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178 何かした?

『君達、何かした?』

「えっ、いきなり?」

 たもっちゃん特製、通信魔道具の板から聞こえてきた声は割とよく知るものだった。

 我々の敬愛と謝罪が止まらない、魅惑の保護者アーダルベルト公爵である。

 ちょうど寝ようとしている時分で、里長の家の古めかしげな一室でメガネと天使とトロールと私が毛布や毛皮でばっさばっさと寝床を整えていたり、整える気持ちだけは持ってたり、その気持ちさえなかったりした。

 そんな中、いいお寿司屋さんのまな板みたいなサイズの板は、魔力の光で通信魔法の術式を浮かべて疑わしげな声色を伝える。

『ズユスグロブ侯爵が、最近になってメガネの男と、やたらと草を持った女と、もう一人印象に残らない女と、片腕だけの顔に傷のあるトロールの奴隷を連れた冒険者パーティについて調べてるらしくてね』

 これ完全におめーらだろと、はっきりとは言わないが行間をとても感じる文脈でアーダルベルト公爵は言った。

 こうして聞くと、やはり金ちゃんは設定盛りすぎと言うような気がする。トロールの奴隷と言うだけでなんだそれってなるのに、つい先日には腕の負傷が大森林の処刑スタイルで受けたものだとうっかり解った。

 なぜなの。あの空気を読むトロールに、一体なにがあったって言うの。などと悲しく思うと同時に、いや、やっぱりなにも知りたくないみたいな気持ちになったりもする。

 まあそれはともかくとして。特徴的なトロールを連れていることも手伝って、うちのパーティはまあまあ目立つ。

 通信魔道具の前に座って、我々は顔を見合わせた。金ちゃんは除く。金ちゃんは無頼のトロールなので細かいことは気にしないのだ。

 なのでおもむろにカタカタと、あやつり人形のようなぎこちなさで瞬間的に口裏を合わせたのはメガネと私だ。

「えっ、何でだろ。解んないね!」

「ホントだね! 全然解んないね!」

 最近は隠匿魔法を常時展開しているせいで印象に残らない呼ばわりされたレイニーは、「わたくし、無理があると思います」とものすごく小さな声で呟いていたがそう言う正論は今はいいんだ。

『解らない? 心当たりも? 全く? そう……。では一度、顔を見せにおいで。たまには会って話もしたいしね。何もないなら、構わないだろう?』

「……ちょっと聞きたいんですけど、公爵さんのスキルって目の前にいなくても効くとかあります? いや、なんか気になっただけで、全然ホント。なんにもないんですけどね」

『ないよ』

 やましさをほとんど自白している私の疑問に、公爵さんは淡泊に答えた。

 ないのか。

 逆にマジかよと私は思った。

 アーダルベルト公爵のスキルは人のウソを見抜くことだが、通信魔道具を介してだけだとそれは発動していないようだ。

 だとしたら、こいつらなんかやらかしてんなと承知の上で連絡をよこしてきたと言うことになる。まあ、そうだろうなとは思ってた。

 元はと言えば、砂糖のことで某侯爵に因縁を付けてしまったのは我々だ。にも関わらず相手が今までおとなしかったのは、アーダルベルト公爵や王様とかが、ゴリゴリと権力で抑えてくれているからだ。多分。ちゃんと確認したことこそないが。

 お陰でこれまで静かにしていたズユスグロブ侯爵が今、密かに動き出したのはなぜか。

 これさー、もう。あれじゃない?

 完全に、ズユスグロブの片隅で呪われた地主のご子息にあれやこれやしたやつがお砂糖侯爵にまで伝わってない? ねえ。

 人助けと言う結果にはなったが、我々は最初、部外者が入ってはいけない農地にのこのこと入り込んでいた。そこを厳しく問い詰められると、罪に問えなくもないかも知れない。

 あの領地に立ちよったことは、きっと知られてはいけなかったのだ。

 もー! だから! だから! もー! 全部内緒っつったじゃーん!

 我々は思わず内心で、地主の呪われた若様とその忠実な使用人たちを責めた。

 それを頼んだのが去り際で、雑に、しかも相手の返事を聞かないままに言い逃げる卑怯さだったのをちょっとうっすら思い出したが、それはそれとして横に置く。我々はなにより自分に甘い。

 こうしてアーダルベルト公爵になんか色々バレていて、ほぼ確実に怒られる予感しかしない我々は可能な限り大森林ですごした。

 我々と渡ノ月と、渡ノ月と大森林は、とても相性が悪かった。怪獣大戦争である。

 だからそれまでには大森林を離れる必要があったが、できることなら人間社会に復帰したくない。怒られるのは嫌なのだ。怒られるような身に覚えはものすごくあるが。


 バコーン、バコーン、と堅い木を打ち合わせているような、乾いた、それでいて重たい音が森の中にこだまする。

 音源は、割と目の前にいるシカたちだ。それも体高が人の倍はありそうな巨躯。中でも平たく大きく広がった立派なツノを持つオスが、頭を下げるようにしてバコンバコンと頭突きで覇権を争っている。

 本当に争っているのは気を引きたいメスなのかも知れないが、とりあえず矮小な人間からすると見ているだけもものすごく恐い。大自然恐い。

 渡ノ月までの限られた時間で、我々はエルフと共に森の中に分け入っていた。建材を調達するためだ。

 言い出したのは里長である。

「礼ができていない気がする」

 ある日、なんだか深刻に。

 里長はエルフの里でだらだらすごす我々の前に、長老たちや若い者を何人も引き連れ現れて思い詰めた感じで言った。

「同胞救出の恩義はおろか、返済すべき万能薬も補填され、歓迎の宴は翌日カニで返される始末。加えてエアストドラゴンのダンジョンにまで……我等は……我等は……!」

「里長!」

「里長しっかり!」

 みんな付いてるがんばってとばかりに声援を受けて、里長はぐっと顔を上げ、決定事項を告げるかのようにきっぱりと断じる。

「そこで、家を建てようかと思う」

「何で?」

 さすがのメガネも訳が解らなかった様子で、なんでそうなったと普通に聞いた。

「里長の家が気に入ってたから喜ぶかと思った」

「エルフが手間を掛けたものなら何でもいいような気がした」

 里長の後ろで口々に、エルフたちは意外に的確な動機を語る。なるほど否定はできないとうっかり感心していると、すかさず間取りは立地はと、数で押し切るエルフたちに流されどんどん話が進んで行った。

 そして気付くと朝早くから霧にかすんだ森の中に連れ出され、繁殖を賭けたシカのどつき合いを見せられている。納得はしてない。

 案内された辺りの木々は、すらりと真っ直ぐ背が高い。

 足元は苔むした大きな岩がごろごろとして、その岩と岩の合間から。または岩を押し上げて。密集と言うほどは近すぎず、まばらと言うには多くの木々がそこら中に生えている。

 ただよう霧が薄く白く風景をかすませ、この森がまるで無限に広がっているかのように思わせた。そんな広大な風景の中、巨大なシカがにらみ合う姿はなかなかのファンタジーだった。草食動物とはなんだったのか。

 見上げるようなシカのケンカを岩の陰でやりすごし、エルフたちとぞろぞろ這い出す。

「こっわ。シカ、こっわ」

「まあまあ。こちらが手を出さなきゃ襲ってきたりはしないよ」

 奈良のシカと全然感じがちゃうやんけ、とショックに震える我々を小池さんがのん気になだめた。

 小池さんは私が勝手に呼んでいるだけだが、もはや本名は覚えていない。エルフにはめずらしいくせっ毛をイケメンふうのショートカットに整えた、エルフの里の長老の一人だ。

 長老とは言ってもエルフであるので、おじいちゃんと呼ぶには見た目が若い。イケちらかしたおっさんである。おとなげがないと言える気がする。別の意味で親近感を感じた。

 あの木はどうだこっちはどうだと忙しく駆け回るエルフたちをよそに、我々は岩の上に腰掛けて立てた膝を両手でかかえてぼんやりとしていた。雰囲気としては、体育館の片隅で授業を見学する小学生のようだ。

 仕方ない。木材のことは解らないので仕方ない。しかし人間、ヒマを持て余すとロクなことをしない。メガネと私はぼそぼそと話す。

「家ってこんなノリで建てんの?」

「俺、エルフの里に別宅があるってだけで毎日ちょっと頑張れる気がする」

「でもさあ、ローバストのこと思うとさあ。家あっても滅多に使わない感じするよね」

 少なくとも自分では。クマの老婆に管理を頼んでいる家も、今ではほとんど事務長の宿舎と化している。その現状を思い出し、たもっちゃんは「あぁ」とやるせないように呟く。

「家が持ち運べればなぁ」

「そうしたら、野宿しなくて済むよねえ」

 いいなあ。でもまあ、夢だよね。

 みたいな感じで最初からあきらめ悲しんでいたが、ふと気付く。よく考えたらいけんじゃねえかと。私には、でたらめなアイテムボックスがあるじゃんと。

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