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206 フェアベルゲン

 うっかりむしったフェアベルゲンの果実を、なんとなく記念にもらっていいかと聞いたらお前はなにを言っているんだとサイコパスを見るかのような顔などをされた。

 たまたま聞いたのが近くにいたデカ足の乗務員だったので、きっと相手が悪かったのだろう。そんなん聞かれても知らんがなと思ったのに違いない。

 そんな私に「いやいや」と、たもっちゃんは半笑いで手と首を振った。

「それも素材になるからさ、普通に持ってくなら解るんだよ。記念って何なの。死体の一部を記念って何なの」

「そう言う言いかたをされるとコレクタータイプの連続殺人犯ぽさが出る」

 突き詰めれば魔獣の体の一部でしかないスイカ大の果実をかかえ、それは確かにサイコパスだわと私も真顔でうなずいた。

 我々とほかの乗客は、すでに長く大きなムカデに乗って再びシュピレンの街へ向かっているところだ。

 どうにか人間を食べようと文字通り障壁にかじり付いていたフェアベルゲンについては、なんとかなった。

 いや。なったと言うか、力業でなんとかしたと言うべきか。

 大きなムカデを余裕で包み込む障壁を張って、たもっちゃんは手一杯だった。

 その状態でも頑張れば攻撃魔法を使えなくはないが、あいつの魔法は大体の感じだ。二つの魔法を同時に使うと、どちらかの制御が甘くなってしまう可能性もあった。

 それでも我々だけならまだいいが、障壁の中には一緒に乗り合わせただけの全然知らない人もいる。

 ケガでもさせたら申し訳ないし、そのほとんどは商人だ。なにかにつけて莫大な賠償金とかを請求されてしまうかも知れない。

 異世界の商人に対しては、我々はちょっとした偏見を植え付けられているのだ。村で元気にしてるかなあ、フーゴ。

 そんな事情をかんがみて。それか、膠着状態にイライラしてか。

 動いたのはレイニーだった。

 巨大な魔獣にかじり付かれた障壁の中、青い瞳をどことなく、いつもより深い色に陰らせて。レイニーはほのかに笑いながらに言った。

「死にはしません。心配は不要です」

 セリフが完全に予想通りすぎた。

 にこやかなのに目の座ったレイニーにより、私は障壁の外へ突き飛ばすように放り出された。あまりに容赦のない早業で、抵抗するすきもなかった。

 こいつホントに人でなしだなと思ったが、いつになく辛辣なレイニーはどうやら虫の居所が悪かったようだ。

 ツヴィッシェンの安宿でテオと合流してからこちら、人買いの馬車やデカ足に乗りじっと移動しているだけだ。しかも砂漠に入ってからは雨が降ればじめじめと、空が晴れれば一気に暑く、砂が乾けば風に乗り肌や髪にびしびし吹き付けこびり付く。

 衛生観念に厳しいうちの天使には、耐えがたい環境だったのだろう。そう言うことが積もり積もって、フラストレーションがたまってしまっていたのかも知れない。

 それでも私を魔獣の眼前に放り出すのは容赦なさすぎではあるが、確かに、それからは話が早かった。

 人間ルアー扱いの私に待ってましたとフェアベルゲンが食い付いて、攻撃を受けると全自動で出てくる茨のスキルが出てきたからだ。

 この茨に巻かれると、その生き物の時間が止まる。息の根までは止められないが、とりあえずギッチギチに拘束はできる。

 こうしてうやむやに危機は去り、暑いし、先を急ごうか。と、散らばった荷物を集めたり怯えて動揺したムカデをなだめたりした。

 で、あっさり巻かれて動きの止まったフェアベルゲンについてだが、これはそのまま持って行くことにした。

 その結果、青魚のように光る巨体を魔法で浮かべ、何本も継ぎ足したロープで引っ張り砂漠をどんどこ移動している。ちょっとむりやりがすぎるかなって気はする。

 でもね、売れるの。

 こいつは人を襲うので食用にはならないが、燃料油が取れると聞いた。しかも、全身が素材になるらしい。それを聞いたらどうしても、捨てて行く気にはなれなかったのだ。

 ちょっと前の話になるが、人買いの馬車で移動中、台地の上で仕留めたものの持ってこれなかったワイバーンのことを我々は意外と今もくやんでいるのだ。

 あれも食用にはならないが、ギルドで素材を引き取ってもらえるはずだ。しかし人買いの目の前で狩ったため、アイテムボックスに入れることもできず捨て置くことになってしまった。

 あの時は仕方ないとあきらめもしたが、今回のフェアベルゲンはさすがにおしい。

 なにしろ体がでかいので、素材がどれほどとれるか解らない。しかもこれから向かうシュピレンの街では、明かりなどの燃料がほとんどこれの油でまかなわれるそうだ。

 そんなの絶対売れるじゃん。

 お金のために、多少のムリは通してみせる。

 我々はそんな私欲に満ちた決意をしたが、フェアベルゲンの巨大な体をふわふわ魔法で浮かべてみても乗員乗客は不自然なほどにおとなしかった。

 サイズ感のおかしな障壁を張ったこと。茨であっさり魔獣の体を巻いたこと。そしてその大きな魔獣を魔法で風船のように浮かべたことが、たたみ掛けるように異世界人の常識を破壊したのかも知れない。

 私が疑似餌の果実をむしったあとにはなんなんだあいつらはとぎゃんぎゃん苦情を言っていたのが、今ではみんなどこか遠い所を見ながらにムカデに揺られて天気の話などをしている。

 我々をここまで連れてきた人買いたちでさえそうなので、どうしたのかなと思ったら、テオが神妙な顔付きで異世界人を代表して言った。

「あれは、あれだぞ。理解や許容などではなくて、どこからどう処理すればいいものか解らず現実逃避されているだけだぞ」

「そんなまるで超常現象みたいに」

「そんなまさか非常識のかたまりみたいに」

 またまたひどいご冗談をおっしゃる。

 たもっちゃんと私はテオのユーモアを笑ったが、テオはいつまでもどこまでも真顔で我々を見返していた。


 巨大な魔獣風船を首の辺りにつながれて、たまに空気抵抗で長い体が浮き上がりそうになりながら、それでもムカデは懸命に走った。

 魔獣のロープを首の辺りにつないでいるのは、その辺が比較的踏ん張りが利くと乗務員が言っていたからだ。我々も保定のためにその辺りに待機して、ぼーっとしながら約二日。

 到着は夕方近くになった。

 本来昼に着くはずの予定がいくらか遅れてしまったそうだ。日にちとしては出発から六日目。初日は昼から出発したので、予定通りに到着すればきっちり五日の行程だった。

 少し前に雨が降り、薄い霧のただよう砂漠。ムカデが長い体で駆けて行く先に、孤島のようにぽつりと街が現れた。

 その名をシュピレン。

 闘技場や賭場を持つ、ギャンブルで成り立つ独立都市だ。

「人はなぜ砂漠にカジノを作るのか」

 ムカデの背からおり立って、たもっちゃんの開口一番がこれである。多分だが、ラスベガスのことを思い浮かべているのだと思う。気持ちは解る。私も思った。

 砂漠を海に見立てれば、シュピレンの街には岸壁があった。

 土魔法かなにかなのだろう。大人の身長ほどにどっしりと、砂漠より一段高く固められたそこに乗客や荷物がどんどんおろされ運ばれて行く。

 荷運びの労働者たちは忙しいようで、ぷかぷか浮かんだ大きすぎる魔獣を最初にぎくりと動きを止めて見上げたほかはもうなにもなかったみたいに働いた。

 我々や荷物を運んでデカ足が、乗り付けた岸壁の辺りは港のような場所らしい。

 少し不便な距離の遠い所には倉庫。もう少し近い所には両替商やみやげもの。最も人の行き交う場所には、小さな賭場がぎゅうぎゅうとひしめく。

 利便性と言うか、優先順位と言うか。とにかく並びがおかしいと思う。

 なんなんだこれはと立ち並ぶ小さな賭場を見ていたら、横からするりと手が伸びて指さしながら男が語る。

「あの鳥の看板は闘鶏で、あちらは闘犬。蜥蜴を戦わせる賭場もあるし、あそこでは亀を走らせてレースをしているね」

「気が長い」

 たもっちゃんと二人、図らずも声をハモらせてしまう。と、男は思わずと言うふうに小さく笑い声をこぼした。

 そこでやっと気が付いた。するっと説明が始まったからするっと聞いてしまったが、よく見たら全然知らない人だ。

 シャツにズボンに膝までのブーツ。大きな薄布を無造作そうに肩に掛け、腰ほどまである真っ直ぐな髪は一つに結んで背中に垂れる。

 にこにこしてて一瞬優しそうに見えるが、腰には使い込んだ剣がある。それに後ろに何人か、顔面凶器と言うようないかつい感じの連れがいた。

 これはあれだな。いい人そうだと油断してたら、意外とタチが悪いタイプのキャラだ。詳しいんだ私は。アニメとかまんがで。

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