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213 三つの一家

 そもそも昨日遅くから、どこかの冒険者パーティがフェアベルゲンを丸々一頭ブーゼ一家に売り渡したと街では噂になっていたらしい。

 冒険者ギルドの中でもそれは同じで、いや、むしろ同じ冒険者だけに心おだやかとは行かなかったようだ。

 フェアベルゲンを狩ったのは、そして売ったのは誰かと。聞き出そうとする冒険者たちがなぜかギルドの窓口に詰め掛けて、一時は騒然となっていたらしい。

 そしてそれがどうにか落ち着いたところへ、のこのこと我々が現れたのだ。

 フェアベルゲンを売ったなら、確実にまとまった金を持っている。しかも相手は街の外からきたばかり。

 いいカモだとでも言わんばかりに、女子たちは胸のお肉をぎゅっとよせ上げメガネに集中砲火を浴びせた。

 そのお金なら三等分したからレイニーや私も持ってるぞと思ったが、こちらには見向きもしなかった。隠匿魔法に守られたレイニーはともかく、私までスルーされてしまうとなんとなく寂しい。

 実際こっちにこられると困るが、今は完全にひとごとだ。なんだよちょっとくらい夢見させろよとのん気に思って眺めていたら、たもっちゃんが女子の人波に完全に飲まれた。

 どんどん増えたハニトラ女子にもみくちゃにされ、最後には職員に呼ばれたギルド長の手によってどうにか救出されていたほどだ。

 お金に目の眩んだハニーたちから解放されて、たもっちゃんはのちに語った。

「エルフだったら評価した」

 その場合だと恐らく男女すら問わず手持ちのシュピはすぐさま全部差し出しただろうなと思ったし、いまだ信じ切れない自分がいるが地球に実在したと言うリアル嫁のこともたまには思い出してあげて欲しい。

「フェアベルゲンを売った金だが、外部の通貨で受け取ってはいないだろうな?」

 欲にまみれたハニーたちを筋力でかき分け、たもっちゃんを救ったギルド長は我々にまずそう言った。窓口カウンターの脇にある、ドアを入って別室に連行されながらのことだ。

 シュピレンのギルド長と言う人は、それほどむきむきとはしてないが実用的な筋肉をほどよく付けたナイスミドルの男性だった。

 健康的な浅黒い肌に、いい感じの傷跡が顔や腕にうっすらと見られる。多分だが、酒場に常駐する職業婦人なんかから大層モテそうな雰囲気があった。

 そのナイス感の止まらないワイルド系ギルド長が昨日すでに受け取った通貨の、種類の確認をわざわざしたのは金銀銅の外部の貨幣で冒険者が報酬を受け取ることはシュピレンの中でも禁じられているからだ。

 たもっちゃんと私は思わず真顔。

「聞いてないんですけど」

「特殊なんだ。この街は。シュピの通貨だと、外へ持ち出すのに換金するか品物に必ず換えるからな。換金の場合は手数料で、物品の場合も、冒険者なら結局ギルドを通して売る事になる。そこで税が徴収できると言うので、目こぼしされているのに過ぎない。詰まるところ、シュピ以外の通貨で利益を得るのは外部と同じく禁じられた行為だ」

 個室に置かれた応接セットのソファの上で、我々と向かい合わせに座った男はそんなことを語りながらに薄い唇を苦そうにゆがめた。

 ラス、そう言うの全然教えてくれてないんですけど。

 これも、もしかしたらあれかしら。知らないほうが悪い理論のやつなのかしら。

 なんかさ、不親切って言うかさ。もっと優しくしてくれていいのよなどと思ったが、ラスに関してはわざとかも知れない。

 街の人間からすると、取り引きはシュピの単位でしたほうがのちのち含めて益になる。

 素材の買い取り代金にラスがシュピを出してきたのはそれが理由だと思っていたが、どうもそれだけではなかったのでは。

 と、憶測をまじえてメガネは言った。

 ギルド長の話だと、シュピレンの街でも冒険者についてはギルドを通さず外部の通貨で利益を得てはいけないと言うことになる。

 もしもあの時、我々がそれを知っていたらどうだろう。

 シュピで代金を受け取ると換金手数料でごっそり持って行かれるか、なにかの品物に換えて外でまた改めて売らなくてはならない。

 だったら外部の通貨で受け取ったほうが各段に話は簡単だ。

 でもその場合だと、やはりギルドを通さないと怒られてしまう。

 それに、どうせギルドを通すなら、直接ギルドに売ったかも知れない。そのほうが多分、適正価格で買い取ってくれるし。

 その辺をトータルして考えてみると、ラス。あいつ。この特殊な通貨の事情を、わざと黙ってたんだろうなって。

 我々は到着したばかりのよそ者で、言いくるめるのはきっと簡単だった。別に街に長居してても特に賢くなりそうにはないが。

 たもっちゃんは左右の眉をぐねぐねさせて、イスの上で腕組みしたまま体を前屈みに傾けて呟く。

「もっと優しくして欲しい」

「わかる」

 それは私も思ったやつだ。

 とりあえず、なんかうまいことやられてしまったらしいとは解った。解ったが、今さらだと言うことも。

 大体の事情と現状を我々から聞き出して、シュピレンのギルド長は同情のような、バカだなあと言うような、複雑そうな顔をした。

「詳しい経緯は解らんが、ギルドを通さず外部の金で取り引きしなかっただけ運がいいとでも思う事だな」

「あー、それ」

「ホントそれ」

 背中を丸めた我々はソファに座った自分の膝に肘を突き、すっかりやる気のなくなったテキトーな返事をテキトーに返した。

 正論もさー、釈然としない時ってあるよね。

 ギルド長はそれから、話のついでみたいな感じでこの街のことを教えてくれた。そうしたら、こんなもんじゃなかった。ラスを含めて、この街を仕切る一家の本気と言うものは。

 我々の感覚としてはすでに結構ひどいと思うが、ギルド長からにじみ出るのはまだ傷が浅いみたいな雰囲気だ。

 なんでかなーと思ったら、シュピレンを仕切る三つの一家はこの街の経済の中心であり、えぐいレベルで住民の生活を掌握している存在なのだ。

 確かに、不思議ではあった。

 人買いの女は、外部からきた商人が取り引きするのは外部通貨だけだと言った。シュピでは換金手数料がふくらんで儲けが出ないし、品物に換えて行くのも手間だから。

 では、その取り引き相手。外から物資を仕入れなくてはならないこの街の商人たちなどは、どうやって取り引きに使う外部の通貨を調達するのか。

 答えは一つ。各区画を仕切る一家から借りるのだ。商人はそれぞれの街の一家から、仕入れに必要な金貨を借りる。細かく言うと、銀貨や銅貨も貸し出している。

 その借り受けた外部通貨を取り引きに使い、返済は同額のシュピレン通貨で行う。あくまで借り入れと返済であるので、手数料は発生しない。と、言うことになっている。

 それでは一家に儲けは一切出ないが、この換金システムから外れたところで外部の商人と取り引きすると、損が大きくなりすぎて商売にはならない。結果、仕入れで外部との取り引きが不可欠な者は、外部の通貨を貸し出す一家に軒並み生命線をにぎられていると言うことになる。

 我々は震えた。

 なんかそれ、言葉で聞くより全然えぐい仕組みだと思うの。あれでしょ。Vシネ。逆らったら東京湾に浮かんじゃうんでしょ。私知ってる。異世界に東京湾はないとは思うが。

 そんな話に比べたら、当然のようにシュピの通貨で取り引きされたしおもっくそ足元見られて値切られたとしても、きっと我々は運がいいのだ。

 あんまりにもありがたすぎて、このことはちょっと忘れられそうにない。

 ナイスミドルのギルド長からは最後に、もうこの街を仕切る各一家とは関わらないようにと手遅れかつムリめでしかないありがたいお言葉をいただいた。

 そしてさっきの窓口の人がいくつか持ってきてくれた罰則用の依頼の中から適当に、一つ選んで我々はギルドの建物をあとにした。なんだかぼくは疲れたよ。

 これ以上の混乱を避けるため、冒険者は普段使わないギルドの裏口に案内された。

 ただし実際には裏ではなくて、扉があるのは建物の横。その外は隣の建物が差し迫る薄暗い路地だ。


 外は激しい雨だった。

 裏口の扉の下には三段ほどの階段があって、その下の路面では雨水が迷うようにうずまいて流れる。

 路地は表の道からまた別の道へと、通り抜けられるようだった。ただし、あちらこちらに木箱などが積み上げられて、通り難いしゴミもある。わざわざ通る人間は少ないだろう。

 そのために、人が注意を向けることさえ少ないような。街のすき間のような場所だった。

 確かに人目を避けて出入りするなら、この裏口は正解だ。しかし今、それに意味があったかどうかは解らない。

 ざあざあと雨の降りそそぐその路地で、誰かが私たちを待ち構えていたので。

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