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199 小さな子供

※子供を売り買いする描写があります。ご注意ください。

 我々がテオの行方を探し出し、未明に再会した時のことはすでに二日前になる。

 それから夜が明けるかどうかの早朝に、人買いたちは先を急いで宿を出た。強引に同行を押し切った我々も人買い仕様の物騒な馬車に乗り込んで、そしてすぐに寝落ちした。

 奴隷にこそなってはいたが割と無事めなテオの様子に安心したか、それとも徹夜のツケと気の緩みがいっぺんにきたのか。

 木と鉄格子に囲まれた、暗い、床や壁にはなにかの染みがどす黒く残る荷台の中で知らない内にぐうすかと寝ていた。

 あれは自分でもどうかと思うが、乗り込む前にはレイニーが衛生観念の鬼らしさを発揮して洗浄魔法をこれでもかと掛けていたので問題はないのだ。

 そして昼くらいまで寝て、起きたら同じ荷台の中におびえ切った小さな子供がいつの間にか増えていた。

 気持ちは解る。

 こんな所で普通に寝られる訳の解らない大人や、反抗期をこじらせた謎のトロールと一緒にされてさぞや不安だったに違いない。

 その子供は人族で、三、四歳と言うところだろうか。垢じみて擦り切れたボロ布みたいな服を着て、あかぎれた足に靴はない。

 どっかからさらってきたのかなと思って聞いたら、人買いの女が「アタシは人さらいじゃないんだよ!」とぷりぷりと怒った。逆鱗に触れてしまったようだ。なんとなく似たようなものだと思っていたので、そこは素直に謝っておいた。

 我々が寝ていた午前中、馬車を少し休ませていたら親が売りにきたらしい。その身なりから察するに生活に困ってのことだろう、と人買いの女は淡泊に語った。彼女に取ってはよくある話なのかも知れない。

 たもっちゃんはその子のために、お昼ごはんはおかゆを作った。

 この日から、金ちゃんはその子を異様に愛した。いや、愛したと言うか手放さなくなった。理由は多分、あれじゃないかなと思うことはある。

 子供が人買いの馬車に加わって、最初の昼食を終えたあと。

 その子は懸命に練った水あめを自ら慎重に二つに分けて、その上で、心持ち多いほうを選んで金ちゃんにぷるぷると差し出した。

 これは正直、私がやらせた。

 手持ちの水あめが枯渇したことによりヴィエル村の子供らに冷たくあしらわれた金ちゃんの、荒ぶる反抗期を持て余していたのだ。

 水あめの献上を託された子供は、それを決死の覚悟でなしとげた。お皿にぷっちんしたゼリーのように、ぷるぷると絶えず体が震えていたのは極度の緊張のせいだろう。

 そこまで恐がらなくてもいいとは思うが、意外とできる男とは言え金ちゃんはいかんせんトロールだ。大人でも身構えてしまうらしいので、子供が恐がるのもムリはない。

 そんな金ちゃんは久々に、小さき者からの献上を満足そうに受け取った。それ以来、馬車の中では膝に載せ、移動時にはかかえ上げ、食事の時にはやはり膝の上に子供を載せてずっとすごした。

 移動時の私の定位置が奪われメガネとテオとレイニーからは変な同情をされるなどしたが、私としては定位置と言うほどそんな頻繁には運ばれてなかったと強く信じる。

 子供を手放さないトロールの様子に我々はどんだけうれしかったんだよと頭をよせ合いひそひそしたが、あれはもう、なんか。保護者のつもりでいるような気もする。


「おい、あれは大丈夫なのか?」

 夕食の途中、オムライスの皿を手にしたテオが頭を近付けささやいてきたが、たもっちゃんも私もどう答えるべきか解らない。

 彼が「あれ」とさして言うのは、やはり金ちゃんとその膝の子供だ。解る。なんとなくだが、あれはなんか困る気がする。

 金ちゃんはなんでトロールの群れからはぐれたんだよと不思議なくらい、集団行動ができる子だ。しかも強き者として、小さくか弱い弱き者に対しては鷹揚な心を持っていた。

 だからもしかしたらこれからずっと、あの子を庇護するつもりなのかと心配になるのだ。

 そして金ちゃんの反抗期を持て余し、水あめの献上をあの子に頼んだのはほかならぬ私だ。この状況を作ってしまった者として、責任の所在をひしひしと感じる。

 使い古したぞうきんよりも全体的にじとじと汚れた子供の姿は、今はもうだいぶんマシになっていた。

 その汚さにガンギレになったレイニーが魔法で入念に洗浄したことに始まって、新品の肌着やシャツをどうにかメガネがサイズを詰めてちくちく縫って、ちょっと女子! 男子の着替え覗くのやめてよね! と騒ぎながら子供に着せた。汚すぎて解らなかったが、それで男の子だったんだなと知った。

 それから私は子供の足のあかぎれに、切り傷などに効くと言う潰した赤い草をこれでもかと塗った。赤い色が一度付いたら二度と取れないこの草を、私は心で赤チン草と呼んでいる。あと、色が付いたのが肌の場合は一週間もすると取れるので、二度とはちょっと言いすぎた。

 赤チン草で真っ赤になった小さな足を適当な布で適当にぐるぐる巻いてると、テオが真剣な顔で子供向かって語り掛け、嫌なら嫌、恐いなら恐いと正直に言っていいんだぞと説いたが、子供はぷるぷるしながらも特になにも発言はせず金ちゃんの過保護の手から救い出すことには失敗していた。

 空回りする良心はともかく。こうして我々の取った行動により、めちゃくちゃ汚かった子供は割と普通の子供程度には綺麗になった。

 なってしまったと言うべきだろうか。

 伸び放題の子供の髪をレイニーが仕上げにヒモで一つにくくってやれば、水遊びではしゃぎすぎて服がびっちゃびちゃになり、とりあえず大人の服を着せられているヒマそうな夏休みの子供のように見えなくもない。

 そんな自分たちの行いを今になって振り返ってみると、これは余計なことだったのではないかと。そんな気がして、落ち着かないような気持ちになった。

 考えてみれば、この子は親から人買いに売られ、これからさらにどこかに売られて行く身の上だ。こんな中途半端に綺麗にしたら、どこかのろくでもない変態が買い手に付いてしまうかも知れない。心配だ。

 たき火のそばで金ちゃんの膝にちょこんと乗って、残り少ない幸せをおしむかのように。

 小さな子供は半分ほどに減ってしまったオムライスを一口一口大切そうに、スプーンでゆっくり口に運んで味わっている。

 心配だ。あー心配だ。色んな意味で。

 そんなことを思いながらに子供を見詰めて貧乏ゆすりをしていると、横から「ねぇ」と声が掛けられた。

「リコ。俺、何か凄い不安なんだけど。子供。子供ってさぁ。心配だなぁ、子供」

 声は、たもっちゃんだった。

 完全に私と同じ方向を見て、迷走を感じさせてまとまらないセリフをそわそわと吐く。私は、お前もかと深くうなずいて、「それな」と答えにならない返事を返した。


 ツヴィッシェンと他国を隔てる台地は、二日か三日で横断できると聞いていた。

 だが、ゴリゴリのウシがどんどんと引く人買いの馬車は、遊歩道めいて整備された木の道を一日と半日ほどで走破した。やはり、異世界のウシは俊敏でお強い。だが本来は、一日ほどで横断できる予定だったらしい。

 懸案の、丈夫だけが取り柄の馬車にがたごと揺られて尻が割れるほど痛い問題はノーガードで馬車に揺られることに対して限界を感じたメガネが勝手に設置した、去年の夏ぶりの登場であるハンモックにより解決を見た。

 ハンモックは馬車の揺れと相性がよすぎて、いつまででも寝られる。

 ほとんど平らな台地の上はちょうど雲が浮かぶ高度のようで、もこもことした濃い雲がなでるように地面に触れて削られながらに流れて行くのを見ることもあった。

 最初はそれがめずらしく、雲の中ってどうなってんのー! などと叫んで走って行って、勢いよく中に飛び込み視界をロストした瞬間に台地の岩場の深い割れ目に落下するなどのまぬけも生まれた。

 反省はしている。

 効率的に高速で単に移動するのではなく、なんかこう言う旅っぽい感じが久しぶりすぎてテンションがおかしくなってしまった。

 白状すると岩の間に落ちたまぬけは私だが、その件についてはまだちょっと傷付いているのでできればそっとしておいて欲しい。

 また、だだっ広くて隠れる所がまるでない台地はいい狩り場のようだった。

 ワイバーン、めっちゃ出た。

 御者台の人買いたちや馬車を引くウシがブモーブモーと騒ぐので、なにかと思ったら襲われていた。すっかりあったかくなったものねえ、とか言っている場合ではなかった。

 腰に装備したムチで人買いの女が応戦するのを手伝って、メガネや金ちゃんがヒャッハーと参戦すると勝負は割とあっさり付いた。金ちゃんからなぜか子供を預けられたテオだけが、釈然としない顔で出遅れていた。

 この後もワイバーンはちらほら出たが大事にはいたらず、むしろ喜々として暴れる金ちゃんの斧のサビなどになった。

 数々のアクシデントに見舞われながらも馬車は半日足らず遅れただけで台地を渡り、また現れた巨大な橋をくだって行くとそこはすでにツヴィッシェンの国外。

 砂漠へとつながる不毛の荒れ地だ。

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