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204 果実

※残酷かも知れない描写があります。ご注意ください。

 デカ足が荒れ地の停留所を離れて四日目。

 相変わらずなめらかに、滑るように砂漠を走るムカデの上で私はまたも仁王立ちしていた。

 乾かした草をぎゅっと詰め背負った袋が風を受け、こうしないと立っていられないからだ。

 じゃあ座ればいいじゃんと思ったら、これが座ったら座ったでやはり走行に伴う強風で後ろに向かって転がってしまう。

 ごろんとなった勢いで私がムカデの背中から落ちそうになると、あわてて回収する係はメガネだ。知ってるんだ私は。もうすでに何回かそう言うことがあったんだ。

 そのため人買いの馬車から出る時は、基本仁王立ちだった。我ながら凛々しい。よく考えたら背負い袋をおろせばいいだけって気もするが、草にも健康になって欲しいのでなんとなく仁王立ちでの対応を選ぶ。

 頭の上には人買いの馬車にくくり付け、足元に向かって斜めに張った布がある。お陰で直射日光に焼かれずに済む。この数日で太陽光さえなんとかなれば、走行風が強いので暑さも割とやりすごせると言うことが解った。

 私は日陰で仁王立ちしながら、腕組みをしてきりりと言った。

「ねえ、たもっちゃん。ムカデの前立て付けた戦国武将の兜作らない?」

「何で?」

「ムカデ衆の旗指物でもいいからさあ」

「だから何で?」

 ヒマなんだよ私は。

 ムカデの生態や砂漠あるあるなどの話を、デカ足の乗務員やその辺の乗客から聞き出すのにもいい加減飽きた。

 あと、まるで幼児が相手のようになぜなにと食い下がられるあちらのほうも育児に疲れてあんまり答えてくれなくなった。幼児でも育児でもなくて、そうさせたのは私だが。

 退屈のあまりに恐らく実現はしない気がするムカデのグッズ展開をむやみに熱っぽく検討していると、急に。足の下からガクンとつんのめるような衝撃があった。

 いや、これは正確ではない。

 実際はスピードに乗って砂漠を走るムカデの体が急停止して、反動で、その背中の乗客が残らず前のめりにごろごろと倒れた。

 私はなんとか残ったが、砂地の上へ転げ落ちた客もいた。それなのに、周囲には奇妙な静けさがあった。

 さわさわと、長く連結したような巨大な体の両側で無数の足がゆっくりとうごめく。

 その節くれ立ったパイプのような、ムカデの足は先へ行くほどに細く、砂漠の砂のような色合いが先端だけはなぜか青緑に変化する。

 妙に美しく透き通る、普通なら気にも留めないその足の、関節がわずかにきしむ音だけが周囲の押し殺した静寂に響いた。

 ムカデは後ろに下がれない。

 そんな話をいつか聞いたことがある。だから、きっとそのためだ。

 三人の乗務員は注意深く息を詰め、あやつるデカ足の長大な体を少しずつ横へ横へとずらすように慎重に動かしている。

 三人で、と言うのが恐らくすでに変なのだ。

 乗務員は三交代制で、同時に起きているのは二人のはずだ。つまりどれがそうかは知らないが、三人目の乗務員の男は寝ているところを叩き起こされたことになる。

 なんとなく、大きな声を出してはいけない雰囲気があった。

「なんかあったの?」

 極めて小さくひそめた声で、誰にともなく投げ掛けた問いは、それでも「しっ!」と周囲に厳しくとがめられてしまった。しかし、誰もこちらは見ていない。

 人買いの女もバイソンも、馬車につないだウシたちでさえ息を殺して同じ方向を向いていた。

 そんな中、テオがひそりと。

「静かに。――フェアベルゲンの果実だ」

 たもっちゃんを引きよせて、同時に私に顔を近付けて。吐息のようにささやいた。

 灰色のテオの両目はひどく緊張したように、やはりほかの乗客と同じに。ある一点をじっと見た。視線を追えば、確かにそこに。

 砂漠の砂地にたった一本。

 ぽつりと、まるで立ち枯れたように。それでいて、いくつも果実を付けた木があった。

 幹は細く、枝はもっと細い。ひょろひょろと貧相な枝ぶりには不似合いに、果実は丸々と大きく多い。ただしその果皮はぼこぼこといびつで、木の皮と同じ色あいだった。

 これをフェアベルゲンの果実と呼んで、砂漠を旅する者は恐れる。


「森を見たら休め。木を見たら逃げろ」


 私はあとから知ったことだが、砂漠にはそんな言葉があるほどだそうだ。

 では、なにをそれほど恐れるか。

 なぜならそれは、人を誘うエサだから。

 砂漠の森はオアシスのことだが、砂漠に一本だけ生えた木は死の予兆でしかない。

 今まさに、我々が直面しているように。

 砂地に埋まる木の根元から、まるで波紋が広がるように。細かな砂の表面に、丸い模様が幾重にも浮かぶ。

 風紋とは、また違う。

 それは一本の木を中心に、円を描いて波が広がって行くかのようだ。一番外側、一番大きな波紋のふちに、ムカデの細い足先が少し掛かって円形を乱す。

 なにが引き金だったのだろう。

 ムカデの動きはうごめくようで、巨体に反して繊細に、ほんのかすかな音しかしない。

 では客のささやく声か。それとも固唾を飲む音か。思わず身じろぎした衣擦れだろうか。

 いや。

 急停車の反動で砂地に落ちた人間の、ムカデの上に戻ろうとあがく物音や気配かも知れない。

 とにかく、それは、私たちの存在に気付いてしまったようだった。

 乗務員の男が、客に向かって突如叫んだ。

「くるぞ! つかまれ!」

 なにが、と問う必要はない。

 叫んだ時には静寂と、ぴんと張り詰めた緊張が弾けて足の下からぐらりと揺れた。

 地響きのような振動と、音が。遠くから迫ってくるように、もしくはかなり近い所でぎちぎちと地面を割るように響く。

 そして、それは間違いではなかった。

 それは、私たちのすぐ下にいた。

 急いで走り始めたムカデの下から砂の地面が盛り上がり、まるで大きな魚が水面に浮上してきたように巨大ななにかが現れた。

 そうか、と思う。きっと、あの砂地に残った波紋めいた円形の跡は、あれが砂に体をうずめて隠れた痕跡だったのだ。

 それは巨大な生き物だった。砂から出てきた頭だけでも巨大だが、その全身は我々を乗せたムカデを飲み込むほどに大きいだろう。

 その体の表面はぴかぴかと白く、もしくはまばゆい銀色で、それでいて青みを帯びてぬらぬらと光る。なんとなくだが、生きのいい青魚をほうふつとさせた。

 つんととがってクチバシめいた大きな口は、魚に似ていると言えなくもなかった。その口はがぱりと大きく開かれて、明らかに我々を飲み込もうとしていた。

 逃げろ、と誰かが叫んだと思う。

 急げ、と。早く、と。待ってくれとも、もうダメだと、嘆く声も聞こえた気がする。

 悲鳴を上げる乗客を運び、ムカデはこれまで以上にスピードを出して無数の足を動かした。でも、それでも及ばない。

 砂の下から頭だけをさばりと出して、それはあっと言う間に長いムカデを捕捉した。たやすく追い付いただけでなく、勢い余ってつるりとした頭の上にその長いムカデの体を一瞬乗せてしまったほどだ。

 その時ちょうど、私は間近にあの果実の付いた一本の木を見た。

 砂漠で見たら逃げろと言われる貧相な木は、白く、銀色に、青っぽく光る大きな頭から生えていた。もしかして、砂漠の中で生き物を誘う疑似餌のようなものなのか。

 ムカデの体には何本も、荷物などを固定する丈夫なベルトが巻き付けてあった。ほかの乗客と同様にそれにしがみ付きながら、私は思わず素直に呟く。

「ちょうちんアンコウ的なことなの?」

「リコさ、実は結構余裕あるでしょ」

 頭のてっぺんに自前の疑似餌て。

 そんな素朴な感想に、たもっちゃんが隣から妙に感心したように、それか困ったものを見るように言った。

 だが実際は、余裕なのはメガネのほうだ。あと、逆隣りにいるレイニーも。

 ぐねぐねと暴れ回るムカデの上で固定用ベルトを申し訳程度、片手で持っているだけのメガネ。これは多分、魔法で体重を消している。そしてレイニーにいたっては、もはや隠すつもりさえなく普通に魔法で浮いていた。

 自分だけよければ構わないと言う、強い姿勢を全身から感じる。

 そんな彼らの近くでは金ちゃんが背中に子供をくっ付けて、つかんだベルトを手綱のように引きしぼり力強く両足で踏ん張っている。それでも体はあちらこちらに揺すられて、ちょっとしたロデオ感覚だ。

 これは金ちゃんだけでなく、テオもそうだし人買いの二人もそうだった。バイソンの男は人族の、連れの女を抱き込むような格好で必死にフォローしてもいた。

 だから、こうなるほうが普通のはずだ。

 ちなみに私は誰よりもロデオで、ほどなく握力の限界を迎えた。するとどうなるかと言うと、普通に振り落とされて放物線を描く。

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