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197 意外と

※人身売買についての描写があります。

 テオを救った偶然は、人買いの姿で現れた。

 一人は五十前後の人族の女で、もう一人、獣族の男を連れていた。

 彼女らは世慣れた人買いだった。

 彼女らはその時、ブルーメの国に入ろうと隣国側からムルデ砦を通ろうとしていた。

 彼女らは誰か腕の立つ、そして金で買える人間をちょうど探しているところでもあった。

 この三つの偶然がそろわなければ、テオは命を拾うことさえあやうかったのだと語る。


 二人はムルデ砦のある谷で、今にも一触即発の盗賊団とテオの間に割って入った。

 実際は、声を上げただけでこと足りたそうだが。

 彼らは砦のほうから谷の中を歩いて現れ、盗賊たちとにらみ合うテオに思わぬ取り引きを持ち掛けた。

「その腕を買おう。代わりに、盗賊がお仲間を追わないように取り計らってやろうじゃないか」

 言ったのは女のほうだった。心のすき間や貧しさに付け入り、人からなにかを奪うことに慣れている。

 どう考えても信用するには不向きな人間でしかない。それなのに。

 人買いからのその唐突な申し出を、テオは受け入れ、腕ごと自分をあっさり売った。


「なんかそれ、騙されてない?」

 思わず心配になった我々に、テオはやはり静かに答える。

「おれが命を懸けたとしても、時間稼ぎが精々だった。商団への追っ手が掛からないと言うなら、それだけでも価値がある」

「いや、でも約束守るかどうか解んないじゃん」

 だって言い出したのは人買いの女で、盗賊とはまた系統が違う。そんな人間から命じられたところで、盗賊たちが従う義理はなにもない。

「だが実際、商団は無事だったんだろう?」

「うん」

 我々はその答えと会っている。遭難気味の状態ではあったが。

 どうして彼らは無事だったのか。

 幸運よりも、不思議な感じがしてしまう。

 旅人を襲って金品や、もしかすると命まで奪うような盗賊たちだ。テオの身柄を捕らえたあとで、口約束を反故にすることだってできたのに。

 だが、それは私の勘違いだった。

 約束を反故にできないからくりがあったし、そもそも口約束ではなかったからだ。

「居合わせた人買いが、契約魔法の使い手だったんだ。金をかなりばらまいて、盗賊達に一人残らず誓約させた」

 そう言うテオの説明によると、契約魔法で取り交わされた約束は破ることができないらしい。

 罰則は契約によって変わってくるが、今回は命に関わる重たい設定にされたとのことだ。

 商団はほとんどの荷物をそのまま置いて、わずかな食料だけを手にして逃げた。命をかけて追うほどのうまみはすでになかったはずだ。

 こうして人買いはテオの意向を全て汲み、商団の安全を確かにかなえた。

 当然ながら、タダでそんな骨を折るほどお人好しな訳はない。人買いが求めた代価は腕利きの冒険者であるテオの身柄だ。

 形としては、盗賊にばらまいた金銭と履行された契約魔法で彼を買ったことになる。

 つまり、テオには一銭も入っていない。

 そんなのやだー、と我々は嘆いた。

「自分売って利益ゼロとかさー。やだー」

「しょっぱーい。やだー。しょっぱーい。どうせならさあ、もっと自分を大事に最大限に高く売ってよ」

「あの状況ではこれが最善の判断だったと……いや、待て。額か? 額の問題か?」

 やだやだうるさい我々にテオは戸惑うように反論したが、メガネと私はあんまり聞いていなかった。レイニーと金ちゃんはあくびをしながら、もはやこの場にいるだけだ。

「て言うかさあ、なんなの。奴隷なの? 奴隷でしょ? もーさー、なんなら私らテオ買い戻すからさ。さっさと一緒に帰ろうよ」

 盗賊や砦の兵士を岩盤詰めにするなどしたり、告発文をかさぐるまで刺したり、テオを探して飛び回っていたために今夜は全然寝れてない。すでに夜明け前ではあるが、できれば今すぐ帰って寝たい。

 だから細かいことは置いといて、もう行こうぜと。

 無意識に私は、これを当たり前に承諾されるものだと疑いもせず言った。

 だがテオは、一瞬わずかに息を飲み、それから目を伏せ視線をそらした。

「できない」

 なんでや。


 なんだこれ、とあきれたように。

 テオが一人で放り込まれた、安宿の一室。

 その部屋の古びてきしむ扉を開けて、我々を見ながら女が言った。

「一晩経って、売り物が減ってた事ならとんと昔になくはないがね。増えたのはさすがに初めてだ」

 知らない間に夜が明けて、出発を急ぐ人買いがテオを起こしにきたようだ。

 しかしテオが一人でいるはずの部屋には、我々がわちゃわちゃ入り込んでいた。確かに、意味が解らないだろう。

 人買いだと言う五十絡みの人族の女は、実際見るとなかなか特殊な感じがあった。

 テンガロンふうの革の帽子に長い髪を押し込んで、ざっくりしたシャツにフリンジの付いた革ベスト。太いベルトにはごつい飾りが付いていて、留め具に長いムチを丸く束ねて装備する。

 なんかもう、たたずまいがウエスタン。

 しかもあれ。ズボンの上にもう一枚ズボンをはいているかのような、丈夫な革で作られたズボンカバーを着けている。なんか解らないけど本格的だ。その裾から見えているつま先は、ウエスタンブーツの可能性が高い。

 人買いの女は手や首に、じゃらじゃらと装飾品をいくつも重たげに着けていた。それにより雰囲気がなんとも生ぐさい感じになっていて、似合うと言えば異様に似合う。

 その女にはもう一人、バイソンめいた獣族の男の連れがいた。バイソンっぽい獣族は前にも会ったことがあったが、やはり体が大きくて頭には一対のツノを持つ。

 彼女らはいきなり現れた我々にさすがにおどろいていたようだ。しかし、あわてたりはしない。なぜならその必要がないからだ。

 気まずげに顔をうつむけたテオとそれを囲む我々に、大体の状況を察したらしい。

 人買いの女はやれやれと、肩をすくめて気の毒そうな表情を作った。

「ソイツを取り戻しにきたなら、残念だったね。首輪がどうにかなったとしても、ソイツはアタシと契約魔法を交わしているよ。契約の条件が満ちるまで、アタシとは離れられない運命なのさ」

「あ、聞いてます」

 どんなに説得しようとしてもテオが全然乗ってこないので、よくよくじっくり問い詰めてみたら人買いと一緒に行かないと死んじゃう感じで契約してた。

 だから怪しい契約書にはうっかりサインするなといつもあれほど。

 我々はそのことに、普通に困った。

「だから、一緒に行こうかと思って」

「は……?」

 たもっちゃんが親指を立ててビシリと言うと、そこで初めて人買いの女が訳が解らないと言う顔をした。

 それからなぜか助けを求めるかのように、眉をゆがめてこちらを見たのでレイニーと私も抜かりなくビシリと親指を立てておく。

 学んだのだ。我々は。

 テオは意外と一人にできないと。


 こっちは遊びじゃねえんだと人買いの女は我々の同行をしぶったが、やだやだ行く行くとやかましく食い下がったら最終的には相手が折れた。

 我々の、仲間を思う止めどない熱意が伝わったのだろう。本当によかった。大事な売り物であるらしいテオに、物理でずるずるしがみ付いたのが功を奏したような気もする。

 人買いは馬車を持っていた。

 馬車と言っても引いているのは馬ではなくて、やたらとむきむきしたウシ的ななにかだ。

 二頭立てのその手綱をにぎるのはバイソンめいた獣族の男で、なんとなく、そこそこシュールな雰囲気がある。

 人買いの馬車は荷台の部分が箱型で、木と鉄格子でできていた。中に詰め込まれた我々の運搬感が非常に強い。

 出荷されるのはテオだけなのに、暗い荷台で一緒になって揺られていると家畜の悲しみがそこはかとなく胸にくる。あと座ったお尻が普通につらい。この感じ、久しぶり。

 荷台の窓にはやはり鉄格子があって、その向こうにはハイスピードの風景が次々流れて消えて行く。この国を、ツヴィッシェンと言うらしい。我々のいたブルーメの国から荒野を抜けて、ムルデ砦を通った先の隣国だ。

 ツヴィッシェンはせまい国のようだった。

 高くそびえる岩盤の壁に国土をほぼほぼ囲まれて、国の中ではどこででも風景の端に台地が見えるほどなのだそうだ。

 人買いは先を急いだ様子で、巨大な岩盤に囲われた盆地の国をどかどかと進む。

 目指しているのは台地の向こう、さらに隣の砂漠の都市とのことだった。

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