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195 セーフを叫ぶ

※残酷と思われる描写があります。

 話を聞いて、たもっちゃんはあわてて顔を夜の荒野のどこかに向けた。

 そのまましばらくじっとガン見して、ばっとこちらを振り返ると同時に構えた両手を水平に左右いっぱいに勢いよく開いた。セーフを叫ぶ心の声が聞こえる。

 彼らはテオを犠牲と言ったが、一応無事ではいるようだ。よかった。我々がエルフの里でとんこつラーメンにウホウホしたり、王都で高級焼き菓子に心奪われている間にテオにうっかりなにかがあったらさすがに謝りようもない。危ないところだった。助かった。

 犯した罪を明かすかのように、硬く沈んだ表情で、声で、語られた話によるとテオと最後に別れた場所はムルデ砦の谷とのことだ。

 そのムルデ砦周辺に、盗賊が出ると言う話は最初からあった。

 そのために商団は護衛をしっかり頼んだし、Aランク冒険者であるテオもまた護衛たちのまとめ役として参加することになったのだ。

 人が増えると仲間内でのトラブルも増えるが、しかし集まるのが冒険者の場合は輪を掛けてその傾向がひどくなる。

 冒険者は画一的な訓練を受けた兵士とは違う。自由と言うか、腕に覚えがあるだけの烏合の衆でしかない。ひどいとたまに、腕に覚えすらない冒険者もいる。私とか。

 その面倒な冒険者を黙らせるのは、なによりランクによる実力差だそうだ。

 護衛として雇われたソロの冒険者やパーティをまとめる役目を期待して、テオが勧誘されたのはそれを思うと順当な話ではあった。あいつは人間関係で苦労する星の下にでも生まれ付いているのかも知れない。

 ムルデ砦と言う場所は、特殊な地形でできている。

 平坦な荒野の端に、突如一面の壁が立ちはだかるかのように。右にも左にも見果てぬほどに高い台地が延々と続く。

 普通ならその向こうに行くために台地を大きく迂回して回り込むしか手はないが、その台地にはちょうど真ん中に切れ目があった。

 台地は切れ目に向かってすぼまるようになっていて、砦はさらにその奥に、台地と台地の間の谷間をぴったりと堅牢にふさぐ形で作られていた。

 こちらとあちらですでに国が違うので、要塞の意味もあるらしい。

 巨大な台地はそばに立って見上げればもはやそびえ立つ壁でしかない。その中央に細く走った亀裂のような谷間は、かなりせまいようにも見えるがそれでも馬車がすれ違える程度の幅はある。

 彼らが盗賊団に襲われたのは、まさにその場所でのことだった。

「わたしたちが谷に入ると、背後から盗賊が現れてね……。テオさんは護衛たちをしんがりに集め、わたしたちに砦まで走れと」

 その時のことを思い出し、土や泥で汚れた姿の男性は「くっ」と顔をゆがめてうつむいた。しかし、その手の中ではほこほこと、おかゆのうつわから湯気が立つ。いや、お腹すいてるって言うから。

 あまりに飢えた状態の人にいきなり重い食事はいけないらしく、料理に関しては気の利くメガネがちゃかちゃか作って全員に配った。

 異世界の米は恐怖の実と呼ばれて、家畜のエサの扱いだそうだ。しかし、ここでそのことに文句を言う人はいなかった。

 それは彼らが空腹のせいかも知れないし、ていねいに精米した真っ白なお米が恐怖の実だとは思わなかったからかも知れない。

 とにかく彼らはほこほこと熱いうつわを受け取って、ゆっくりとおかゆを味わって食べた。少し涙ぐむ者の姿もあった。

 わかる。

 おかゆってなんか、弱った心と体にしみるよね。

 ほこほこしたうつわがあちらこちらで湯気を立て、なんとなく悲壮感が削がれた気がする。しかし、まあなんか、仕方ない。仕方ないと言うか、それは別にいい。

 我々は、メガネのガン見でテオが無事だと知っている。悲しげに、痛ましく。顛末を語る遭難者に対し、こちらはまあまあ余裕を持って聞いていた。

 彼らは旅慣れた商人だ。

 いつもはどこかで仕入れた商品を、別の場所に流通させて利を稼ぐ。各地を回り、行商のようなことをする者もいた。

 そんな彼らの話によると、砦には兵士が常時何人も詰めているものなのだそうだ。ムルデ砦の場合だと、その任務に当たるのは隣国の兵士だ。

 兵士の仕事は砦を守ることであり、厳密に言うと治安維持や旅人の保護はその明確な職務ではなかった。

 だが、普通なら見逃すことはない。

 この世界の大体の国で兵士は警官の役目も果たすので、盗賊を見付けたらさくさく狩るし殺され掛けた旅人を見捨てたりはしない。それこそ交戦中でもない限り。

 だからテオも背後を守り、彼らを砦まで急がせた。砦に入れば、盗賊にも手の出しようがない。商団が無事に砦に保護されるまで、盗賊を牽制すればいい。

 そのはずだった。

 しかし、それは間違いだった。

 商団が谷の奥の砦に着いても、門は開かなかったのだ。

「なんで?」

 私は思わず普通に聞いた。

 背後には盗賊。場所は深い谷底の道。

「入れてくんないと困るじゃん」

「確かな事は解りませんが……」

 商人たちは弱々しげに視線を交わし、言葉をにごす。それを一人の男が衝動的に、横からさらうように声を荒げた。

「結託していたに決まってる! 盗賊に追われた民を見殺しにしたんだぞ! 砦の奴らが盗賊と手を組んでいたんだ!」

 その男は商人ではないようで、皮の鎧に長い剣を身に着けていた。ただし上半身を守る鎧は切り裂かれ、血の跡があった。すでに治療はされているようだが、流れた血はこの数日のものだろう。

「つまり、なんか知らんけど砦の門が開かなくて、盗賊にはさみ討ちされたと」

「この場合は袋小路なんじゃないかなぁ」

 私のまとめは正確性に欠けると、たもっちゃんが補足する。なるほど。

「でも、それでよく逃げられましたね」

「テオさんのお陰で……あの人は、身を挺して道を開いてくれたんだ」

 よく見ると、戦うための装備を身に着け流した血の跡を残しているのは一人ではなかった。少し見回しただけでも四、五人はいて、どうやらそれが商団に雇われた護衛たちのようだ。

 逃げのびてきた冒険者たちの口からも、ぽつりぽつりとその時のことが語られる。

 砦の門が開かないと知って、商団メンバーだけでなく護衛たちにも動揺が走った。

 背後には盗賊が四十か五十。それぞれ使い込んだ武器を持ち、にやにやと一本道の退路をふさぐ。

 対して、商団の数は三十前後。しかもほとんどは非戦闘員であり、子供さえも含まれる。

 これはもう、どうしようもない。

 絶望めいた雰囲気が、一瞬でその場にあふれかえった。空気が重くねばついて、呼吸が荒く浅くなる。手足が思うように動かない。

 びりびりと。

 真っ白になった彼らの頭をガツンと殴り付けるかのように。

 叫んだのはテオだ。

「走れ、と」

「商団を守って盗賊の間を突っ切れと言って、テオさんは……」

 一人で、盗賊団の中央部分に切り込んだ。

 馬車は捨てた。荷物も、馬も。盗賊の狙いが馬車の積み荷なのは明らかで、砦のほうへ進めていた馬車を逆方向へ向けるには事態が切迫しすぎていたのだ。

 考える時間はなかった。

 それでも商人たちは素早く聡く、積み荷よりも命を選んだ。

 テオが魔力を練り上げ剣を振るうと、辺りに弾けるような電撃が走った。

「それを見て、震えたよ。テオさんは勝算があって切り込んだんだ」

「盗賊団を吹っ飛ばして蹴散らして、テオさんが開いた道を必死で抜けた」

 そして、けれどもそこまでだった。

 盗賊全ての動きを封じられた訳ではなかった。商人やその家族を守り、冒険者たちは傷を負う。動けないどころか、命に関わるような傷までも。

 どうにか仲間同士でかばい合い、砦の谷を駆け抜けて開けた荒野にたどり着く。

 そこで、テオは背を向けた。

「行け、と。そう言ったんだ。テオさんは」

 時間を稼ぐ、商人を守ってきた道を戻れ。

 テオは静かにそう言って、自分の荷物から薬の包みを投げてよこした。

 使ってみれば、薬は重症を負った冒険者たちをほとんど完全に回復させた。がくぜんとした。自分もどうなるか解らない状況で、そんな薬を譲ったのかと。

「盗賊たちは、まだ谷の中にうようよといた」

「それを、一人で……そんな場所に一人で残してきたんだ、俺達は……!」

 後悔と、自責の念と。少し、――ほんの少しだけ。ほっとしてしまった自分たちの情けなさを、吐き出すように彼らは語った。

 まあ、解る。完全に死んだ感じで話しているが、それはなんか、絶望的な感じする。

 でもテオは生きてるし、薬もやたらと持たせてあった。譲っても全然残っているはずだ。

 多分だが、元気なんだよね。あいつ。

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