表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
194/800

194 遭難者

※少々不穏な話になります。ご注意ください。

 荒野は広い。

 見渡す限りに続くほど広い。

 雨季には一面のぬかるみになるが、それ以外の季節は地表が乾いてひび割れてばきばきの平坦な大地が無限に続く。

 まあ実際は当然有限で、ローバスト側からダンジョンを経由し、砦のある所まで横断するルートだと人の足でもおよそ七日や八日で抜けられるそうだ。

 ただし、ダンジョンの街をすぎると人里はない。荒野の向こうの砦まで、ひたすら荒地を進むしかなかった。

 この場所を、わずかな食料を持たされただけで徒歩で行けと言われたら、多分私は早めに絶望すると思う。

 我々はぐるぐるしたグードルンに迫られて、多分だけど三十階層くらいから白い砂糖出るんじゃねえかなと言い置いて逃げた。あれに付き合ってたら夜が明ける気がした。

 そのために日の暮れた荒野上空を飛んで移動することになったが、結果としては、そのお陰で気付くことができたのだ。

 明けたばかりの六ノ月、まだ低い月に照らされて夜の空を船で飛ぶ。

 そのボロ船の船首に近い辺りから、たもっちゃんは神妙な顔で振り返って言った。

「リコ、どうしよう。遭難者を発見してしまった」

「いや、たもっちゃん。どうしようじゃなくてさ。さすがに助けたほうがよくない?」

 困ってるだろ、確実にそれ。

 たもっちゃんが遭難者の存在に気付くことができたのは、月明りだけの荒野の中にポツリとポツリと小さなたき火が見えていたからだ。

 それは我々が乗る空飛ぶ船の進行方向とはいくらかずれた前方で、かなり遠くのことだった。小さいながらも三つ四つのたき火が燃えていなければ、それかこれが昼間なら、見逃していた可能性が高い。

 メガネも最初はたき火とも気付かず、あれなんだろう、と不思議に思ってガン見してみたら遭難者と出たとのことだ。

 遭難者の数は三十前後。それはかなり近付いて、やっと解った数である。

 彼らは疲れ切っているのか、ほとんど動こうとしなかった。そして全身は砂や泥にまみれて、きなこもちのようだ。

 それが荒野の地面によくなじみ、遠目に見るとひび割れた地表に同化してステルス機能を発揮する。近くへ行ってよく見ると意外にいっぱいいておどろいた。

 三つ四つのたき火の周りをそれぞれ囲み、身をよせ合う中にはちらほら女性や子供の姿もあった。もしかすると何組か、家族が含まれているのかも知れない。

 きなこをまぶしたような彼らの中には、血の跡が見て取れる者もある。しかしケガ人と言う感じでもないので、そもそも自分の血でないか、すでに治療したあとだろう。

 彼らはひどく汚れていたが、服装は決して粗末ではなかった。贅沢とまでは言えないが、流民や奴隷のそれとは違う。村の農夫や町の労働者よりも、いくぶんかよさそうな服であるくらいだ。

 彼らの表情は暗かった。陰鬱に、まるで希望を失ったかのように。そして、誰もが手ぶらの状態だった。

 周囲には馬車も馬もない。これでは食料や水さえろくにあるか解らない。

 こんな、なんの装備もない状態で広い荒野を渡り切るのは完全に無謀だ。やはり、たもっちゃんの言う通り、彼らはなんらかの災難に見舞われて遭難しているに違いない。

 そんな彼らを前にして、我々は、困り果てていた。

 船に隠匿魔法を掛け直し、おどろかせないようにそっと荒野に下りたのはいい。我々のなけなしの気遣いである。

 ただ、あまりに静かに忍びよったために、遭難者たちは全然こっちに気が付いてくれない。

 困った。我々はなかなかのコミュ障なのだ。憔悴が見て取れるかなり重い空気の集団に、どう声を掛ければいいか解らない。

 勢いで押すにはタイミングを逃した。見れば見るほど話し掛けるきっかけを失い、我々は悩んだ。

 どうしよう。誰が声掛ける? 俺はムリだぞ。私だってやだよ。これはあっちから気が付いてもらうように仕向けるのはどうか。いいかも知れない。ここはあれだ。疲れていてもシカトしかねるレベルの奇行を思い切って見せよう。

 そんな会話を目と目で交わし、たもっちゃんと私は少し屈み気味になり、低い位置でぱちぱち手を鳴らしながらにステージ中央、マイク前に駆け込んだ。

「どうもー! スケさんです!」

「カクさんです!」

「二人合わせて!」

「チーム直参です!」

 舞台は荒野。当然ステージもマイクも存在しない。なんかそんな若手芸人みたいな感じで、遭難者の集団の前におどり出ただけだ。

「ショートコント! 刑務所! ねぇ、奥さん。お聞きになりまして? お宅のお隣の旦那さん、お勤めからお戻りなんですって」

「へえ~」

 たき火のはぜる小さな音がぱちぱちとハッキリここまで聞こえるほどに、空気は凍り付いていた。

 失敗である。なぜこのネタを選んでしまったのか。と言うかなんで漫才なのか。漫才なのにショートコントってなんだ。

 そんな反省がいっぺんに、手遅れになってから押しよせてきた。その私の隣では、相方であるネタを書いたほうのメガネがはっと息を飲んで呟いた。

「そうか……! やっぱり、刑務所の塀と合槌のへぇがダブルミーニングとして通用する言語圏でないとこのネタは……」

 文化の違いを失念していたとでも言うように、たもっちゃんはミステイクをくやんだ。

 しかし今披露したこのネタは日本の文化祭でも一切ウケず、担任と学年主任の先生と生徒会の介入を受けた時のあのネタだ。

 だからメガネ、多分そうじゃない。

 やばいぞ。ものすごく引いた感じで見られているのでシカトこそされてはないが、関わり合いになりたくもないと遭難者たちの心の声が聞こえるようだ。

 どうすんだこれと互いにみにくく責任をなすり付け合うメガネと私を、たしなめたのはご老公だった。

「リコさん、タモツさん。もう良いでしょう」

 違った。ご老公じゃなかった。そもそも我々のパーティにご老公はいない。

 この、完全に水戸辺りの老紳士を意識したとしか思えないセリフを言ったのは、筋肉担当の金ちゃんを従えたレイニーだ。

 我々の醜態をゴミのように見下ろす天使に、たもっちゃんと私はうなる。

「惜しい」

「そこはスケさんカクさんで行って欲しかった」

 それと、こんなことならどっかで印籠を作っておいてもらえばよかった。なんかこう、すかさずご老公の両脇を固めてどやどやと印籠を出したい。今ならそれができる気がする。

 どうでもいいことでくやしがり始めた我々を、レイニーはやはりゴミを見るような目で見ていた。そして、自分の近く、少し後ろを片手で示した。

「こちらが、話されたい様ですよ」

 そう言って、レイニーが示した先には男性がいた。遭難者の中でも年かさの、身長は少し低めだががっちりとした体付きの男だ。

 その人は勇気を出して、と言うより後ろに隠れた女性や子供に押し出される形で、おっかなびっくり我々に向かって進み出る。

 そして、振りしぼるようにして。

「あ、あんたたち……いや。あなたがたは、テオさんのお仲間じゃないのかね」

 そんなことを言ったのだ。


 彼らが突然始まったコントによって我々の接近に気が付いて、まずレイニーに声を掛けたのはそばに金ちゃんがいたからだ。

 決して、スケさんカクさんと名乗るチーム直参に声を掛けるのが嫌だったからではないと、私は信じる。

 遭難者たちを代表し、我々と話す男性によると彼らは何組かの商人で集まり作った商団だそうだ。それはすでに瓦解しているが、テオと出会った頃にはまだそうだった。

 彼らはシュラム荒野に新しくできたダンジョンの街で、産出品を買い付けて隣国へ運ぼうと考えた。シュラム荒野は国境に面した立地だし、隣国はムルデ砦を通ればすぐだ。

 できたばかりでまだめずらしいダンジョンの品は、隣国でならきっともっと割高で売れる。そう考える商人はちらほらといて、そんな者たちで集まって組んだ。

「あぁ。それじゃ、テオが受けた護衛って、あなた達が依頼主だったんですね」

 たもっちゃんが話の途中で気付いて言うと、男性が重たくうなずいた。

 高ランク冒険者の義に駆られ、護衛依頼を引き受けたテオは我々とローバストで別れた。その後この商団と合流し、国境を目指して荒野を渡ることになったのだろう。

「テオさんは子供を可愛がってくれてね。旅の間に退屈した子供らに、トロールを連れた変わった仲間がいるなんて話を聞かせてくれていたんだよ」

 だから彼らは金ちゃんを見て、もしかしたらと思ったのだそうだ。そして覚悟した。

 テオは自分たちを逃がすため、犠牲になったと伝えなくてはならないのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ