179 地面に固定
「たもっちゃん。私、正直固定資産じゃなければいける気がする」
私がキリッとした顔で自分の予測を伝えると、たもっちゃんは一拍置いて「うん」と答えた。
「固定資産って別に地面に固定された資産ではないと思うけど、言いたい事は大体解った」
そうか、解るか。
理解を示したメガネに対し、こちらもとりあえず通じ合った空気感でうなずく。幼馴染特有のこの雑な理解力。助かる。
神からもらったでたらめなアイテムボックスは、生き物と魔道具以外は割となんでも入るのだ。基礎の部分が地面に固定されていなければ、建物だって軽率に収納できるような気がする。
あと、固定資産って地面に固定された資産のことじゃないってマジなの?
そんな長年の誤解ごと理解されてしまうと、あれだぞ。幼馴染を通り越し、賢母のような包容力を感じてしまう。恐ろしい。
まあ、ものは試しにと、その辺にごろごろしている苔むした岩の特に大きそうなのを魔法で掘り起こしてもらう。それでぽいっとアイテムボックスに放り込んでみたら、入った。
「たもっちゃん」
やっぱこれ、いけんじゃね? と、私はぐっと親指を立てた。
「これは夢が広がるなぁ」
同じく親指を立てて答えるメガネは近くのエルフをつかまえて、小さめの家でいいから基礎とか地面に固定しないでいい感じに作れないもんかねと相談を始める。
その輪から少し外れた辺りでは、アイテムボックスのおどろきの収容力により、大きな岩が出たり消えたりする現象に盛り上がったりあきれたりするエルフたちがいた。
中でも「本当にふざけたアイテムボックスなんだな」と、変に感慨深そうなのは山ほどおみやげを持参した上に家の建築まで手伝っている別の里からやってきたエルフだ。
神のアイテムボックスの、容量がバカってだけでこの言われよう。
思えば、人さらいの小屋で出会ったエルフの美少女たちからも似たようなことを言われた。その保護者である彼らにも、話が伝わっていても不思議ではない。家族会議とかで。
娘の話は本当だった。みたいな感じでしみじみしているエルフを含め、アイテムボックスのゴリ押しで持ち運べる家の計画と資材の選定は進んだ。
しかし、我々がこの家の完成を見ることはなかった。
完全にフラグのようだが、今のところはと言うだけの話だ。
木を切って里まで運び、魔法を駆使して乾燥させても当然ながら目前に迫った渡ノ月には間に合うはずがなかったからだ。
「また、すぐに戻ってくるから……!」
たもっちゃんは涙ながらに別れを告げたが、思ったよりはあっさりしていた。
大森林を離れるために空飛ぶ船に乗り込んでいるのは、たもっちゃん、レイニー、金ちゃんに私。そして四人のエルフたちだった。
エルフは引率に小池さんが付き、あとの三人は全員若い。若者たちの男一人に女二人と言うラブコメ構成がメガネのいわれない嫉妬心をかき立てていたが、人族の国に出て料理を学びたい者を集めたらこうなったとのことだった。
そう、彼らは料理を学びに行くのだ。
料理と言うか、ローバストでも最近私の熱望により量産化が進んでいるととてもいいなと希望しているラーメンの、麺の打ちかたを重点的に学ぶのが主な目的だ。
調味料の使いかたなんかはメガネも指導できることがあるが、ラーメンだけは本場の人に教えてもらうほかにない。
エルフと親しくすごす機会を逃し、たもっちゃんは激しく打ちひしがれた。こんなことならラーメンの打ちかた習っとけばよかったとか言って、手の平を返してくやしがる。
「そう言えばさあ、調味料とか売りに行かなくていいの?」
ドラゴン定期便はまだ本格就航前ではあるが、たもっちゃんとエルフはきゃっきゃしながら調味料ダンジョンで遊んでいたのだ。産出品はいくらかストックができている。
売りに行くなら荷物を運ぶのが大変だろう。どうせだったら一緒に行けばいいじゃんと思ったら、見送りにきた元城主の青年が美しい嫁の隣から「今はまだ」と首を振る。
「エルフの里が人族と商業的に繋がりを持つのは前例のない試み。これから販路や外交について検討を重ね、里の意向や方針を固めて慎重に進めたいと思っています。また、今回のダンジョン探索はあなた方の、以降においてはエアストドラゴンのご厚意あってこそのもの。その事実を心に刻み、感謝すると共に産出品を余すことなく活用する道を模索することがわたしの使命であると――」
なるほど、長い。
高揚からか青年は、若干はあはあしながらに滔々と語った。人間社会にエルフの存在価値を知らしめるため、調味料ダンジョンを最大限に利用せんとする気概を感じる。
よく解らんが、その意気やよし。
ただ、日本酒に関してはなるはやで外部に売ってあげると大森林の間際の町のギルド長とかが泣いてよろこんでくれる気がする。
同胞を送り出すこともあり、エルフたちは大体が見送りにきてくれた。子供も含む。最初はトロールである金ちゃんを恐れていた子供らも、割とほどなく慣れていた。具体的には、カニの辺りで。
こうして里のエルフに見送られ、渡ノ月に背中を押された我々はラーメン修行の四人を連れて人間世界へ復帰する運びとなった。
隠匿魔法でくるんだ船をぶいぶい飛ばし、大森林の端まで行くと一旦下りた。地上のルートで森の外へ出るためだ。
今回は依頼を受けて大森林に入っているので、冒険者ギルドにきっちり記録を残したい。 お仕事! ちゃんと! やってますから! とのアピールをかねて、ギルドの管理する出入り口からギルドの職員に管理されつつ出欠確認されておきたい。正確には帰還報告で、出欠ではないような気はする。
この場合、行きと帰りで人数が変わってエルフが四人ほど増える計算になるが、その辺はまあ大丈夫らしい。元々エルフは大森林の中に住むので、本人の意志で出てきたものは特に問題にはならないとのことだ。
大森林から出てきた我々に規定通りに名前を聞いて、「えっ」と声を上げたのは冒険者ギルドの職員だった。
それはまだ若い青年で、手にした板に貼り付けた名簿と我々を何度も何度も見比べる。そして間違いがないと解ると、ばっと後ろを振り向いて叫んだ。
「きました!」
なにが。
訳の解らない我々を置いて、どこかうれしげな青年の声は意外にはきはきと周囲に響いた。これに、その辺でうだうだしていたおっさんたちの集団が一斉にこちらを振り返る。
「そいつらか!」
「待ったぞ! おい、誰か金庫番に知らせに行けや!」
おう! と答えて一人、二人と、小太りのおっさんが弾丸のように駆けて行く。あんなにお腹がぼよんぼよんとはねているのに、どうしてかダッシュがめちゃくちゃ早い。
その一方で青年は、肩の荷が下りたかのように名簿の板を抱きしめて泣いた。
「うう、よかった……ずっと待ってた……帰ってきてくれてよかった……」
もしかすると冒険者の出入りを記録する彼は、我々の帰りはまだかとずっとせっつかれていたのかも知れない。
金庫番とやらの所に仲間をやって、おっさんたちはゴブレット片手にぎらぎらした目を向けてくる。そしてじりじり中腰に、じわりじわりと近付いてきた。
鬼気迫る感じで、ちょっとだけこわい。
彼らはいつからそうしているのか、大森林の入り口辺りをすっかり占拠してしまっていた。森と町の間の草地に丸太を輪切りにしただけのイスやテーブル代わりの切り株を置いて、酒の壺やゴブレット、つまみの肉などを山ほど持ち込み長期戦の構えだ。
おっさんたちは全体的に、煮しめたように薄黒く茶色い。きっと仕事のせいだろう。彼らが身に着ける荒い生地で仕立てたシャツや革のベストは丈夫そうだが、元の色味とすすけた汚れでどこまでもしょう油の色だった。
がっしりしたブーツで守られた足元。太い足でぱつぱつのズボン。腰のごついベルトにはぼってりした腹が乗っかって、それでいて腕や肩、背中なんかはぼこぼこ堅い筋肉が見られる。恐らくズボンに隠れた両足も、大体全部筋肉のはずだ。
平均的に背の低いおっさんたちの顔面は下半分がもさもさのヒゲで隠されて、頭には鉄のヘルメット。ヘルメットの両側にはなぜだか、ウシのような二本のツノが付いている。
鍛冶仕事ならなんでも任せろでおなじみの、筋肉職人ドワーフである。
小太りに見えて実は筋肉でいっぱいの、汗とすすでしょう油色のおっさんたちは我々を囲むとやいのやいのと口々に騒いだ。
「おう、遅かったな」
「ダンジョンには行ったんだろ? な? おう、すぐにギルド行こうや。な?」
「金なら用意してあっからよ」
ドワーフはわくわくを隠し切れていなかった。私は察した。
あ、これはあれですね。
完全に日本酒が目的ですねと。




