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205 疑似餌の枝

 デカ足と呼ばれる巨大なムカデに乗ってから、それぞれのグループで固まって特に交流のなかった乗客。

 乗車前、運賃の徴収と注意事項の説明をしたきりあとは客をほったらかしの乗務員。

 ちなみにデカ足の運賃は、一人につき銀貨一枚だそうだ。荷物はサイズと重さで色々と変わる。高いような気もするし、五日も乗ることになるからこんなものかなと言うような気もする。

 銀貨なあ。草で稼ごうとすると、結構大変なんだよな。

 それが移動だけで消えるのはつらいが、逆に、改めて考えてみるとドアのスキルや空飛ぶ船は早いしタダだしありがたさしかない。

 いつか機会があって気が向けば過剰に調子に乗らない程度にちょっとだけ、たもっちゃんには優しくしたほうがいいのかも知れない。

 だが今は、それは横に置いておく。

 横にどけたらもう二度と俎上に載ることはないと言うような予感もするが、とりあえず、たもっちゃんの福利厚生について検討するのはこのタイミングではないだろう。

 ぐねぐね暴れて逃げ惑う、ムカデの背中から私は落ちた。しがみ付く握力の限界である。

 そしてぽーんと放物線を描いて、地面に振り落とされてしまった。と、自分でも思っていたのだが、これはあんまり正しくはない。

 なぜならムカデの下ではフェアベルゲンと呼ばれる魔獣が、巨体の一部、青魚めいて光る頭を砂の中からぬらりと出していたからだ。

 フェアベルゲンは肉食らしい。

 つんととがったくちばしめいた大きな口をがぱりと開き、ムカデの背からぼろぼろこぼれる生きた肉のかたまりが落ちてくるのを待っていた。

 ただ幸いに――と、言うべきだろう。

 私はフェアベルゲンの胃袋に直接落ちることはなかった。

 ロデオの暴れ馬のように、ムカデがぐねぐねのた打つ勢いでどうやら高く遠くへ放り出されたようだった。

 そのために私が落ちたのはちょうどフェアベルゲンの頭の上で、ちょうど疑似餌の生えた部分でもあった。

 そしてこれは本当に、不運と言うか不可抗力だったと信じてもらいたいのだが、つかまる物もなにもなく空中に放り出された私は、偶然手に当たったなにかを反射的につかんだ。

 それは魔獣の頭にひょろひょろと生えた、木のような疑似餌の枝だった。

 必死につかんだ私の両手は枝の表面をずるずると滑り、その途中、丸々といびつな果実が付いた部分でようやくどうにか引っ掛かって止まった。

 ……と、思ったんだ。一瞬は。

 しかし私は自分の重さと暴れるムカデに放り出された勢いで、かなりの加速が付いていた。その上に、疑似餌の果実は間近で見るとちょっとしたスイカくらいはあったが、それと枝とをつなぐ部分はえんぴつ程度の細さしかないのだ。

 これで大丈夫な訳がない。

 加速の付いた私の体を当然支えられるはずもなく、いびつな果実は枝から離れた。離れたと言うか、高速ですれ違いざまに私がもぎ取った格好である。

 ちょっとしたスイカ大の疑似餌の果実を両手にかかえ、今度こそ砂の地面へ落ちて行く私に人々は叫んだ。

「アッ」

「アホー!」

 もうちょっと言葉を選んでくれてもいいのよ。

 叫ぶのは、同じ船、と言うかムカデに乗っていながらに、互いに関心を払わなかった乗客や乗務員たちだ。

 個人主義と言うよりもっと。

 冬の砂漠のように乾いた無関心さを持つはずの彼らは、なぜかこんな時だけ一丸となってものすごい形相で私を責めた。

 いやー、すごいわ。

 ムカデの背中に残ってる人も、すでに落ちて砂まみれになってる人も。信じがたいものでも見るかのように、目と口を大きく開いてぎゃいぎゃい騒ぐのがふっとばされてる真っ最中の私でさえ解る。

 つい、そんなに怒んなくてもいいじゃんとか思ったら、一応ちゃんと理由はあった。

 あとから説明と言う名目のお説教を受けた時の話では、あの果実を付けた疑似餌の部分も魔獣の体の一部だそうだ。つまり、曲がりなりにも痛覚がある。それを不用意にちぎったりすると、魔獣が怒り狂ってしまうのだ。

 あんなでっかい図体しておいて、ちょっとホクロがちぎれたくらいでガタガタ言うなよと思わなくもないが、まあ、解る。

 鼻毛とかでもうかつに抜くと泣くほど痛い時あるもんな。解る。解るよ。疑似餌の果実は鼻毛ではないし、ホクロと言うかイボに近いような気もするが。

 実際、私が果実をもぎりつつ砂地へ激突したあとの、魔獣の暴れかたは尋常ではなかった。

 ムカデがロデオの暴れ馬なら、果実をもがれたフェアベルゲンは暴れ牛のようだった。ロデオは実際見たことすらないので、どう違うのかは解らないまま大体で言ってる。

 なんかすげー怒ってるなとは伝わってきたし、デカ足の乗員乗客の絶望の仕方もすごかった。あと、こうなったのは完全に私の責任みたいな空気感になっていた。

 いや、でもね。砂地に隠れたこの魔獣との遭遇は、多分私のせいではないと思うの。偶然って言うか。不運って言うか。ただ、決定的に怒らせたのは私って感じはうっすらと、ちょっとだけしてる。

「たもっちゃーん」

「あ、人違いです」

 うっかりもぎったフェアベルゲンの果実を持って、黒ぶちメガネのうちのメガネに駆けよって行くとメガネは一瞬メガネ違いですとばかりに他人のメガネみたいなそぶりをして見せた。

 きっと周囲から責めるように注目されて、居心地が悪かったのだと思う。気持ちは解る。私もものすごく居心地は悪い。

 だがメガネ。お前に人の心はないのか。傷付いた幼馴染を切り捨てるってお前そんなお前。

 あれだからな。さっき一瞬ちらっと思った、いつか機会があったら優しくする件はなしだぞ。むしろいつか機会があったら、ためらいなく切り捨ててやるからな。

 このメガネには同情する気が一ミリも見えないと気付いた私は、なんかこう、いつか解んないけどその内とりあえず覚えてろよちっきしょー。と負け犬のような捨てゼリフを吐いて、次のターゲットを探した。

「ねえ聞いて。私、なにもしてないのに責められているの。ホント、なにもしてないのに。ただ魔獣のイボ的なものをうっかりちぎってしまっただけなのに」

「さぁ、それはどうですか」

「えっ、冷た」

 贅沢は言わない。当たり障りなく優しくしてくれれば誰だっていい。

 そんな観点で選び抜かれた、ちょうど手近にいただけのレイニーはびっくりするほど冷淡だった。

「リコさんは落ちたところで死ぬ訳ではないのですから、素直に落ちればよろしかったと思います。それに、リコさんにあれが食い付けば茨で巻かれて今頃は全て終わっていたのでは?」

「私を便利なルアーみたいに言うのやめてもらっていいかな……」

 優しい言葉を掛けるだけならタダだと言うのに、なぜこんなにも辛辣なのか。そして結構めちゃくちゃなのに、なんだか一瞬ちょっとそうかなと思わせなくもない超理論。

 死にはしないから別にいいだろと、このままでは生餌にされてしまいかねない。そんなやばさがレイニーにはあった。

 人ならぬものは自分の存在が頑強だから脆弱な人間とは相容れぬ系の感覚を、まさかうちの天使で味わうことになるとは。

 思わず両手に持っていたフェアベルゲンの果実を抱きしめてしまうと、枝からちぎれた所からなんか変な汁が出てきた。なにこれ。

 人間を何十人も簡単に運ぶ巨大なムカデもエサにしてしまいそうなほど、さらに大きな人食い魔獣に急襲されてしまったにしては。

 現状、被害はそれほどでもないそうだ。

 それはデカ足の乗務員たちが懸命にムカデをなだめあやつって、魔獣からどうにか距離を取りつつも振り落とされる人や荷物を最小限にしたこともあったし、荷物はともかく人間は食べられてしまう前にとメガネがせっせと魔法で拾い集めていたこともあった。

 今は頭上だけでなく、足元にも張った障壁の中でムカデごと乗員乗客を保護しているところだ。

 ただしこの障壁はドーム状のフタと床状の足元の間に守られていないすき間があった。もしも外に取り残された乗客がいても、自由に入ってこられるように。

 フェアベルゲンはとがった口を大きく開けて外から障壁に噛み付いていたが、障壁のすき間はわずかだし、壊れる心配もなさそうだ。魔法障壁の中から見ていると、噛み付く口に臨場感がありすぎる以外に問題はない。

 大丈夫じゃないのはフェアベルゲンにあきらめる気配が見られないことと、金ちゃんがやる気いっぱいにダマスカスの斧を手に素振りでアップを始めたことくらいだ。

 あと、うちのトロールが子供を大事に任せる相手がいつもテオなのが地味に気になる。

 我々には子供を預けられないとでも言うのか。そうなのか金ちゃん。

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