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20 メガネ

災害について想起させる表現があります。ご注意下さい。

 村の被害状況は、ティモの家を含む三軒が全壊。その間近にはゲル状の黒いぶよぶよがべったりと迫り、耕作地から山裾に掛けての広い範囲を容赦なくおおい隠していた。

 しかも畑の中でもわずかに難を逃れた部分には、大きな穴が開いている。そのために、この村の今期の収穫は絶望的だ。

 村のそばには低い山がいくつかあるが、その一つは半分ほどが崩れていた。あの黒い怪物は、ここから現れたのだろうとのことだ。

 フィンスターニスは地中で長く休眠し、雨を吸って目覚めると好き勝手に暴れる。

 だから山と黒いぶよぶよは、ほとんど災害みたいなものだ。私たちのせいではない。

 でも、穴。お前はダメだ。完全に、たもっちゃんがポンコツだったせいである。

「たもっちゃん、この穴だけはなんとかしないとダメだ」

「解ってるんだけど……埋め戻す前にさー、メガネ探したいんだよね」

 ああ、そうか。ここで落としたとか言ってたな。

 セルジオとレイニーの進捗を見守ると言う一団と別れ、たもっちゃんと私は村の外れで穴を覗き込んでいた。

 いや、あまりにも進展ないからさ。見守るのも飽きた。おもしろいことになったら教えて欲しいとは言ってある。

「とりあえず、水抜かないと無理だろうなぁ」

「そうだねえ。魔法でなんとかならないか、レイニーにあとで聞いてみようか」

 私たちは丸いヤジス虫を膝に載せ、穴のふちにしゃがみ込んだ。大きさは学校のプールくらいはあるだろうか。重そうな泥水がたまってて、深さはちょっと解らない。

 メガネが大事なのは解るが、この中を探すのは大変だ。

「眼鏡と言うのは、あれか? 目の悪い者が使うと言う……?」

 不思議そうに確認するのは、若い騎士のジャンニだ。彼は仲間たちと一緒に上司のデートを見物には行かず、私たちと残った。

 彼の口ぶりでは、この世界にもメガネは存在しているようだ。それなら最悪、新しく作れるば済むかも知れない。

 これはなんとなく、意外な事実だった。メガネがあるとは思わなかった。今までも、掛けてる人とか見掛けなかったし。

「メガネって、めずらしいの? すごい高いとか?」

「確かに高価だが……珍しいと言うよりは、使う者がいないだけだ。タモツは何故だ? 眼鏡が買えるなら、神殿で治せただろう」

「直す?」

 メガネを?

 いぶかしむジャンニに、今度は我々が首をかしげた。

 なんか話が通じねえなと思ったら、そもそも常識が違うのだ。彼はメガネを買う金があるのなら、どうして神殿で癒しの祈りを受けないのかと不思議がっていたのである。

 それはどうやら、この世界の常識のようだ。

 例えば元々悪い視力のような。治癒魔法では回復の難しい症状も、癒しの祈りなら改善する場合がある。神の御力と言うやつか。

 もちろんかなりの料金を取られるが、メガネを作るのと大差ない。だから、メガネが普及しない。どちらも安くない金が掛かるなら、そりゃ失うリスクの低いほうを選ぶよね。

 と、メガネをなくして大変不便な生活をしている身近な男を見ながら思った。

 なるほどなあ。異世界だなあ。などと感心し、屈めた足を伸ばして立つ。

 もうそろそろ夕方だ。メガネを探すのも穴を埋めるのも、また明日考えよう。

「リコ、ヤジス虫は?」

「え?」

 たもっちゃんは、自分の膝から青い球体を持ち上げて言った。メガネがないからあんまり見えてないのだろうが、さすがに私が手ぶらかどうかは解ったようだ。

 小さなクマにもらった虫は、しゃがんだ時に膝の上に載せていた。しかし今、私は普通に立っている。

 ……あれ。どこ行った? 虫。

 虫って響きは好きじゃないけど、ティモの弟がくれたのだ。うっかりなくすのはなんか嫌だ。それにあれ、おいしいし。虫ってことさえ考えなければ。

「うわ、どこだ。その辺に転がってない?」

「……あれじゃないか?」

 見付けたのはジャンニだ。でも、なんだか複雑そうな顔だった。なぜなのかはすぐに解った。それを見て、私も複雑な心境になった。

 真っ青なヤジス虫は、あちこちに水たまりの残る地面を這っていた。でも、ボールじゃない。ゴツゴツしてて硬そうな殻は、球体ではなく五つに分かれて広がっている。

 うまくむけたみかんの皮か、ヒトデみたいだ。いくつも付いた三角のツノを揺らしながらに、星型に広がった体をせっせと動かし土の上を逃げている。

 近くに落ちてた木の枝でつつくと、びっくりしたようにしゅるんと丸まって球体に戻った。硬い殻で身を守っているのかも知れない。そんな生態は、別に知りたくなかった。

 複雑な気持ちでボール状のヤジス虫を拾い上げ、宿に戻ろうとすると声がした。

「本当に、お前たちが倒したのか?」

 それはジャンニの声だった。私たちの後ろで足を止め、そばかすの浮かぶ顔はひどく難しい表情をしていた。それともどこか、痛いみたいな。

 彼は視線を伏せていた。そして、私の足元を見ていた。

 自分の靴は、まだ怪物の中に埋まったままだ。だから今は、宿で借りたサンダルを履いている。ベーア族の足は大きく、子供が大人のサンダルを履いているみたいになった。

 その足元を見詰め、それともにらみながら、若い騎士はぎゅっと厳しく眉をひそめる。

「人族と獣族は違う。……違い過ぎる」

「違うのは、駄目ですか」

 質問で返すのは、たもっちゃんだ。それにジャンニは、ただ首を振った。

「自分とは違うものに、おいそれと命を懸けられるはずがない」

「別に、命を掛けたつもりはなかったよ」

 結果的に、なんかムチャなことになっただけで。討伐したって言われても、偶然と運でしかないからなあ。

「誰かを助けようとか、なんとかしなきゃみたいには考えてなかったよ。完全に、なりゆきって言うか……腹は立ってたと思うけど」

 だって、意味が解らない。理不尽すぎる。

 ここの人たちにしたら、自分の村で普通に暮らしていただけだ。それがあんな、ぽっと出の怪物のせいでめちゃくちゃになった。

 恐いし、家は壊れるし、畑は荒らされるし。

 ふざけんなバーカ! とは思うよね。

 それなのにさー。恐くても、村の人たちってちゃんと自分にできることやってんのね。

 あの夜宿に駆け込んだ人は、ジョナスに逃げろと言いにきた。いち早く村から逃げた人たちも、必死で走って領主の城に助けを求めてくれている。

 子供を守る親もいた。家族を助ける者もいた。あの夜はみんな、必死で互いを守ろうとしていた。

「私はさ、嫌になっちゃうくらい情けないよ。なんにも考えてなかったもん」

「そうだよな。ちょっとでも考えてたら、怪物の体によじ登ろうとかしないよな」

 すかさずメガネがディスってきたが、あれはしょうがない。我が心の山男が騒ぐので。


 夜、癒しの祈りについてレイニーに聞いてみた。

 神殿にいる神官は人間だが、うちのレイニーは天使である。人間が祈ってなんとかなるなら、天使にできないってことはないのでは。

「癒しの祈りなら、わたくしにもできます」

「あ、マジ?」

「ただし」

 レイニーは宿のベッドに腰掛けながら、片手を上げて私を止める。

「わたくしが行うと、どんなに軽く祈っても祝福になります。天から光の梯子が伸びて、祝音が鳴り響き、辺り一面に――」

「やめよう」

 癒しの祈りは奇跡感が強いので、天界も張り切ってしまうらしい。祝福が派手すぎる。

 しかし困ったね。たもっちゃんの目、どうしよう。やっぱり神殿に頼むか、新しいメガネ作るしかないかね。と、話し合いながらその夜は眠った。

 穴の中から回収するのは? と言う、たもっちゃんの疑問は黙殺しておいた。

「視力の回復、もしくは絶対防御の鉄壁の眼鏡。貴方はどちらを選びますか?」

 そんな二択を迫られたのは、その日の真夜中のことだ。迫られたのは私ではなく、たもっちゃんだが。

「神は、フィンスターニスの討伐を甚く御喜びです。あの悪魔の手先をいとも容易く返り討ちにしたのは、胸の空く思いでありました。よって褒美を取らせます」

 ベッドから転げ落ち、床の上に這いつくばった我々にシャイニングレイニーは優美に両手を広げて言った。シャイニングの正体は、あれだ。前にも見た光の玉が、レイニーの頭上で今日は一段とまぶしく輝いている。

「せんせー、質問いいですかー」

「はい、タモツさん」

「それって、本当にご褒美ですかー? もしかして天界の不手際で悪魔の手先とぶつかったから、その詫び石とか言いませんかー?」

 たもっちゃんが元気よく、その質問をぶつけた瞬間。光が炸裂したように、視界がさっと白く染まった。世に言う、言論統制である。

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