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210 一家の本部

 凍らせたフェアベルゲンを切り分けようかとメガネが気を使ったが、そのまま取りたい素材もあるから細切れにせず置くほうがかえって都合がいいらしい。

 そのため冷凍の巨大魔獣と見張りのためのいかつい部下を砂漠に残し、我々はラスに連れられブーゼ一家の本部へと向かった。

 夜の街を移動する一行は、ラスと、その部下のチンピラ。馬車をあやつる人買いの二人にいつもの我々と言うメンバーだ。金ちゃんの肩には当然のように、小さな子供が乗っかっている。

 このシュピレンと言う街は、賭博と観光業で成り立つらしい。

 そのためか表通りは大きなランプがいくつも灯され明るくて、活気にあふれた様々な店が客を呼び込み騒がしい。笑い声があちこちで上がり、酒のにおいをただよわせている客たちがふらふらと次の酒場へ誘われ消える。

 通りは人の流れであふれ、誰ともぶつからずに歩くことさえ難しい。この中へ一人で放り込まれたら、五分と経たずにあらゆる事情で荷物とお金を全部なくしそうだった。

 街は雑多で、ぎらぎらと、下品なまでのエネルギーでいっぱいにあふれる。

 ただし、当然ながらと言うべきだろう。全部が全部そうではなかった。観光客の入り込まない裏町になると、明かりもまばらで影の濃い、静かでさびれた街並みに変わる。

 ブーゼ一家の本部があるのは、そんな裏町の一角だ。

 裏通りにはめずらしく馬車のすれ違える道があり、それに面して開くのは大きく頑丈な門だった。外から見てもかなり大きい建物の中にはボスの住居や幹部の部屋もあるそうで、ちょっとした屋敷や要塞にも見える。

 門の扉に大きめの傷がいくつもあって、どうやって付いたかちょっとだけ気になる。

 カチコミかしらとひそひそと足を止めた我々に、気付いたラスが振り返る。

「遠慮なんて不要だよ。貴方がたも客として、きちんと歓迎させてもらうしね」

 ラスはほほ笑みながらにそう言うが、なんとなく、本当かなあと思ってしまう。

 それは彼の笑顔がよく見ると口元だけでうさんくささがぬぐえないからか、それとも片手がさりげなく腰に吊るした剣に触れているからか。

 もしかするといかつい感じの部下たちが私たちの背後に控え、逃がさないと言うように退路を絶っているからかも知れない。こちらとしては警戒される覚えなんてないような、これまでの全部がダメだった気がする。

 ラスの言葉はとりあえず額面通りに受け取ってはいけないような雰囲気があったが、一応、我々もこの本部の屋敷に滞在していいことにはなっていた。

 おまけおまけとしつこく食い下がる我々に、ちょっとめんどくさくなってきたラスが本部の客室に宿泊していい権利と言う隠し玉を出したのだ。我々は、世代もあってハンマープライスと叫び、これに勢いよく食い付いた。

 テオが納品されるのもこの本部の建物とのことで、離れなくて済むのは本当に助かる。

 しかし、反射的に食い付いておいてあれだが、ボスの住居さえある場所に部外者を簡単に受け入れるのはどうなんだろう。こちらに都合がよすぎて恐い。

 なんかあいつ別の目的があるのでは。みたいな話にも一応なったが、本当になんかあったらあったで盗んだテオで走り出そうぜとメガネやレイニーとひそひそと決める。

 夕食はブーゼ一家が用意した宴会。チンピラに囲まれどんちゃんとすごした。

 正しくは、どんちゃん騒ぎのチンピラに変に目を付けられないよう肩をよせ合い完璧に気配を消してすごした。

 宴会の感想は、噛むたびにスープのような肉汁があふれる謎のお肉が最高だった。

 この夜は向こうも忙しいと言うので、一家のボスへ挨拶したのは翌日のこと。

 ボスのリアクションはあっさりしていた。

 お邪魔してますとこちらが言うと、まあほどほどにねと返される。ラスは一体我々を、どう説明したのかと思う。

 一家のボスはやはり多忙で、私たちの挨拶は人買いの用件を済ませるついでに時間を設けられたようだった。

 挨拶もそこそこにすぐに話はそちらに移り、ブーゼ一家はお金を、人買いはテオを出して目の前であっさりと交換が済んだ。

 それから、帽子を脱いだ人買いの女は手の平から少しはみ出す丸っこい石を取り出して、その石にテオが向き合い伏せた片手を触れるように載せる。

 互い違いに上下から二人で石に手を当てて、彼らはそれぞれ定められた文言を放つ。

「我は契約の完了を宣言す」

「我は契約の完了を了承す」

 テオは窮地を乗り切るために自ら人買いにその身を売ったが、途中で気を変え逃げ出さないよう契約魔法でしばられていた。

 その契約の終了を、精霊に宣言するための儀式のようなものらしい。契約で定めた条件を満たせば宣言なしでも拘束力は消えるが、目に見えない契約に区切りを付けると言う意味で宣言を行う場合も多いとのことだ。

 二人の触れた丸っこい石には魔力の光が波紋のように広がって、霧のように散らばり消えた。そして光が消えると同時に、石はざらりと砂となって砕けた。

 私はそれにびっくりしたが、おどろいたのは私だけだった。魔法の媒体に使われた品は、役目を終えると大体こうしてちりとなってしまうのだそうだ。なぜかみなさんご存知だった。言ってよ。

 こうしてブーゼ一家の依頼を受けた、人買いの仕事は全て終わった。

 一家のボスは満足そうに、人買いをねぎらうとどっかへ行った。我々に対しては最後まで、「ほどほどにね」と言うだけだった。

 謎の毛皮や高そうな壺で飾られた組織のボスっぽい部屋に、ブーゼ一家の部下たちと人買い、我々だけが残される。

 あとはなんとなく解散かなと言うタイミングになって、私はおもむろにカバンから取り出すと見せ掛けてアイテムボックスからスイカ大の物体を取り出す。

 砂漠でフェアベルゲンが大暴れした時、なりゆきでちぎってしまって批判を浴びた例の疑似餌の実物である。

「ラッさん、ラッさん。これ。本体売る前にもらっちゃってたんですけど、これもフェアベルゲンの料金に含みます? 渡したほうがいいですか? できたら記念に欲しいんですけど」

 ラスは私が両手で持ったいびつな果実を見下ろして、ほほ笑みの消えた真顔で言った。

「生きたフェアベルゲンから果実をもぎ取った馬鹿がいたと聞いてはいたが、貴方か」

「バカって言うのがすごい気になるけど私ですねそれ多分」

 そうか、とだけ答えてラスはしばらく黙り込んだが、疑似餌の果実はもらっていいとのことだった。あと、ラッさんはやめろとも言われた。

 意外にいけるかと思ったが、ダメだったようだ。そんな気はしてた。


「それじゃ、アタシ等も行くとするさね」

 ブーゼ一家の屋敷の前庭。大きな門の内側で、人買いの女が馬車につないだウシの首をなでながら言った。

 腕の立つ奴隷の調達と言う、彼らの仕事はすでに終わった。もうここにいる理由もないし、昨日屋敷で一泊したのもいつもならあり得ないことだったらしい。

 ではその常にないことが、昨日に限ってあったのか。

 ウエスタン調の帽子の端をぐいっと顔の前に引き下げて、人買いの女は小さな声で早口にささやく。

「ラスの旦那には気を付ける事さね。昨日の晩にはアンタ達が何者か、そりゃやかましく問い詰められたさね」

「マジで? 探り入れられてんの?」

「マジで? なにそれ恐くない?」

 あのどんちゃん騒ぎの宴会の裏で、そんな腹の探り合いがあったのか。マジかよ。私には謎のお肉がおいしかった記憶しかないぞ。

 素直におどろくメガネと私に、帽子をかぶり直した女はふんっと鼻で息を吐く。

「旦那もアテが外れただろうさ。アンタ達がどこの誰ともアタシは知りゃしないからね」

「直接聞いてくれればいいのになぁ」

 そうしたら、特に語るべきことのない底の浅さを五分で見せ付けてくれようものを。

 たもっちゃんの顔には困惑と、ちょっとだけそんな自信が見えた。

 この奇妙な旅は我々が勝手に、強引に、人買いの仕事に付いてきたものだ。それはひとえに運んでいる商品がテオだったためだが、途中からそこそこ楽しくなってしまった。

「ま、魔法やら何やら出鱈目なのは解っちゃいるが、用心に越した事はないさね」

 あっさりした言葉にどことない心配をにじませて、警告めいて言ったのはあちらも少しは似たような気分だったからかなと思う。

 人買いはそれを別れの挨拶に、奇妙な親しみを残しながらに私たちの前から消える。

 ――のかなと思ったら、そこから全然動かなかった。

「……行かないの?」

「……まさか、忘れてるんじゃないだろうね」

 げんなりと、一瞬で疲れた顔になった女はあごをしゃくって私のそばの人影を示す。それは人と言うか金ちゃんで、金ちゃんの肩には子供がぺたりと載っていた。そうだった。

 この子供、人買いの商品なんだった。そうだった。なじみすぎてて忘れてた。

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