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180 自力でエルフ

 ドワーフたちはそれぞれダンジョン産の酒樽をかかえて、ウッホウッホと上機嫌にギルドを去った。よろこびのゴリラ感がすごかった。

 我々がさあ行こうすぐ行こうとおっさんたちに急かされて、間際の町の冒険者ギルドに連行されたのはつい先ほどのことだった。

 そして今売ったばかりの酒樽がそのまま隣の窓口に移動し、目の前で列をなしたドワーフたちにどんどん買い取られて行く様を見た。

 スピーディーに引き渡される日本酒は、実質窓口の中を一瞬移動しただけだ。銀色の玉をじゃらじゃら出すゲームのお店で銀色の玉をじゃらじゃら出すとなぜかもらえる謎の特殊景品が銀行のお札に化けるよりも早い。

 もちろん、この世界にも酒はある。

 ただし原料となるお米自体があまり食用にされてないので、それを使ったお酒と言うのはやはりめずらしいようだ。絶対ないかどうかは知らない。

 めずらしく、そしてなかなかいける酒ならば、ドワーフに飲ませなくてどうすると。

 おっさんたちは自分で言い張り、日本酒の樽を買えるだけ買った。

 最後にはどこからか引っ張ってこられた金庫番らしき人族が、「もうむり! ほんとむり! 素材買えなくなっちゃいますよぉ!」と涙目になって訴えていた。多分だが、彼らは仕事のお金に手を着けている。

 ドワーフは我々のイメージ通り、やはりお酒に目がないらしい。しかもそれだけでなく、こちらもやはりイメージ通りにエルフとしっくり行かないようだ。

 我々と四人のエルフが一緒だと知って、あからさまを通り越して直接的にぶうぶう言った。それを見て、私は少し心配になる。

 彼らは一体どうするのだろう。このダンジョン産の日本酒が、これからエルフたちの手によってのみ大森林から搬出されると知った時、一体どんな顔をするのか。

 ちょっとだけ、ものすごく見たい。

 自分的にはちょっととものすごくの間で揺れ動いている気分でいたが、よく考えたらどっちにしても見たい方針に変わりはなかった。私の人間性の問題だった。

 そんな無意味な反省をしながら、我々は大森林の間際の町をあとにした。

 ギルドの建物を出る前に日本酒の買い取りに出遅れたギルド長が恨めしそうに柱の陰から見送ってくれるなどしたが、同じくアルコールに魅入られている初老の男性職員はしっかりドワーフの列に並んでいたのでそちらでなんとかして欲しい。なんともならないような気もする。

 こうして渡ノ月を前にして、大森林から向かった先は当然王都――ではなくて、ローバストだった。

 だってほら。小池さん率いるエルフたちをほら。ラーメン修行に連れて行かないといけないからほら。

 いや、アーダルベルト公爵のお説教を少しでも先のばしにしようとかそんな。まさかそんな。そうだけど。まさか。

 欺瞞に満ちた言い訳を自分で自分にする我々をレイニーが的確にあきれたように見ていたが、仕方ない。我々の中には校長先生の叱責を恐れる学生がいる。仕方ない。

 この大森林からローバストまでの道のりは、ドアではなく船で空を飛んで渡った。

 同行のエルフ四人の内の三人が、大森林から外へ出るのも初めてらしい。だったら風景だけでも楽しんで欲しいと、たもっちゃんが張り切ったためだ。

 たもっちゃんが飛ばしてレイニーが風を防ぐ障壁と温度調節をする快適な船で、私は引率エルフの小池さんに問う。

「小池さんは大森林出るの初めてじゃないんですね」

「昔ね、人族の国で暮らした事があるよ」

 小池さんと呼んでももはや普通に返事をしてくれる小池さんだったが、彼はエルフの里の長老の一人だ。

 エルフにはめずらしいやんちゃにはねるイケメン風のくせっ毛と、いたずらっぽい笑顔のせいで全然落ち着いた雰囲気には見えない。しかし実際の年齢は、長命のエルフの中でもかなり上のほうのはずだった。なぜなら長老ってそう言うもんだから。

 そんな人の昔とは、どのくらい昔のことだろう。少し気になってそう問うと、小池さんは少し考え込んでしまう。

「……さて、どうだったかな。あれは、人族の国々がエルフとの協定を結ぶ前……いや、エルフと人族が戦争を始める前だった様な……」

「なるほど」

 私は真顔でうなずいた。察した。

 今の人族の国々はエルフを保護する協定を多国間で結んでいるが、それは二百年ほど前に怒り狂ったエルフの軍団が人族をボコボコにしたのがきっかけだったと聞いている。

 小池さんが言うのは恐らく、その頃の話だ。

 しかも昔と一応言ってはいるが、このおっさんの感じからするとなんとなく五年とか十年くらいの体感で言ってるような気がする。

 とりあえず、その頃仕入れた人族の知識はもう多分あんまり役に立たない可能性が高いな。

 エルフと人族の時間感覚について思いをはせて、旅路の途中。ズユスグロブ領をちらっと通った。行きのルートを逆に戻ってるだけだから、まあ、あって当然だ。

 二度目のズユスグロブは青かった。葉っぱで。

 前にきたのは砂糖の花が満開の頃。原料の木々が農地の山を埋め尽くし、見事に桜色の風景だった。今はもう、花の季節は終わったらしい。

 瑞々しい緑に様変わりした景色に少し船の速度を緩め、若様の所へよろうかって話もちらりとは出た。

 しかし、アーダルベルト公爵がわざわざ連絡をよこしてきたのだ。

 なんかややこしい気配を感じるし、今は一緒にエルフたちもいる。ここはやっぱり公爵と先に一回話そうと、一旦ローバストへ向かうこととした。


 開口一番、事務長は言った。

「そうか、自力でエルフを連れてきたか」

 そうかそうかと深く何度もうなずいて、ふいっと顔を横に向けるとごく小さく舌打ちをした。

「嘘でしょ事務長」

「それで、エルフ達の住まいだが」

「いや、今。舌打ち。今。ねえ」

「男女で二部屋は必要だろうな。仕方ない。騎士達に部屋を空けさせよう」

「ええー」

 部屋が空くのは助かるが、全然こっちの話に返事してくんない。どうした。

 えらいくやしそうなのでなんなのかと思っていたら、事務長は事務長でローバストへのエルフの誘致を手を尽くし試みていたらしい。結果はかんばしくなかったようで、複雑な心境だったのだろう。でも返事はして欲しい。

 いつきてもなぜかいる事務長は、クマの老婦人が管理する我々の家にやはりいた。

 そして重要そうな書類を片手に、午後のお茶を飲んでいた。ただしお茶にはざぼざぼ砂糖が入れられて、そちらの摂取がメインのようだ。頭脳派あるある。まんがとかで見た。

 新たにやってきたエルフらがラーメン留学生だと知って、台所から話を聞いてたエレ、ルム、レミがダイニングにいる我々のほうへ、すすす、と静かに近付いてきた。出番ですねと言わんばかりに顔面がやる気でいっぱいだ。頼もしい。レミが元気そうでほっとする。

 こうしてエルフの留学生、小池さんと三人の若者たちはクマの村の住人となり、リディアばあちゃんが管理する我々の家に滞在する運びとなった。

 この家の二階にはベッドルームが四部屋あるが、その内の一つはエレたち三人がぎゅうぎゅうと使い、もう一部屋には事務長がいる。もはや、家主の我々よりも当然のように。

 残りの二つもローバストの騎士が使っていたが、そちらは事務長の宣言通り、涙を飲んでエルフたちに明け渡された。

 実際明け渡したのは騎士たちだったが、主に泣いたのは赤銅色の髪と目をした隊長さんだ。その男の名をセルジオ・カプラン。セルジオと書いて泥沼片想いと読む。

 いまだにレイニーの前でだけ挙動不審なこの騎士は、思い人が一つ屋根の下にいると言うラブコメみたいなシチュエーションを少なくとも表面上はただ静かに手放した。

 いい人なのだ。隊長さんは。いい人すぎて、損をするタイプだ。

 その純情を捧げる相手がレイニーであると言うことに、私は深い同情を覚える。地上の存在ですらなく、しかも中身はアレなので。セルジオはなにも悪くない。恋した相手がアレだっただけだ。気の毒に。

 エルフの里からやってきたラーメン留学の若者たちには、レミとクマのジョナスが主体となって麺の打ちかたを指導するとのことだった。じっくり実力を育てて欲しい。

 また、若いエルフは少し先に移住してきた少女のエレとも割とすぐに打ち解けた。

 特に若い女の子が集まって、きゃっきゃしながらじゃれ合うのを見てると私の中の独身中年男性が浄化されて行くような気がする。人は誰しも心におっさんを秘めているのだ。

 ラーメンに情熱を傾ける若者たちをほほ笑ましく見守ったり、不憫な純愛を完全なるひとごととして傍観したり、草をむしったり干したり煎じたりする内に渡ノ月の夜がきた。

 そして、その真夜中に。

 我々は突然の訪問を受けた。

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