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215 同情

 おっさんをどうにかしたい緊急会議は、特になんのアイデアもないまま閉幕となった。

 お茶飲んでお菓子食べただけで終わった。

 ここは一旦解散し、各自持ち帰ってテオと今日会ったおっさんの現状を打開する策を検討しようと言うことなったが、気付いたらなぜか翌朝だった。寝てた。

 朝食に白身も黄身も全体的にオレンジ掛かった色味の卵を巻きつつ焼いて、たもっちゃんはぼやいた。

「大体さ、俺らフリーランスって言うか。冒険者って派遣みたいなもんじゃない? 冒険者ギルドが取ってきた仕事を回してもらってるだけでさー、自力で仕事探してくるとか無理ゲーなんだよ。営業の才能とかないんだよそもそも」

「たもっちゃん、しょっぱい玉子焼きも作って」

 ブーゼ一家のお屋敷の、台所は広いがあんまり使われてなさそうだった。先日の宴会同様に、近所の店に頼む機会が多いのだろう。

 それでもシュピレンではポピュラーらしい、油が燃料の調理用コンロなどはちゃんとある。たもっちゃんはそれをいいなあいいなあとなで回し、はあはあしながら朝食を作った。

 この流れなら甘くない玉子焼きもいけるかと思ったが、ダメだったようだ。

「話聞いてよ……塩とだし巻きはテオの担当でしょ……」

 ちょっと悲しげに拒否したメガネの言葉を聞いて、それもそうだと思い出す。甘くない玉子焼きを作るのは、玉子の味をゆずらない我々の醜い争いを見かねたテオのお仕事だ。

「そっか、テオか。テオ、玉子焼きのフライパンって……あ、ダメだ」

 テオは全てを投げ出して人買いに自分を売ったので、フライパンと言うか多分荷物はもう手元にはないのではないか。そんなのとっくに没収されて、どっかに転売の流れではないのか。

 言いながらそのことに気が付いて、もっと早く気が付いておけばよかったと思った。

 テオの荷物を人買いが持っているなら買い戻せたし、砦の兵士や盗賊たちが盗んでいたなら力任せに強奪できた。言いかたが悪い。

 どちらにしても、もう遅い。あの、私のためだけに焼かれる甘くない玉子焼きは食べられなくなってしまったんだな。

 ないなら別に新しいフライパンを作ってもいいし、たもっちゃんのを借りてもいい。それだけの話と言う気もするが、この時はなんとなくそこまで思い付かずに私は妙にしんみりとした。

 だがそれは、なにもかもがムダだった。

 テオの玉子焼きを恋しがっている私をよそに、当の本人はなんとなく見覚えのある袋を手に取った。そしてやはりどこか見たことのある、小ぶりの四角いフライパンを中からにゅるりと取り出した。

 まさしくそれは、かつてクレブリでドワーフの鍛冶屋に特注して作った厚焼き玉子を焼くためだけのフライパンであった。

「なんで?」

 あるの?

「いや、人買いがな。あんたも……大変だな、と……。返してくれてな」

 それまではやはり一度没収されたし、荷物の中のお金になりそうなものなどは色々戻ってこなかったそうだ。

 まあ、なんか。ですよねと言うほかにない。

 テオ本人には少しばかりも入ってないが、テオの身柄を確保するのに砦の兵士や盗賊たちにお金を結構ばらまいたはずだと聞いている。人買いとしては少しでも、資金回収しておきたいところに違いない。

 それでも使い慣れた剣と道具類は残ったし、こうしてアイテム袋も戻された。

 剣を始めとする武器類は、テオがこれから放り込まれる予定のガチンココロシアムで必要になるはずなので最初から返す予定でいたのかも知れない。

 その中に、玉子焼き用のフライパンが含まれていたのは幸いだった。ただ使い道が解らずに、売れそうにないと思われた気もする。

 まあいいや。とりあえず、玉子焼こうぜ。

 朝食前の空腹もあり、その時はあんまり深く考えずに流した。

 しかし、あからさまに言葉をにごすテオの感じにどこかしら引っ掛かるものがあったのだろう。私はのちに、甘くない玉子焼きを食べながら気付いた。

 あれって、あれだな?

 人買いが言ってた「大変」って、Aランク冒険者が不運にも奴隷落ちしてこれからシュピレンを支配するヤンキーたちの代理戦争でコロシアムに放り込まれるなんて大変だなってことじゃなく、「あんなの」のところで我々をさして、あんな訳解んないのと知り合いで付きまとわれて振り回されるなんて大変だなって話のやつだな?

 私は知っているんだぞ。フェアベルゲンを茨で巻いてもったいないからふよふよ浮かべてこの街まできた時に、デカ足に乗り合わせた商人とかが心に距離を作ってたのを。

 と言うか決定打はその辺りなのかなと言う気はするが、人買いに関しては砂漠の手前の荒れ地におりるその前の、台地の上でメガネがさくさくワイバーンをやった時からなんか「あっ」みたいな感じはあった。気がする。と、振り返れば思わなくもない。

 それにほら。

 人買いの馬車には割と勝手に強引に乗ったし、自分の尻の限界を悟ると馬車の屋根の上に出て全身で走行風を感じたり、えぐく汚れた馬車の荷台を洗浄やハンモックで快適にしたり、荒れ地で出会ったでっかいカメをこっそり馬車の荷台に乗せてどうにか連れて行こうとしたり、突然の豪雨に対応し切れずびしょぬれになるたび魔力に糸目を付けないレイニーにこれでもかと洗浄してもらったりもしていた。

 凍えるような季節でもないので、ああ言うのは自然乾燥を待つらしい。マジか。

 そんな小さな常識のなさが積もり積もっていつからか、共に旅する人買いからはあきれを超えてなんだこいつらみたいな空気を出されていた気がしなくもないの。

 いや、それともやっぱり最後のあれか。

 フェアベルゲンを売る時の、ラスとの価格交渉がぐっだぐだにダメだったことも我々の頼りない印象を助長しただろうか。気持ちは解る。あれは本当にダメだった。

 でも、そうか。人買いたちはなんか知らんがあれやこれやで引率のテオにうっかり同情するようなレベルで、我々に引いてしまっていたのか。そうか。そうか……。

 それなのに、最後まで普通に接してくれてありがとな……。

 最終的にはそんな謎の感謝に到達し、私は一人でうなずきながらもそもそとテオの玉子焼きで朝食を済ませた。


 たもっちゃんとお店の主人が言っていた。

 油のコンロは原理としては燃料ランプの機構と似ていると。

 場所は各種コンロやオイルランプが所せましと陳列された店先で、説明するのはその店の主人だ。

 ブーゼ一家のキッチンで調理コンロをなで回したメガネは、その足で販売店へと向かった。繊細な火力調節が俺を呼んでいるらしい。

 簡単に言うと、燃料油の入ったタンクと油にひたったヒモ状の芯。その芯の先端が口金を通って燃焼部に露出している構造が基本だ。

 コンロの形は燃料タンクの形状によって色々だそうだが、安定感を重視して重心の低い平たい形にすることが多くなるらしい。

 調理コンロに共通するのは鍋やフライパンを載せるための五徳と、五徳に載せた鍋底をいい感じに炙る辺りに燃焼部が配置されていることだ。

 ちなみに五徳の下の灯芯は、コンロの大きさや価格によって数が違ってくるそうだ。当然ながら芯の数が多くなるほど大型になり、火力も強く、高くなる。

 調理用のコンロには火力調節のつまみが付いて、これをひねると口金に組み込まれたねじが動いて灯芯が簡単に上下するつくりだ。こうして芯の長さが簡単に調整できるお陰で、火加減の調節が容易にできる。

 急に火を弱めたりはできないかまどだと、鍋を外したりフライパンを持ち上げたりして物理で火力調整をしなくてはならない。それを思うと劇的に便利だ。と、メガネに聞いた。

 シュピレンの街ではフェアベルゲンの油が燃料として流通するから油を使うこの形が主体だが、似たような調理用の魔道具も王都などにはあるそうだ。

 ただし値段はそれなりにするので、大きな家や外食店でもそれなりでないと入っている所は少ない。

 だとしたらアーダルベルト公爵家にはあったのかも知れないが、正直私は印象にない。

 前に保湿クリームを量産した時はかまどを使わせてもらったし、もはや公爵家の台所がどんな感じだったかもよく解らない。人の記憶は移ろいやすいものなのだ。私のは特に。

 そんな関係ないことを思い出したりしながらに、我々は調理コンロを買うことだけは決めてるがどれにするかを迷いに迷ういいカモとして油乗りのいいふくよかな店主のセールストークを熱心に浴びせられていた。だが、それでいい。こっちだって真剣なんだ。調理コンロ結構するから、絶対に失敗したくない。

 製品情報を残らずよこせとこれ以上ないほどキリッとした顔付きで、セールストークを熱心に聞く。うちの料理担当だけでなく私も一緒にキリッと聞いた。

 小さめのコンロと言う存在が、夜食ラーメンの可能性をかき立ててくるので。

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