表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
191/800

191 荒ぶる遊び人

 確かにエルフはエルフに甘い。甘いと言うか、大切にする。

 たもっちゃんが中心となって囚われのエルフを解放して回っていた時も、それが例え身内や友や知り合いじゃなくても同族だからと言うだけで参戦したエルフも割といた。

 それなのに、自分は背を向けていたのだと。

 彼は恐らくそのことを、今も罪のように感じているのだ。

 タウンハウスの連なった住宅街の通りの上で、たもっちゃんは恥も外聞もなく叫ぶ。

「ルディ! ルディは何も悪くない……悪くないから! あれ、俺の趣味だし。エルフも騎士もやたらといたから戦力過剰でもう訳解んなかったし。それにルディには妹さんがいるじゃない。二人っきりで暮らしてて、妹さんを守れるのはルディだけなんだもの。一番に優先するのは当たり前だよぉ! 尊い! 尊い! そんなルディも、俺は、俺はぁ!」

「気にしなくていいから」

「あ、はい」

 これはいけないと私が力いっぱい突き飛ばした変態を、レイニーがすかさず魔法で吹っ飛ばす。そうして高く舞い上がったメガネは絶妙な位置にいた金ちゃんの、筋肉がゴリゴリした肩にちょうど腹を強打する形で着地した。

 うっ、と低いうめき声がしたが、それはホント、気にしなくていいから。

 ルドミラ=シーヴァを家の中に残して、我々だけになったことで苦く吐露されたルディの苦悩。それは、はあはあとしたメガネのせいで台なしになった。

 なんかごめんなと備蓄の酵母パンをぽいぽい渡す。妹さんと一緒に食べればいいと思うの。

「魔道具もさー、別にムリしなくてもいいんだよ」

 変態性はともかくとして、たもっちゃんは割とまともなことを言っていた。

 国から安全を保障されているはずのエルフが、この王都でも奴隷商に囚われていたのだ。妹さんを一人にできないのは当然だ。

 だからそんなに罪の意識を背負うことはないと私などは思うが、しかし、ルディは首を振る。

「この仕事をほかの錬金術師に任せる気にはなれません。タモツさんの発明や魔法術式にも興味がありますし。大丈夫ですよ。充分な報酬も提示してくださっていますから」

 オーブンの仕様と大体の設計、魔法術式を何枚もの紙に書き連ねたものをすでに受け取っているので、通常の魔道具開発よりはずっと楽ではあるとのことだ。

 エルフの大人の対応に、私とレイニーは目頭を押さえた。


 変態を肩に担いだ金ちゃんに三メートル進むごとにおやつを与え、途中で馬車を捕まえてペーガー商会の店舗へ戻る。

 旅の準備を整えているフーゴが出てくるのを待つ間、お店の中を見せてもらうとどうやらペーガー商会は割となんでも扱うようだ。

 服の仕立ても請け負うし、シンプルなものなら既製服もある。ただしサイズ展開は大まかで、これを安価で体に合わせて直すとのことだ。セミオーダーのシステムに近い。

 よく解らない道具のようなオブジェのような品物がごちゃっと置かれた一角もあったが、あの辺は仕入れの旅に出た先で店主一家が気になったものをほぼほぼ趣味で集めたらしい。全然売れず増えて行くので本当に困る、とベテランふうの店員さんが言っていた。

 店内をなんとなく回る間に、ついでに買っとくかと言うノリで腕の中には靴下やシャツや肌着がどんどん増えた。最終的には丈夫なズボンも二本ほど買って、お直しなしでむりやり履くことにする。ズボンの予備は……ズボンの予備は必要だから……。

「レイニーはさあ、着替えとか買わなくて大丈夫なの?」

「支給品ですので」

「えっ」

「支給品なのです」

 レイニーは二回、普通に言った。

 冬はさすがに上着を買ったが、レイニーは生成りのロングワンピに革のベストをタイトに重ねた格好だ。足元などはグラディエーターめいたサンダルだけなので、お前それで冬越したのかと今更に思う。

「支給品なの?」

「はい。駄目になったら、新しいものが支給されてきます」

 どこから。それに、いくら支給品でもやっぱり装備の内容がワンピースとサンダルだけでは脆弱と言わざるを得ないのではないか。

 そう強く思った私は、ペーガー一家の趣味コーナーからそっとトゲトゲの付いた肩パッドを手に取った。

「これ、買ってあげるね」

「いりません」

 レイニーはものすごくきっぱりとしていた。

 店内でお手頃なペンとインクが売ってるのを見付けて、前に公爵さんから渡された明らかに超高いお習字セットをダメにする前にこう言うほどほどのペンで練習したほうがいいのかも知れないと悩んでいると、ペーガー家の父がやってきてちょっとサービスしてくれた。

 朝の焼きそばパンのお礼がまだだったねとか言って、結構値引きはしてくれのだが私が購入を決意する前にいつの間にか買うことになってた。商売上手め。

 そう言えば、我々と関わるとお砂糖関連の辺りともめる宿命の話はどうなったんだと思って問うと、父は、「息子達とも相談の上でよく考えてみたけど、そもそもうちで砂糖扱ってないから最初から関係ないのかなって」と、ふくよかな顔で恥ずかしそうに笑う。

 ほんとかなあ。

 ふくふくしいペーガー父を見ているとほっこりと許してあげたい気分になるが、なんかそれ、宿命が背後から超高速のスプリンター走りで追い掛けてくるやつだと思うなあ、私。

 あとで事情を知ったやり手の妻から、えらく怒られる父の姿が目に浮かぶ。

 しばらくすると、カバンがパンパンになるまで張り切って準備した重たげな荷物を見るからにたくましい下男に持たせ、ちゃらちゃらとフーゴが下りてきた。

 そして父と長男と従業員に送り出された上機嫌のフーゴは、超高速でその日の夜にローバストの大地に泣くことになる。

「こっちはね! 一か月かかる旅だと思って準備してきてるんだよ! 旅の間に仲よくなろうと色々計画練ってたんだよ! それが! 一日で着くって! めちゃくちゃだよ! 何なの!」

 考えてることを大体全部口にして、フーゴは暗く静かな防壁の外で地面に手を突いてはきはきと叫んだ。陽キャはいつでも活きがいい。

 すぐそばに見えているのはローバストの都市を守る防壁と、今は閉ざされている巨大な門だ。

 門扉から若干明かりがもれているのは、ぶ厚い木製の門の一部に郵便受け程度に開けられた覗き窓があるからだ。そこから見張り当番の兵士が、なんだなんだとこちらの様子をうかがっている。

 お騒がせして申し訳ない。ここにいるのはただの荒ぶる遊び人なので、どうか安心して欲しい。

 門の向こうに人がいるついでに一応聞いてみたのだが、さすがに夜の警備に門を閉ざしたあとなので中には入れられないとのことだ。まあ解る。夜の訪問者はなんとなく恐い。

 わくわくしながら王都を出たフーゴは、まあまあいいからと我々にボロい船に乗せられて、途中でとめることもおりることもできずにここまで一気に運ばれてきた。

 思ってたのと違うといまだ大地に訴える彼の、背中にそっと手を置いて痛ましげに首を振るのはペーガー家の料理人だった。仕事は若い者に任せたとかで、なんかいた。

「フーゴ坊ちゃん、逆に考えましょうや。移動でひと月も潰さずすんで、そのぶん料理や技術を学べるんならこんないい話はありやしませんよ」

「一か月……一か月もあれば、どれだけ技術をしぼり取れたか……」

「フーゴ、フーゴ。それ俺に聞かせちゃ駄目なやつ」

 たもっちゃんはちょっとだけ悲しげに、料理人の逆側に屈んでフーゴの背中をぽんぽんと叩いた。

 遊び人の風体の割に家業を愛するペーガー家の次男は、大体一ヶ月ほど掛かる王都からローバストまでの旅の間にメガネを懐柔する予定だったようだ。

 もちろん最近技術的、金銭的に頭角を現したローバストの様子を視察するのも目的だろう。しかしその旅をわざわざ、我々に護衛させたと言うところには一石二鳥の作為を感じる。

 ずるいひどいとフーゴは嘆くが、たもっちゃんと私は冷静だ。こうなるだろうと思っていたので対策は一応してあった。

「移動手段に文句言わないって約束でしょ」

「途中で不要のより道もしないって条件付けたの了承したでしょ」

 この二つの条件を、実際依頼を引き受ける前にこちらから提示しておいたのだ。

 お陰で、フーゴが移動は馬車にしないかと言い出してもシカトして、船上から発見した街に立ちよりたいとねだってもどんどん行こうぜと突き進むことができた。途中で食事とトイレ休憩は入れた。

 最終的に、そんなに僕といるの嫌なの? と、フーゴは割と落ち込んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ