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196 こうなるまで

 商団とその護衛たちがテオの姿を最後に見たのは、大体三日ほど前のことらしい。

 それから必死で、荒野をひたすら歩いて戻った。

 荒野の中に人里はない。唯一あるのは最近できたダンジョンの周りに、人が集まり生まれようとしている街だけだ。

 ムルデ砦からそこまでは、人の足で七日か八日。

 どうにか持ち出したわずかな食料を分け合いながら、進む速度は順調とは言いがたいものだったらしい。ほとんど遭難状態の、彼らと我々が出会った地点は砦から見て荒野の真ん中にも及ばない辺りだ。

 テオを犠牲に生きのびたみたいな空気を出してはいたが、彼らは彼らで結構やばい状況だった。

 それでも商団と護衛はどうにか無事で、すでに甘味ダンジョンの冒険者ギルドまで送り届けた。商人ギルドとも連携し、あとのことはがんばってくれよなと丸投げである。

 だからまあ、そちらは大丈夫ではあるのだと。

 たもっちゃんは眉をぐねぐねゆがめたしかめっつらで、その辺のことを伝えたあとで腕組みしながらしみじみと言った。

「俺はさぁ、何となくだけど。ムルデ砦の辺りに行けば、普通に合流できると思ってたんだよね」

 だって、テオだし。

 なんとなく大丈夫な気がしてて、だからこその油断もあった。

 いつも常識的な観点で、我々の非常識な言動に苦言をていする男がそんな。ちょっと一人にしたすきに、まさか向こう見ずな冒険者のように死に掛けるとか思わなかった。

 こんなことなら、もっと早く、むしろ小まめにガン見して、テオの様子を見ておけばよかったね。

 みたいな感じでくどくどと、責めているのか反省なのか。どちらともつかない微妙さでメガネが言うのを黙って聞いて、男は。彼は。

「それは……。……すまん」

 声をしぼり出すように、極めてしぶしぶ謝った。

 その男の名前をテオと言う。

 わが家の常識担当である。

 彼が、我々から、説教されるなど。そんな日がくるとは予想もしてなかったのだろう。

 言葉のすき間やさり気なくそむけた横顔に釈然としないものをにじませて、テオは心底苦々しげな表情をしていた。

 我々がテオのところに駆け付けたのは、逃げのびてきた商団と荒野で出会った翌日未明。割と時間が経ってからのことだ。

 遭難状態の商団をギルドまで送り届けたり、ムルデ砦の前後をふさぐようにして台地の谷の両端に切り出してきた岩盤を詰めて不正と腐敗にまみれた兵士を閉じ込めてみたり、盗賊団のアジトである洞窟の一つしかない入り口にやはり切り出してきた岩盤を置いて盗賊を閉じ込めたりするので忙しかった。洞窟については、ちゃんと空気穴は確保した。

 たもっちゃんのガン見によると、やはり砦近くの盗賊団と砦の兵士は手を組んでいたらしい。

 これまで決して人の往来が多くはなかったさびれた砦は、最近になって商人たちの通行が増えた。

 ダンジョンの産出品を馬車にぎゅうぎゅう満載し、のこのこやってくる商人たちが彼らにはいい獲物にでも見えたのかも知れない。

 幸いなことにと言うべきか、盗賊団と共謀し旅人から金品を奪っていたのは砦の兵士の独断だった。ガン見したメガネがそう言ってたから、多分間違いないだろう。

 ムルデ砦を管理する代官や領主はそこそこちゃんとしているそうなので、この辺のことを全部まとめて書面に起こしてちくっておいた。

 大変だった。

 兵士や盗賊を岩盤詰めにする時よりも、ここに一番神経を使った。

 告発文はどうしても、ありきたりな矢文とかじゃなく鋭い柄を柱などに刺せるタイプのかざぐるまで届けたい。とか言って、うちのメガネが提案し私が同調したからだ。

 告発前に丈夫なかざぐるまを作るところから始め、やたらと時間を掛けてしまった。

 最終的にはバーベキューの金串に紙の羽根車をくっ付けたみたいな殺傷力の高そうなかざぐるまが完成し、せっかくだからすぐに気付けと代官屋敷の寝室で寝てる代官の頭の近くに匿名の告発文とぶっ刺してきた。

 代官が朝になって目覚めたら、きっと血の気が引くほどおどろいてくれるに違いない。リアクションが見られないのが残念だ。

 まあつまりほとんど遊んでいたのだが、どうしてもかざぐるまは刺してみたかった。反省は、ちょっとだけしてる。

 たもっちゃんのガン見によってテオが元気なのは解っていたが、あと回しにしすぎたかなって思ってはいるの。

 夜明け前、薄暗くせまい一室で。

 たもっちゃんのスキルによって探し出したテオは、奇妙なことに隣の国の宿にいた。

 見たところ、ケガはない。

 何十人もの盗賊団と渡り合ったとの話だが、最初からケガはしなかったのか、ポーションや万能薬で治癒したのだろうか。

 しかし、それはもうどうでもよかった。無事をよろこぶべきところだが、なんかもう、それどころではなかった。

 宿屋の部屋にもランプはあった。だが今は、レイニーが魔法で照らしているだけだ。そして扉や窓から明かりをもらさないために、その光はごく弱い。

 室内にあるのは質素なベッドとランプの載った小さなサイドテーブルだけで、ベッドにはテオが背中を丸めて腰掛ける。我々はその前に立ち、彼を見下ろしている格好だ。

 違和感には、すぐに気付いた。

 部屋のどこにも荷物はなくて、テオがいつも腰から下げた愛用の剣も見られない。

 服や靴以外で言うと、今の彼に与えられているのは首でほのかな光を放つ魔法術式の刻まれた奴隷の首輪だけだった。

 もう一度言う。

 テオの首で光っているのは、奴隷の首輪だ。

 当然ながら、奴隷の首輪は奴隷に着けるためにある。

 解るか。

 この事実を目の当たりにした、我々の気持ちが。

「テオはさぁ、ほんと。なんか。しっかり者だと思ってたんだよね、俺」

「わかる。私も、なんとなく大丈夫だと思っちゃってたわ。それがまさか、いきなり奴隷落ちとかさあ」

 ないわあ、と。

 たもっちゃんと私はじっくりとディスった。

 多分そんな場合ではないのだが、我々は今、ゴミ出しついでに立ち話に興じるご近所同士のベテラン主婦みたいになっている。これはもう止まらない。

 いつもテオから常識的に怒られているほうなので、色々言っていいってなると若干楽しくなってしまった。自重などはない。

「て言うかさあ、なんで奴隷になってんの? 借金のカタにでも売られちゃったの?」

「違う」

 一番気になるところを聞くと、テオは短く否定した。

「それが、条件だったんだ」

 そしてゆっくり静かな声で、こうなるまでの顛末を語った。


 ムルデ砦の谷を抜け、商人や護衛たちを逃がしたあとで。

 テオは一人、何十人もの敵と向かい合っていた。

 誰も通すつもりはないが、同時に心のどこかであきらめてもいた。どんなに腕のいい冒険者でも、これほどの多勢に無勢では分が悪い。

 だから一番に優先すべきは少しでも敵の数を減らして、少しでも時間を稼ぐこと。自分の命は二の次だ。

 それでもあまりに早く倒されてしまえば、盗賊たちは商団を追い掛けて行くだろう。

 だからこそ。命を投げ出し、できるだけ長く。戦い続ける必要があった。

 その覚悟は、冒険者としての意地でもあった。そして護衛依頼を受けた以上は、なしとげなくてはならない仕事だ。

 テオの口からそこまで聞いて、たもっちゃんと私はハモった。

「戦国武将かなんかなの?」

 それは、本当に冒険者の仕事なのだろうか。

 むしろこう、なんか。主君を守る侍的な覚悟なのではないか。

 冒険者のシビアな生き様に、我々は真顔でおののいた。冒険者ってもっとこう、なんとなく気楽なもんだと思ってた。

 一日いくらで雇われただけでそこまでやんなきゃダメなのかよとどことなく暗澹とした気持ちでいたが、確かに商団が逃げ切れたのはテオが命がけの覚悟を決めて時間を稼いだからだろう。彼らは決して、足が速いと言う訳ではなかった。

 護衛対象を守るのが仕事なのは解る。あの状況では命をかけるしかなかったと言うなら、そうなのかも知れないとも思う。

 ただ我々の気持ち的にはじゃあそれでよかったよねとはなんないし、話の続きをよく聞けばテオがこうして無事だったのは偶然が重なった結果でしかなかった。

 結論として我々は、このしっかり者みたいな顔をした男を意外と一人にしてはいけないんだなと強い危機感を持つことになった。

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