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202 豆ごはん

※虫注意。

 そうだった。

 ノルマをうっかり忘れるたびに罰則依頼がしょっぱいと文句ばっか言ってたが、報酬が出るだけまだマシだった。罰金払ってお金が出て行くよりは全然。

 一回自分で納得したことも、時間が経って慣れてしまうとなんだか不満に思ってしまう。

 我々が単にそう言った、現状にあぐらをかくタイプなだけだったのだ。恐ろしい。

 もっとこう、我々。気を付けて行こうな。逆恨み的なことには。

 そんな反省と、料理、の主に味見。乾かした薬草をこれでもかと詰めた大きな背負い袋を抱きしめるなどしていたために、行商人と間違われたりしながらすごして、いよいよ。「デカ足」が到着する日がやってきた。

 その時、我々は人買いの馬車の近くで深刻な話し合いをしていた。

「だからさー、冒険者ギルドのランク上げたら猶予期間が長くなるんでしょ?」

「でも俺らDじゃない? 一個上げてもCはDと変わんないんだよ。しかもCランクからは試験受けないと上がんないしさぁ」

 私の問いにぐちぐちと、ぼやくように答えるメガネはそれでもしっかり手だけは動かす。

 ぐるりと向かい合い座った我々の、真ん中には大きな鍋がある。その中には薄い朱色の豆粒がどんどん放り込まれていたが、これは黄色い豆のさやを手に鍋を囲んだ全員でぷちぷち取り出したものだった。

 たもっちゃんは豆ごはんが食べたいらしい。そのお手伝いである。

 一緒にぷちぷちやってるレイニーが、あんまり興味もなさそうに問う。

「試験とはどんなものなのですか?」

「ほかのパーティと合同で何日か森でキャンプしながら簡単な狩りや研修など」

「あ、ダメだね」

 スッと目から光を消して静かに言ったメガネの言葉で、私にも解った。

 多分それ、試験と言うより協調性を見るためだけのイベントだ。そして、我々に協調性とかはない。恐らくずっとDランク。そんな確信が胸に広がる。

 単純作業に意外にハマり、タイムアタックかのように豆をばらばらにしているAランクの冒険者。と言うかテオの話では、Cランクからは大きい仕事が増え始めるとのことだ。

 そのため自然と、何組かのパーティで手を組んだり組まされたりする機会も増える。

 よせ集めの冒険者たちはトラブルを起こしやすいものではあるが、人間関係のいざこざでクエストが失敗するような事態はギルドとしても極力避けたい。

 そのためにCランク試験では各パーティや個人の資質、性格傾向などをチェックしてギルド間で共有し参考とするらしい。

「と、言われている」

「急にふわっとしたね」

 話しながら次をよこせとテオが伸ばした手の平に、たもっちゃんが微妙な顔で豆の入った黄色いさやを房ごと渡す。

「冒険者には公開されない情報だからな。そうではないかと噂されているだけだ。しかし、受けないのか? Cランクなら、実力があれば通るぞ」

「えっ、コミュ力は?」

 人間性を見る試験なのではないかと思ったら、それは本当に見るだけのようだ。逆に言うとコミュ力があっても、まず冒険者として実力がないと通らない。

「冒険者の相性もあるからな。結果次第で……特定の仕事から省かれる事は、あるかも知れないが……」

「テオ、そっと顔をそむけるのはやめて」

 言い知れぬ悲しみがその場を満たし、我々はひたすら黙って熱心に豆と向き合った。

 それと、これは最初からメガネが言っていたことだが、我々の目的に関してはCランクに受かるだけでは意味がなかった。Bまでランクを上げないと、お仕事ノルマの猶予日数が伸びない。なんと言う無意味。

 試験を受けるとしたら先は長いし、もしもギルドの試験官が急に「はい、近い人同士で適当にグループ作って~!」とか言い出したら死ぬ。そんなパターンはないかも知れんが、想像だけで恐ろしい。

 なんかもうダメと悲哀を豆にぶつけていたら、いつの間にか鍋がいっぱいになっていた。

 葉ずれのようなざわめきが、遠くから始まり波紋のように広がったのはそれから少ししてからのことだ。

 十三日の昼近く。

 待っていたものが現れた。

 この頃になると、荒れ地と砂漠の境目に待機する人数は百人近くに増えていた。もはや見分けは付かないが、途中で追い越した商人たちもこの中のどこかにいるかも知れない。

 そんな彼らがささめきながら、見ている先は砂漠の向こう。

 視線を追えば霧が立ち込め固く湿った砂地の上を、長いものがゆっくり滑って遠くから近付いてくるのが見える。

 霧は、雨のせいだった。

 砂漠の乗り物を待っている間に、短い雨季が訪れたのだ。そのために乾いた土地でありながら、今だけはここもむせ返るように湿度が高い。

 雨季が訪れ、砂漠の雨は唐突にくると言うことを知った。

 空があっと言う間に黒くなり、激しい雨がざばざば降ってすぐにやむ。つらい。大体逃げ遅れてびしょぬれになるのに、すぐにやむ。くやしい。

 そしてさっと雨が上がると、砂漠の空気は真っ白ににごる。砂の中からもわもわと水蒸気が立ちのぼり、視界を閉ざすほどの白い霧になるのだ。

 ミルクを溶かしたようなその霧も時間と共にすっきり晴れるが、その乗り物が現れた頃にはまだまだ霧がただよっていた。

 少しずつ視界は開けつつあったが、決して見通しがいい訳ではない。

 その中を、デカ足と呼ばれるそれは難なく進んで巨大な姿を我々にさらした。

「ムカデじゃん」

 ただし、大きい。いやマジで。

 体高は人の胸ほどあるが、幅がその三倍はあるので平たく見える。そして両側に一対の足が生えたブロックを、無限につなげたようにどこまでも長い。

 途中で節を持って折れ曲がる足はどれも先へ行くほど細いのに、どうして「デカ足」なのかと思ったら「デカくて足がいっぱいある奴」でデカ足のようだ。略しかたが雑。

 豆の準備を金ちゃんの膝からせっせと手伝いお駄賃に渡した水あめをお箸的な棒で懸命に練っていた子供は、その生き物の出現に小さな両手を震わせた。

 我々がいる荒れ地の端から、砂地の上のムカデまでは二十メートルほど距離がある。それでも、子供には恐かったようだ。気持ちは解る。私もなんかちょっとだけ恐いし、本能的に胃の辺りがうひゃうひゃとなる。

 うひゃうひゃってなんだと自分でも思うしうまく説明できないが、なんとなく、我々がなんかやらかしたあとでやたらと優しく美しくほほ笑むアーダルベルト公爵を見た時みたいな感覚に近い。違うかも知れない。私は公爵を一体なんだと思っているのか。

 しかし常識的なちっちゃいムカデに噛まれてもアホかと言うほど痛いのに、あんなのに噛まれたらどうなるのだろう。

「あれに乗るの? 大丈夫? 噛んだりしない? ねえ、本気? ホントに? 大丈夫なの? ねえ、大丈夫? マジで?」

「心配はいらないよ」

 馬車の近くてウシをなだめる人買いの女が、不安を垂れ流す私に向かってうざったそうにしれっと言った。

「噛まれたと思った時にはもう死んでるだろうさね」

 猛毒じゃねえか。

 ワンチャン無毒かと期待してしまった。そんな訳はなかった。

 ただ、例え無毒だったとしても左右からガチガチと噛み合わせるタイプの丈夫そうなアゴがあるので、物理的にも負けそうな気はする。茨さんの仕事に強く期待したい。

 にょっきりとアンバランスに背の高い、不自然な岩の停留所に合わせて長大なムカデは列車のように停止した。

 連結したような長い背中に運ばれてきた客や荷物が載っていて、まずはそれをおろす作業が始まる。待たせた客を乗せるのはそのあと。具体的に言うと明日のことになるらしい。

 それは運んできた人や荷物を混乱なくおろすためもあったし、馬車を引いている動物たちを一日掛けて「デカ足」の気配に慣らすためでもあるそうだ。

 ではなぜ慣らすかと言うと、家畜ごと馬車もムカデの背中に乗せるためだった。

 豪快だが、効率的だ。この荒れ地には町すらなくて、置いて行くには不用心すぎる。

 なるほどねえとうなずきながら、食べた豆ごはんはよいものだった。

 薄い朱色の豆粒はえんどう豆とは感じが違うが、むしろ甘みはこちらのほうが強いかも知れない。素朴な甘さの移ったごはんにぱらぱら塩を振り掛けたりすると、甘いのとしょっぱいのとで多分永遠に食べられると思う。

 人買いの二人はオムライスなどで慣れたのか、なにも言わずに一緒に食べておかわりもした。付け合わせは謎野菜と干し肉のスープ。

 しかし通常、異世界のお米は恐怖の実と呼ばれ、ほとんどは家畜のエサにしかならない。人が食べることもあったが、それは食い詰めてのことと聞く。

 近くで野営する商人からは、同情するように見られながらの食事となった。つらい。

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