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175 フルサイズ

 繊細により合わせた絹糸のように。

 色素の薄い真っ直ぐな髪に、透明度の極めて高い宝石めいてきらめく瞳。

 白皙の頬やあごの輪郭はすっきりと、しかしまろく優しいラインを描き、髪の間からつんと飛び出すとがった耳の形までもが鑑賞に耐え得る美しさを持っていた。

 そう、ここはエルフの里だ。

 右を見てもエルフ。

 左を見てもエルフ。

 斜め後ろを振り返ってみると、仲間になりたそうにそわそわしている変態がいた。なんとなくではあるが、あれには監視でも付けたほうがいいのではないか。

 そんなことを思いながらに、我々の作業は順調だった。いや、ごめん。我々と言うのは若干嘘だ。作業は大体、広場に集まってきてくれたエルフのご婦人たちが主導権をにぎってテキパキと進めた。

 ご婦人たちは、まずつるつるの葉っぱをとってきた。それではさむようにして、万能薬のペーストをこねこねと丸めるためである。

 素手で触るとペーストが手にくっ付いて、かなりのロスが出てしまう。その対策とのことだった。

 それを聞いて思い出してみると、今すでに丸薬として備蓄している万能薬は、お鍋に肉団子を投入する感じで小さなスプーンを二本使ってこねこね丸めたものだった。当然ながら、たもっちゃんがやった。あれは変なセンスが必要なため、丸める人間を選ぶのだ。

 では二枚の葉っぱでこねこねするのは簡単なお仕事かと言うと、必ずしもそうとは言えない。その証拠に、私はエルフが持った葉っぱの上に適当な量のペーストをせっせと置いて行くだけの係だ。

 私がこねるとなぜか知らんが丸薬にならず、ぱっさぱさのボッロボロになるのだ。あと、葉っぱの間にあるはずの万能薬のペーストが行方不明になることもあった。

 我ながら、役立たず加減がゆがみないなと感心すらしている。

 十二、三人のエルフが集まり、生まじめに作業してくれた結果、大人が三人煮れそうな鍋にこれでもかと残った万能薬のペーストは次々に丸薬の山へと姿を変えた。

 そうしてできた丸薬は一粒一粒ていねいに、平行作業で丈夫な葉っぱに包まれて行く。まさかの個別包装である。エルフの気遣いに抜かりはないのだ。

 丸薬を閉じ込め箱のようにさくさく折った葉っぱの上から、タコ糸めいた植物のつるをバッテンに巻く。余った部分でストラップ的な輪っかを作れば完成だ。サイズはかなり小さいが、なんかのおみやげのようなクオリティだった。

 ストラップ付きの丸薬の包みがどんどんできあがって行き、敷き物のスペースを圧迫し始め気が付いた。

「ねえ、これ多くない? いや、いるならいるだけ置いて行くけど」

 我々が所持する万能薬は、本来水薬であるべきものがなぜかペースト状になっている。それもすごくこげこげの。

 エルフのご婦人が主体となって、せっせと丸薬にしてくれているのはエルフの里に譲るぶん。昨日もらったエルフ製の万能薬の、ちゃんとした水薬のそれに見合う数を里に納めるためなのだ。

 しかしエルフが輪となって、作業している敷き物の上にどんどん増える丸薬の包みは相当に多い。まだ鍋の中身は半分ほどが消えただけだが、それでもかなりの数があるだろう。

 いや、必要なら必要なだけ持って行ってくれたらいいのだ。これからもうちの変態が、精神的に迷惑を掛けることは間違いがなかった。ここの人たち、エルフだし。

 少しでもその迷惑料になるのなら、それは逆にこちらとしても気持ち的に助かる。変態の業は深いので。

 だが、そうでないなら過分に作業することはない。なんとなくだが、ペーストが大量に残っているせいでやめ時が解らなくなっているのではないか。

 そう思って声を掛けたら、エルフの一人がふっと笑った。どことなく、こちらの浅はかさを見透かすような雰囲気があった。

 彼女はあごで、大鍋の中をくいっと示す。

「どうせ、あれでしょう? これ、放って置いたらずっとこのままになるんでしょう?」

 それでいざ必要になった時、一回ぶんに分けるところから大騒ぎしてもうなんかわっちゃわちゃになるんでしょ。そうでしょ。

 そんな感じで決め付けるエルフは、私が最初に会った少年の母で、たもっちゃんが最初に助けたエルフの女性だ。

 私は震えた。なんと言うことだと。

 完全に我々を見破っている。

「……本当に、なにからなにまでお手数をお掛けしてしまい……」

「いいのよ。結局得してるのはこっちだから」

 しょうがない子ねと言うように、おおらかにほほ笑むエルフたちの慈愛がひどい。

 こうして納入予定をはるかに超えて、万能薬の丸薬が山盛りに量産された頃。

 エルフたちの器用な手元に、絹糸のような頭の上に。そして我々だけでなく、里全体に影を落としてそれはきた。

「久しいのう!」

「音量」

 厚く重たい暗雲のように天をおおって、しかしごつごつとメタリックに輝く体。そして落ちてきた太陽めいて、タテに長い瞳孔を持った真っ黄色い瞳がぎょろぎょろと動く。

 ドラゴンさんだ。

 エルフの里の上空に突如現れた巨大なものは、大森林の頂点に位置する怪獣めいたドラゴンの体だ。

 最近は我々に気を使い、割と体を小さめにしてくれることが多かった。そのせいでちょっと軽く忘れていたが、最上位種のドラゴンさんは体が大きい。そうだった。自衛隊もびっくりなんだった。

 解ってみればそれだけのことだが、久々に見たフルサイズのドラゴンさんに世界の終末でもきたのかと思った。

 あと、体が異様に大きいせいか、声量がバカ。

 ぐわんぐわんと辺りに轟くドラゴンの声に、耳を押さえて逃げ惑う民衆。民衆と言うかただの我々。

 割と阿鼻叫喚の空気があったが、ドラゴンさんは無邪気だ。なんの悪気もなさそうに、巨大な体で里のほうへと下りてくる。

「嘘でしょ待って」

「折れる折れる。なんか全部折れるから」

 たもっちゃんと私の声は、多分届いていなかっただろう。しかし言わずにいられなかった。

 実際、里で一番高い木がメタリックな硬いうろこにぶつかって先端からめきめき細かく砕けるのが見えた。いまだに掛かったおいでませの垂れ幕が、悲痛に揺れて傾いて落ちる。それはなんだかちょっとほっとした。

 ドラゴンさんが見慣れた感じの子牛サイズに体を縮め、エルフの里の広場の中にふわふわ浮かんで下りてきたのは我々やエルフがだいぶん逃げ惑ってからだった。

 そして周囲のパニックには構わず、恐らく気付きすらせず、わくわくと輝くような表情で言った。

「宴会じゃそうじゃの?」

 そう、ドラゴンさんは別に勝手にきた訳ではなかった。招待されてやってきたのだ。

 そのことが発覚し、里長が里のエルフたちから一言先に言っとけと至極真っ当な突き上げを食らった。風の精霊に伝言を託し、ドラゴンさんを宴会に呼んだのは里長だった。

 ドラゴンさんは一般的に、エアストドラゴンと呼ばれるらしい。

 大森林でも最も高く険しい山に巣を作る最上位ドラゴンをそう呼んで、森を愛するエルフの中ではほとんど信仰されていた。

 そんな超ありがたいドラゴンの背に乗り、里から消えた子供のエルフが逆にごめんみたいな感じで複雑そうに途方に暮れて戻ってきたのはこの前の秋のことである。

「それはあれだね。私らと会った直後だね」

「あの時も、えらく騒ぎになってなぁ」

 エルフたちから一通り怒られた里長が、広場の敷き物に小さく座ってぽつぽつと話す。どことなく肩幅まで小さくなってる感じがするので、完全にお説教が効いていた。

 最上位種のドラゴンさんは体の大きさを自由に変える。子供を送ってきた時はゾウくらいの大きさだったが、それでも膨大な魔力を秘めているのがエルフには解った。

 里はそれこそこの世の終わりとばかりの騒動になったが、ドラゴンさんは割と人と話すのが好きだ。しばらく里で妙にくつろいですごしたあとで「またの」と軽く去って行き、そしてちょくちょく遊びにくるようになった。

「本来はあの様なお姿だったのだなぁ。流石、エアストドラゴンは風格が違うなぁ」

 まさかあんなに大きいとは、と。遠い目をした里長が膝をかかえてぼんやり呟く。

 これまで遊びにきていた時は大体ゾウくらいまでの大きさだったとのことで、恐らく彼もフルサイズのドラゴンさんは初めて見たのだ。

 そもそも精霊に伝言を託してドラゴンさんを呼んだのは、本人に頼まれていたからだそうだ。絶対その内我々がくるから、その集まりには自分も呼べと。

 言われた通りにしただけなのに、責められる里長。気の毒な感じがしなくもないが、でも仕方ない。びかびかの空がドラゴンさんだと気付くまで、我々もそこそこ恐かった。

 誰かに責任を追及したいし、里長を責める会には私もしっかり参加した。

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