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221 溝とフタ

 ゼルマはたっぷりお肉の付いた頭の汗を手持ちの布でしきりにぬぐい、連れの若い獣族たちとそれからすぐに帰って行った。

 彼らは階段ホールの隅っこで神妙な感じで輪になって、少しひそひそしたかと思うと急激に用事を思い出したようだ。

 きっと大切な用なのだろう。ゼルマとリザードマンを中心に、うちの変態の勢いに引いて取り急ぎ距離を取りたいとかの。

 前回シュピレンの街の入り口で、ほかの一家の人たちと共にゼルマと顔を合わせた時はほとんど話す機会がなかった。

 テオを運ぶ人買いたちはラスの一家に雇われていたし、その関係で我々も魔獣の素材はブーゼ一家に売ったのだ。必然的に交渉相手はラスになり、ゼルマやファラオ顔の少年はそれをはたから見ていただけだ。

 そのために、誤解してしまった可能性があった。我々が、話せば解るか脅せば折れる、空気の読める人間であると。

 確かにラスは素材を思うままに買い叩いたし、我々も反抗せずに了承してしまった。そのことだけが印象にあったら、ただのいいカモでしかないだろう。

 まあ、なんか実際話してみたら思ってた感じと違うとばかりに彼らはじりじり撤退して行った訳だが。

 いかつい獣族がひとかたまりに、絶対に背中を見せないように注意深くあとずさる姿は警戒心でいっぱいだった。きっと、うちの変態が強すぎたのだと思う。

 ゼルマはほとんど顔を見せただけと言うか、変態にリザードマンを供給しにきただけになってしまってなにしにきたんだと思わなくもない。でも多分、それは結果だけの話だ。

 ゼルマの最初の感じからすると、「あんたがたを助けたいんですよお」などと、おっとり言って強引に連れて行かれても不思議ではなかった。そしたらさ、あれでしょ。異世界キャッチがいい顔するのは抱き込むまでで、キャバ嬢が系列のお店に入ったら最後あとは毎日フェアベルゲンを追い掛けさせておらおら働かせるんでしょ。恩着せがましく連れてって強制労働とは理不尽ではあるが、法や道理の及ばぬ社会もあると聞く。

 私、知ってるんだからね。ペリカの単位のフィクションとかで。

 やだもう大変。異世界のキャバ嬢、仕事が大変。

 巨大魔獣はキャバ嬢が営業メール送ってものこのこきてくれないんだぞと思ったが、よく考えたら別にゼルマはキャッチではないし、我々が連れて行かれたとしても行き先はキャバクラではないなと気付いた。

 なんとなく連想と偏見で、私が勝手に全部まぜただけだった。

「そうだった。キャバ嬢が狩るのはおっさんの財布の中身だけだった」

 反省を込めて呟くと、たもっちゃんが中腰のまま振り返る。

「リコ、キャバ嬢は別におっさんの財布の中身狩ってないから。おっさん自ら差し出してるだけだから」

 またどうでもいいこと考えてるんでしょと。

 うさんくさげに両目を細め、どことなく生ぬるくこちらを見ながらメガネは大体の感じで私の頭の中を察した。

 たもっちゃんは日除けの帽子とマントを装備して、コンクリートで作ったようなぶ厚く重たい真新しい板を中腰でかかえているところだ。そして砂漠で一人自作した、溝用のフタをせっせと設置する作業中だ。

 我々もそれに付き合って、しぶしぶ建物から出ると街はやはり暑かった。午後になり太陽熱をいっぱいに含んで、路面や建物の外壁がむんむんと熱波を放っている気がする。

 でもそれは、もう私たちには関係がなかった。メガネと我々をカバーする範囲にレイニーが障壁とエアコン魔法を強めに展開してくれて、気温と言うか室温的にはむしろすごしやすいほどだからだ。

 たもっちゃんが行う作業は見るからに重労働だったが、こうして周囲の温度は涼しいし、石のように重たいフタも作業現場のすぐそばでアイテムボックスからぽいぽい出して魔法で重さを消しながらに運ぶ。

 だから正確に言い直すなら、たもっちゃんが行う作業は見ためだけ、なんとなく重労働の雰囲気があった。

 そんなファッション肉体労働者のメガネが勝手に向き合い手を加えているのは、シュピレンの街に最初から張り巡らされている雨水を排水するための溝だ。

 路面を細く均一に掘り下げた構造はU字溝と呼んで差し支えないもので、たもっちゃんのひとり言によると、これも土魔法なのかちゃんと強度を持って固めてあるとのことだ。

 しかし、さすがにフタをかぶせることまでは想定されたつくりではなかった。

 たもっちゃんはそれをなんかうまいこと、溝のふちをこりこり削ってフタを受け止める枠を作った。そして砂を固めた板状のフタを、溝に設けた枠に合わせてその場で削ってぴたりぴたりと置いて行く。

 溝にかぶせた四角いフタは、質感はコンクリートに似ていたが色は素材となった砂漠の砂そのものだ。フタの左右はパズルのピースに少し似て、浅くラウンドした半円にくぼむ。そのくぼみを合わせるようにどんどんフタを並べて行くと、浅い半円が左右から合わさり楕円形の穴を形作った。雨が降ったらその水は穴から溝に流れ込むはずだ。

 日本で見たわ。こんな感じの溝のフタ。古びてくるとすき間に細かい小石を噛んで、踏むとかっこんかっこん音が鳴るんだ。

 溝とフタを改造しつつ重たい板を敷き詰めて、この地道でありながらそこそこ魔法ゴリ押しの作業をメガネはほとんど一人でやった。

 日傘を差してエアコン魔法と障壁を展開しているレイニーを除けば、子供を肩に乗っけた金ちゃんも、金ちゃんの肩で帽子とマントに埋もれる子供も、帽子とマントと日傘を全部身に着けた私も、涼しい所でただひたすらに見守っているだけだった。正直役に立たないし、ここにいなくてもいいような気がする。

 しかし、アイスミルクババアのくだりでメガネはすっかり怯え切っていた。

 そして酷暑の中に一人にだけはしないでくれとさめざめと泣いた。それはなんか、仕方ない。私も熱中症は恐ろしく、僕たちはここにいるよとJ‐POPのように思うばかりだ。

 我々は同情と憐れみをもって、こちらをチラチラ気にするメガネに作業がんばってえらいとか息してるだけでもえらいと棒読みの声援を送るなどして時間をつぶした。

 しばらくすると案の定、メガネは腰がつらいと悲しげにぼやいた。しかし仕事はしっかり進め、集合住宅の通りに面した正面部分の作業を終えると次は側面へと移動する。

 集合住宅の建物と、隣の建物とのすき間はせまい。最初から解っていたことではあるが、どう見ても大人が入れる幅ではなかった。

 ここで、なぜか張り切ったのがうちの子だ。

 出番とばかりに金ちゃんの肩からぶらんとなって落ちるようにおりて、もたもたとマントを脱ぐと不器用に、しかし律儀にそれをたたんだ。

 若干ぐちゃっとなってはいたが、どうにかたたんだマントを手に持ち子供はそのまま少し迷った。金ちゃんとレイニーと私の顔をそわそわ見上げ、最終的には帽子とマントをレイニーに預ける。なんだこの、金ちゃんと私を突然襲う、落選の悲しみは。

 それから子供はタタッと駆けて、建物と建物のすき間を覗くメガネの背中のすぐ近くまで行った。そして小さな手でおずおずと、そのマントを遠慮がちに引っ張った。

 メガネを見上げる幼い顔が、お役に立ちますみたいな感じで使命感にぴかぴかと輝く。

 たもっちゃんはそんな子供を数秒見詰め、おもむろに真顔でこちらを振り返る。

「うちの子がかわいい」

 わかる。

 あと、私はマントを預けてもらえなかった寂しさが、まだちょっと止まらない。

 結局のところ、やる気いっぱいの子供には悪いが今回はお手伝いはしてもらわない。と言うことになった。

 それを知り、小さな子供は明らかな絶望を表情に浮かべた。ぼくはいらない子ですかと、そんな心の声が聞こえるかのようだ。

 彼はその小さな体で、大人に代わってせまいすき間にフタを運ぶつもりだったようだ。

 できるかできないかで言うと、多分できなくはないだろう。たもっちゃんが作ったフタは砂を固めただけあって石のように重たいが、魔法で重さは軽減できる。

 でもダメだ。子供に重そうな荷物を運ばせて、それを大人は見てるだけ。想像だけで絵面が悪い。

 しかも、この子は人買いから買った。

 その、我々が目をそむけがちな、そしてたまに普通に忘れる。相当に人聞きの悪い事実も相まって、なんとなく胃の辺りがきりきりとする。

 ダメだ。頼む。お手伝いはまた今度。おやつでも食べて待ってようよと、レイニーと私が説得しているそのすきにメガネは砂を固めたやたらと長い板を出し、どっせいと一気にせまいすき間の溝にかぶせた。

 その石板はかまぼこを潰したように表の面に丸みを帯びて、裏には水の流れをジャマしない棒状の脚が互い違いに付いていた。これをすき間の溝にそのまま置けば、なんとなくフタになると言う完璧な計算。小さい子が建物の間で溝に落ちさえしなければいいのだ。

 こっちで子供の気を引く内に急いで作業を終えたメガネがはあはあ疲労困憊なのと、いらない子疑惑を深めた子供が悲愴にショックを受けた以外は作業は大体無事に終わった。

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