またいつ会えるか解らない友と別れをおしんでいるかのようではあるが、彼らも祭りが終わるまで街に滞在するとのことだ。

 普通に明日も会う約束をした上で、これだ。

 本当に訳が解らなかった。

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