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200 ニンジン

※地球では違法行為にあたりそうな描写があります。地球人各位はご注意ください。

 台地の上と地上をつなぐ巨大な橋をさくさく下りて、荒れ地の地面におり立つと周囲はすでに暗くなっていた。

 台地の上を横断し、端に着いたのがお昼すぎ。それから橋をくだっただけで半日掛かったことになる。

 やはり台地はあちらもこちらも同じくらいの高さのようだ。それならのぼる時よりくだりのほうが所用時間が短くなってもよさそうなものだが、重たい馬車は慎重に下りて行かないと止まれなくなってえらいことになるらしい。

 その日は橋の近くで野宿して、翌朝。

 空が明るくなり始め、やっと荒れ地の様子が目に映る。

「ねえ、たもっちゃん。あれ、ニンジンじゃない? ニンジンが逆さまに乱立してない?」

「絶対違うけど気持ちは解る」

 火星のように荒涼と赤く、乾いた土と岩石の風景。

 鋭く砕けた岩や石がごろごろとした地面から、葉っぱの付いたニンジンを上下さかさまにしたようななんとも言えない植物がそこら中に生えていた。

 それは意外と大きくて、背丈が五メートルは超えている。しかも、わしゃわしゃしげったした葉っぱの中からにょきりと伸びた円錐の、ニンジンだとしたらメインの部分はなんかそれっぽく赤かった。

 なぜなのか。なぜ異世界の植物が、そこまでニンジンによせるのか。

 逆にすげえと近付いて見ると、赤いのは細かな花だった。上に向かって細くなる、円錐の幹を埋め尽くし無数の花が咲いている。

 ところどころかじられたように赤い色がなくなっているのは、実際になにかの動物が花を食べているからのようだ。

「これ、人間も食べられないかなぁ」

「むしって行ったら、ギルドで買い取ってくんないかなあ」

 おっきいし、いっぱいあるし。

 そうだったら最高だよなとメガネと二人、お腹を空かせたレイニーが「みなさん朝食をお待ちですよ」とみんなのために気を利かせた空気を出して呼びにくるまで夢いっぱいにぼんやりしてしまった。

 謎野菜のスープとやわらかパンで朝食を簡単に済ませ、人買いの馬車に乗り込んだ。

 いつもならそれだけの話だが、今日の我々は少しだけ違う。簡単に言うと、馬車にも飽きた。

 テオを探して合流してから、かれこれ五日ほどになるのだ。

 どう見ても人を閉じ込めるために設計された、箱型の荷台でドナドナ揺られるのも精神衛生上の限界を感じる。

 なんかもうやだよねとか言って。我々はおもむろに荷台の屋根によじのぼり、結構揺れると当たり前の文句を言って陣取った。

 人買いの女は嫌そうな顔で、「落っこちても拾わないからね」とあきれとあきらめを隠さず言ったがそれだけだ。止めるだけムダだと悟ったのだろう。さすが我々と言わざるを得ない。

 砕けてとがった岩や石が転がる地面は、そこそこ急なくだり坂になっていた。

 その荒れ地に一本通っているのは大きな岩や石を取り除いただけの、ひゅるひゅる曲がりくねった道だ。

 土と小石でがたがたした路面で馬車の車輪がアグレッシブにはねるが、それでも走れるだけマシっぽい。道から外れた荒れ地では、とがった岩にはばまれて立ち往生するしかないからだ。

 馬車の屋根でがたごと揺られてたまに落ちそうになりながら、風を感じて座った目線は相当に高い。

 それなのに余裕で視界にフレームインして去って行くジャンボニンジンを見ながらに、たもっちゃんはあきらめ悪くなんとか食べられないものかと一人でぶつぶつ呟いた。

 ニンジンだらけの火星のようなシュールな荒れ地は進めど進めど代わり映えせず、背後にそびえる台地の壁が少しずつ遠ざかって行くことだけが進んだ距離を実感させる。

 御者台よりも高い位置。頑丈そうだが板を平らに打ち付けただけの、荷台の屋根にはメガネと私とレイニーがいた。

 テオは奴隷の遠慮がそうさせるのか、断固拒否して出てこない。恐らく奴は首輪や立場だけでなく、凝り固まった常識にも囚われているのだ。私ちょっとうまいこと言った。

 金ちゃんと子供も荷台の中だが、これはあえて置いてきた。さすがに子供を連れて箱乗りはまずい。そもそも大人でも箱乗りはまずいし、この状態が本当に箱乗りかどうかも怪しいが。

 我々も最初は屋根でおとなしく座っていたのだが、時間が経つとやはり臀部にダメージが蓄積されて行く。色々と模索した結果、最終的には三人で反抗期の金ちゃんのように進行方向に向かって仁王立ちしていた。

 この体勢が最も馬車の振動と硬い座面の影響を受けない。なんと言うことだ。金ちゃんはとっくに本能でそのことを知っていたのかとむやみに衝撃を受けそうになったが、よく考えたら座ってないから座面のコンディションが関係ないのは当たり前だったし、金ちゃんのはただの反抗期だった。そうだった。全然揺れないメガネの船でも仁王立ちしてた。

 あとずっと立ってるのも疲れるし、素直にクッション的な物を敷けばいいのではないか。そんな疑問が我々の間にうずまき始めた昼近くになって、この荒れ地で初めて別の旅人を見た。

 それは二人連れのおっさんのようで、ぼろぼろの帽子と背負った大きな荷物が見える。彼らは背後から近付く馬車に気付くと、路肩の岩場に踏み入って道を空けてくれていた。

 人買いのバイソンが手綱をあやつり速度を落とし、その隣に座った女が男たちに問う。

「シュピレンかい?」

「ああ、そっちは……変った客を連れてるな」

「客? そんないいモンじゃないさ。デカ足には間に合いそうかね?」

 乗って行くなら融通すると女が言うと、男たちは困ったように首を振る。

「買い付けですっからかんなもんでなぁ。なぁに、気張って歩けばデカ足が出るまでには着くだろう」

 ありがとよ、と礼を言う男らに軽く手を上げて、人買いの馬車はまた速度を上げて進み始めた。

「俺ら、これからシュピレンに行くの?」

 走り出した馬車の上。たもっちゃんが屋根の上で屈み込み、御者台を覗き込むようにして人買いの女に問い掛ける。

「シュピレンって近いの? どのくらい掛かるの? 何しに行くの? この馬車で行けるの? 砂漠じゃないの? どんなとこなの? 欲望の街なの?」

「やかましい男だね」

 わかる。

 振り返った人買いの女はうざったそうにしていたが、それでもメガネの質問には一つ一つ答えてくれた。

 シュピレンとはこの荒れ地の先の、砂漠の中にある街だそうだ。

 砂漠を単独で渡るのは、砂漠の民でも難しい。加えて馬車の車輪は砂地に埋まってしまうので、街には「デカ足」と呼ばれる乗り物で五日も掛かけて行くことになる。

 しかもそのデカ足は月に二度しか運航していないので、今回使う乗り場の場合は月の半ばと月末に合わせて乗客が待機していなければならない。

 今は六ノ月の十日で、人買い馬車のゴリゴリのウシなら二日で荒れ地を抜けられるそうだ。

 これなら月の半ばのデカ足に乗るのも余裕があるが、人の足だと荒れ地を抜けるのに四日ほど掛かる。

 それを思うとさっき通りすぎた旅人はちょっと日程が厳しいような、確かにがんばればなんとかなりそうな感じではあった。

 だから人買いが馬車に乗るかと誘ったことも、相手がそれを断ったことも解ると言えば解る。私はこれを親切と遠慮だと思ったが、しかしそれは甘かった。

 結構優しいとこあるんだねと私が言うと、横長いベンチのような御者台に二人で座った人買いたちは一瞬間を置いたあと吹き出すように声を上げて笑った。大受けである。寡黙なバイソンが笑うのは、多分これが初めてだ。

 違う違う、と女が言った。

「タダで乗せて堪るもんかね。運賃をぼったくるつもりだったんさ」

 ウエスタンな帽子を指の先でくいっと上げて、振り返る女はいさぎよいほどゲス顔だった。

 現状タダで乗車している我々は、屋根の上で身をよせ合って恐ろしさに震えることになる。たもっちゃんの料理で、どうにか。乗車賃については容赦していただきたいところ。

 そして、もう一つ。

 これから向かう砂漠の街の、一番の特徴について彼女は端的に教えてくれた。

「シュピレンは賭博の街だからね。退屈だけはしないさね。闘技場やら賭場やら、遊びには事欠かないだろうよ。身包み引っぺがされようが、命を取られようが知ったこっちゃないがね」

「あれ……私、なんかそう言う話知ってる気がする」

「リンデンだよ」

 なんだこれは前世の記憶かと言うくらいうっすら思い出し掛けたなにかを、たもっちゃんが補足する。それだわ。前にクマのリンデンが奴隷落ちした理由について聞いた時、出てきた名前だ。シュピレンの街。

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