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190 エルフの兄妹

※下肢が不自由な描写があります。

 不用意に開き掛けた玄関を、あわてて閉めたのはルディ=ケビンだ。

 細く開いた扉の向こうにぐねぐねおどり掛からんばかりのメガネを見付け、その剣幕にきっと恐怖したのに違いない。

 気持ちは解る。

 しかし改めて訪問者が我々だと確認した彼は、ものすごく申し訳なさそうに謝ってくれた。

「本当に失礼な事を……まさかタモツさんだったとは」

「待って。ルディ=ケビンは悪くない。なにもかもメガネが悪いんだ。私知ってる」

「そうです。わたくしも、さすがにあれはないと思います」

 ドン引きですと言う顔で、レイニーがあいつほんとサイテーよねと力強くうなずく。

 メガネを責める我々女子の間には、イスのようなものに腰掛けた一人のエルフの美少女がいた。

 ルドミラ=シーヴァ。

 存在だけは聞いていた、ルディ=ケビンの妹さんだ。

 兄妹なのに、二人の名前に共通した音はない。これはエルフ独特の文化で、彼らが家名を持たないことによるらしい。

 前半部分が本人の名前。後半部分は男性は父、女性は母の名前を続けて名乗る。

 ちなみに私はこのことを体感としては初めて聞いたが、多分、前にも聞いていたはずだと思う。

 なにしろすでに我々は、エルフの里に行っている。この世で一番エルフの名前を大量に聞くはずのあの場所で、この特徴的なエルフの知識が話題に出ないはずがない。

 だから右から左に聞き流した可能性が極めて高いし、エルフの名前も多すぎてほぼほぼ右から左の状態だ。本当にごめん。小池さんは覚えているが、そもそも本名が小池さんじゃない。

 ルドミラ=シーヴァは十七、八の外見で、翡翠の瞳にハチミツを垂らしたようなプラチナブロンドの長い髪。ルディ=ケビンによく似た顔で、困ったように笑んでいる。

 困らせているのは完全にメガネの生態だ。

 ルディ=ケビンとルドミラ=シーヴァは仲がいい。ルディが彼女を呼ぶ時は、愛称でリューダと親しみのにじむ声で呼ぶ。

 このことに、うちの変態が尊さで溶けた。

「俺はこの家の壁紙になりたい」

「なるほど?」

 どろりと倒れ伏した変態に、私は静かに戦慄を覚えた。

 とりあえずルドミラ=シーヴァをレイニーと二人ではさんでガードして、いまだ溶けたメガネの上に金ちゃんをどっかり座らせておいた。

 対象が二次元であればまだいいが、相手が生身の知り合いだと思うと発想自体が犯罪って気がする。これはダメだわ。なんとかしないと。

 筋肉でできた金ちゃんの重さにメガネはきしむような悲鳴を上げたが、鉄壁のメガネは潰れない。と思う。

「許してください。兄は過保護なのです。生まれた時からわたしの足がこうだから……」

「しかし、リューダ。相手も確かめずにドアを開けてはいけないだろう?」

「それは、だって……ごめんなさい」

 エルフの兄妹は自重せずにイチャつくと、「お客様にお茶もお出しせずに」とあわててルドミラ=シーヴァが台所へとイスを飛ばした。

 イスを飛ばしたと言うのは多分正しくはないのだが、ほかにどう言えばいいのか解らない。ルドミラは腰掛けたイスのような台ごと飛んで、ふよふよとリビングから出て行ったのだ。

「あのイス、ルディが作ったの?」

「はい。リューダは生まれつき足が悪いので……」

 どうにか治してやりたいが、その方法が解らない。いまだに自分はあんなことしかしてやれないと、ルディ=ケビンはやるせなく表情を曇らせた。

 万能薬なら結構いいのがここにもあるぞと思ったが、万能薬と言うものは患者の状態を元に戻す特性を持つ。

 そのため例えば損傷がすでに常態化した、古すぎる傷などには効果が出ない。同じ理由で、生まれ付きの症状には効かないとのことだ。しょっぱい。

 だからルディは錬金術師のスキルを駆使し、ルドミラのイスを作ったのだろう。

 それは彼女の膝から下の長さより少し大きな四角い箱で、その上に座れるように背もたれと肘掛けが付いていた。足元には両足を載せる台があり、魔力を流すと箱の内部に組み込んだ魔法術式でイスが浮いて自在に動く。

 そう高く飛ぶことはできないそうだが、これならわずかな段差どころか階段さえも問題にはならない。機動性は相当に高い。

「ですが、万全とは言えません。魔力効率がまだまだ悪くて。エルフは魔力の素養が高いのでリューダはどうにか動かせますが、人族となると厳しいでしょう」

 魔力を使うのが総じて苦手な獣族になると、そもそも飛ばない可能性もある。悩ましい。

 魔道具制作の難しさについて苦悩し始めたルディ=ケビンに、金ちゃんの座布団と化したうちのメガネが訳知り顔でうんうんとうなずく。

「魔力効率はねー。大事だよねー。て言うか俺、正に魔道具の相談したくてきたんですけど。その話したいんですけど。そろそろ金ちゃんにどいてもらえる様にお願いして頂いて構わないでしょうか」

 床の上からチラッチラッと懇願してくるメガネに、私はクイッとあごを上げて命じる。

「いいからそのまま話せよ変態」

「えぇー」

 唯一助け舟を出してくれそうなルディ=ケビンも妹の安全には厳しいようだ。

 ルドミラが膝のトレイにティーカップをいくつか載せて戻ってくると、ルディはそれを一つ受け取り床に直接置いていた。たもっちゃんのためである。優しい。

 我々が本気で助けないと悟り、床でうつ伏せになりながらメガネはずるずるお茶を飲む。背中に金ちゃんを載せてるかと思うと、結構余裕があるような気がする。さすが鉄壁。

「それで、ご相談と言うのは」

 戸惑うルドミラ=シーヴァをそのままに、ルディがメガネに話をうながす。

「うん。それがね、ちょっと人と話してて、パンを効率的に焼くオーブンが欲しくなっちゃって。大体のイメージはあるんだけど、サイズとか強度とか考えると筐体に金属使う事になると思うんだ。そしたら職人と連携が必要になるし、俺がやるよりやっぱ専門家に作ってもらったほうがいいかなって」

 たもっちゃんの軽率なラクガキによって、パン専用のオーブンもまたペーガー商会に目を付けられた案件である。食品自体は扱わないが、調理器具はまた別らしい。

 しかし概念と理論を知ってることと実際作るのはまた違う。自分には少々荷が重いとメガネは言って、専門家に相談するため一度話を引き上げてきたのだ。

 電気のない異世界でオーブンを動かすのは魔力と魔法術式だ。そして魔力と魔法を動力とした道具のことは一般的に魔道具と呼ぶ。

 もちろん個人の資質にもよるが、魔道具の開発は錬金術師のお仕事だ。そして錬金術師の知り合いは、今のところ目の前にいるルディ=ケビンしかいない。

「オーブンですか」

 勝手に魔道具開発の責任者に抜擢されていたエルフは、翡翠の瞳をわずかに見開き片手で自分のあごをなでるようにして言った。

「良いですね。やりましょう」

「ルディも忙しいとは思うけど、試作の費用はこっちで出すしそこをどうにか……えっ、いいの?」

「はい。タモツさんが焼くのはローバストで食べたあのやわらかいパンでしょう? 妹にも食べさせたいと思っていたんです」

 協力しますよとにこやかに言われて、逆にメガネがもっとよく考えてとルディ=ケビンを止めていた。

 と言うのも、魔道具の制作と言うものは基本うまく行かないからだ。

 どんなに理論をていねいにこねても、実物に落とし込む段階で必ずどこかに不具合が出る。絶対に出る。むしろ出ない訳がない。そこをトライアンドエラーで修正を重ねて、仕事にとりつかれた錬金術師がふらっふらになりながらどうにか完成にこぎ着けるのだ。

 大体のガン見で理論をカンニングしているメガネでさえも、不具合不可避と言うほどだ。しかも今回は本体部分を職人に外注する必要があり、そちらとのすり合わせにも時間と労力が必要になる。あと、かなりのコミュ力も。

 関わる人間が増えるぶんまた別の難しさがあるので、たもっちゃんも断られて当たり前だと思っていたようだ。

「いいの? 本当にいいの? 話持ってきた俺が言うのも変だけど、大変だよ。あれ」

 帰り際、外まで見送りにきてくれたルディ=ケビンにそわそわと、メガネが最後の確認をした。それに、ふと。彼はエルフ特有の、色素の薄い翡翠の瞳を切なく伏せる。

「いいんです。あの時、みなが命を掛けている時に、お役に立てませんでしたから……」

 だからこのくらいのことはなんでもないと、気弱に悲痛に、ルディ=ケビンは首を振る。

 いきなりシリアスな感じにするのやめてと思ったら、ルディは以前メガネがエルフと一緒に大暴れした時、自分が参加しなかったのを今も気に病んでいるようだった。

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