192 アレとは
毛布にくるまり横になっても「ねえ、ひどくない?」と思い出したようにうるさいフーゴを放置して、我々は門前で一夜をすごすと翌朝開門を待って街に入った。
冒険者ギルドで護衛依頼の終了を報告し、ついでに二人をベーア族の村へ連れて行くためだ。ローバストにおける技術革新の波は今、あのクマの村から起こっているのだ。あんまり詳しくないので多分だが。
ギルドでは一ヶ月掛かるはずの旅の護衛が一日で終わるのはどう言うことだと一夜ぶり二回目のざわつきが起きたが、依頼者であるフーゴが依頼は間違いなく達成されたとめちゃくちゃ苦い顔で認めたことで一応受理はしてくれた。助かる。
そして、再び船で一気に飛んでほどなく村に到着すると、我々は小さめの獣族たちに取り囲まれた。
「おばちゃん! みずあめは?」
「あっ」
獣族の子供らは水あめの補充がまだだと知ると、撤収! とばかりに素早く散った。これにより、ちょっと収まり掛けていた金ちゃんの反抗期がまた吹き荒れることになる。
フーゴと料理人の二人は共に、ジョナスの宿に長期逗留することにしたようだ。
ベーア族のための宿屋は家具からなにから人族には少々大きいが、たもっちゃんがレシピを登録してある料理は大体ジョナスも知っている。客室から一階に下りればすぐ厨房で、料理人には悪くない環境のはずだ。
騎士や獣族の労働者、その家族などが入り混じる食堂でお昼にヤジスフライを食べながら、フーゴは真剣な顔で私たちにひそひそと言った。
「ねえ、君達、うちの商会専属で運び屋とかする気ない?」
ヤジスは虫だけど大丈夫かと心配したが、遊び人の好奇心はそんなことではくじけなかった。普通に食べて、話を続ける。
出し抜かれたのはおもしろくないが、あの空飛ぶ船で商品を運搬できるならかなりの利益を生み出せる。そんなことを力説する彼に、坂道から突き飛ばされてもただでは起き上がらない商人のたくましさを感じた。
「まあ、やんないけども。運び屋は」
「報酬は弾むよ?」
「たまにならやれなくはないけど、専属って言われちゃうとなあ」
フーゴと私とレイニーの並びで座ったカウンターの向こうには、ジョナスが管理する厨房があった。たもっちゃんはそこに立ち、フライを揚げながら我々と話す。
その同じ厨房の奥にはさっそくクマの指導を受けて、フライによく合うタルタルソースを作るためのマヨネーズを作るペーガー家の料理人がいた。
ジョナスは新しい労働力を得たことで、これ幸いと作り置きを増やそうとしている気がする。タルタルソースはなんにでも合うので、すぐになくなってしまうのだ。
私もヤジスフライにタルタルソースをたっぷり載せて、すっかり反抗期をぶり返した金ちゃんにせっせと差し出す作業に忙しい。
反抗期のトロールは床にも座らず仁王立ちした状態で、我々を厳しい目付きで見下ろした。ただし、口にフライを押し込むとおとなしく食べる。
「て言うかあれじゃん。早く運びたいなら転移魔法陣あるじゃん」
フライにタルタルソースを載せながら、適当に言うとフーゴがすぐに首を振る。
「あれはお役人が管理しているからね。一商人が好きに使えると言うものでもないよ」
それに、魔法陣が設置されているのはなんらかの産業か資源を持つ土地だけだ。フォローされてない地方のほうが圧倒的に多い。
そのため商人と言うものは、時世を読んで需要を先取りした仕入れを行う必要がある。
経営手腕や駆け引きに加えて、先見の明を含めて商才と呼ぶのだ。
しかしあのデタラメな船の速度で物資を運べば、そんなの関係なくマジで一財産いけるぞと。
食い下がるフーゴの肩を誰かが叩く。
「王都の商人がきたと聞いたが、君がそうかな。少しあちらで話をしようか」
事務長だった。
食堂のカウンター席から連れ去られたフーゴは、しばらくすると一人で戻った。しかしその時にはすでに、ついさっきまで持っていた野心をすっかりそぎ落とされていた。
そして、「君達には自由がすごく似合うと思う」と、やばい時の我々のようなぎこちなさで手の平をカタカタと返した。
私は思った。
頼もしいと。
絶対事務長がなんかした。
あの人は我々をうまい具合に泳がせて、税収を増やすことに生きがいを感じている可能性が高い。恐らくその利権を守るため、ろくでもないことをささやいてフーゴを牽制してくれたに違いない。
しかしあとからぶつぶつと、「甘かった……貴族の庇護はあるだろうと思ってたけど、まさか国の紐付きだとは」などとフーゴが呟いていたので事務長の趣味だけで助けてくれたのではなかったかも知れない。
まあ、とにかく助かった。
事務長が颯爽と登場したかと思えばすぐに去り、あとには自重を覚えたフーゴが残った。
これで次へ行けるかな。と、思ったのは一瞬だ。
ムリだった。
昼食を終えて割とすぐ、メガネが工房の職人たちに捕まったからだ。
「お、いたいた」
「よォ、タモツ。アレどうすんだ? アレ」
「アレ結構あるからよ、工房に置いとくのも邪魔なんだ」
「アレすんだったら手伝うけどよ、アレ全部家に付けるのか?」
ズボンやシャツに木くずを付けて、厚手のエプロンをした職人たちがぞろぞろと厨房の前に詰め掛ける。
その獣族人族ごちゃまぜに小汚いおっさんの後ろでは、獣族の子供が「な? いるだろ?」となぜかドヤ顔で胸を張り大人たちからよく見付けたとほめられていた。
アレアレアレアレ連呼する彼らは、メガネに用があるらしい。しかも、たもっちゃんにはアレで通じるようだった。
「あ、あれできてんの?」
ちょうど厨房の片付けも終わったところだったので、たもっちゃんは厨房を飛び出し職人たちとどこかに消えた。
なんだあれはと見送って、二時間ほどして理由が解った。
私はその時、焼きそば用に備蓄したいと太めのラーメンを発注し、びたんびたんと打ち上がるのを食堂で見学しながら待っていた。
そこへメガネが再びやってきて、食堂で働くうちの下宿人を集めた。彼らへの説明を横から聞けば、窓をガラスに換えるので各部屋の住人に立ち会って欲しいとのことだ。
それでやっと、なにをしているのか解った。
アレとは以前メガネが預けておいた板のガラスを、工房の職人が窓用の木枠にはめ込んだものだったのだ。
あとは家に取り付けるだけだが、村へはちょくちょく戻ってくる割にメガネが一向に引き取りにこない。それで、どうなってんだと職人たちが押し掛けてきたと言うことらしい。
急かす職人と消えてからメガネが戻ってくるまでに、一階の台所やリビング、リディアばあちゃんたちの部屋にはすでに窓を取り付けて鎧戸もそれ用に取り換えたそうだ。
しかし、たもっちゃんがゴリ押しで建てた村の家には、あわや魔王のエレ、ルム、レミに、ラーメン留学のエルフたち。もはや自宅感覚の事務長までが下宿人として寝泊まりしている状態だ。
勝手に部屋に入るのも悪いと、食堂で働くエレやレミ、ラーメン修行中のエルフを二人ほど連れて行く。事務長は知らない。
私もついでに家の様子を見に行くと、確かに一階の窓はもう透明なものになっていた。素早い。職人が手伝ってくれたのだろうし、メガネも魔法を乱用したに違いない。
それからこれは家に入る時に気付いたが、玄関の扉に手の平サイズの丸い窓が開けられて花のようにカラフルな小さなステンドグラスがはめ込まれていた。
私は悟った。これは時間が掛かるやつだと。
だってほら、玄関の扉にステンドグラスとかいらないでしょ別に。完全に遊び心しかないやつでしょ、これ。
案の定、作業が進んで行くにつれ、たもっちゃんは絶好調に調子に乗った。
二階を回って窓ガラスを設置しただけでは飽き足らず、最終的には各部屋のドアにも玄関と同じく小さな丸いステンドグラスの小窓が付いたし、二階の廊下の突き当りには元々あった腰高窓のその上にちゃぶ台くらいの大きさの色あざやかな丸窓ができた。
二階は屋根裏と梁がそのままむきだしになった作りで、天井がない。そのぶん上に向かって空間が広く、廊下は特に斜めの屋根が左右から合わさる一番高い部分に当たる。
新しい丸窓は誰もが見上げるような位置にあり、真っ直ぐ伸びた廊下のつくりにステンドグラスの華やかさが映えた。
仕上がりを見るとまあまあ素敵だったので、色付きのガラスってすごいなと思った。
たもっちゃんはDIYに目覚めたお父さんのように満足そうに作業を終えたが、工房から引き取った枠入りガラスはまだあった。それはどうするのかと思ったら、また今度クレブリの孤児院にも設置するそうだ。
おっさんの日曜大工が止まらない。




