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171 水薬

 私は金ちゃんの口に詫びおやつをこれでもかと突っ込み、レイニーが山盛りの料理を持って戻るなどしてそれぞれ宴を楽しんだ。

 私のは果たして楽しんでるのかちょっとよく解らなくはあったが、気遣いのエルフが我々の席に小まめに立ちより世話を焼いてくれるので意外に宴の中に溶け込めた気がする。

 そうでなければドッジボールができそうな開けた場所のど真ん中、貴様が主役だとでも言うような位置に座らされ居心地の悪い思いをするだけだったに違いない。

 いや、今でも正直いたたまれなさはある。

 夕暮れなのに木の上からはしっかりと、おいでませの歓迎垂れ幕が下がっているのがよく見えた。忍びない。

 もはや申し訳なさで胸いっぱいの我々に、顔を見せてくれるエルフには見知った者も多かった。中でも強い印象を持つのは今挨拶にきてくれた、白藍の瞳に透けるような白銀の髪の少年とその母だ。

「あの時は、薬とお茶くれてありがと」

 なんかすごく効いたと言って、某ドラゴンさんの手引きで出会った少年はうれしそうに笑った。無断で里から出た件でやはり外出禁止になったそうだが。里の中は出歩けるからまだよかったとのことだ。

 それから、と少年はちょっと困ったようにして葉っぱにくるんだ丸薬を差し出す。

「これ、使わなかったんだ。お茶がすごくきいたから。返す。それでね。もらった素材も、返したほうがいいって言われたんだけど、そのままだとだめになるからって里長たちが万能薬にしてくれたんだ」

 ちゃんと伝えなくてはと、少年の懸命な口調には使命感を感じた。家で練習してきたのかも知れない。母親はそんな様子を心配そうに見守って、どうにか伝えるべきを伝えた息子に密かにほっと息を吐いていた。

 彼女は話を終えた息子の後ろで連れの女性たちとうなずき合うと、手分けして運んできたものを敷き物の上にどんどんと並べる。

「あなた達の万能薬より品質は下がってしまうけど、無駄にするよりマシだと思って受け取って。お陰でひいお爺様も元気になって、感謝してるわ。娘の事も。必ず恩は返すから」

 そんなことを言いながら、どんどんどんどん増えて行くのは手の平サイズの小さめの容器だ。いや容器と言うか、容器かこれは。

 恐らく、なにかの植物をそのまま利用しているのだろう。

 スカイブルーに鈍い赤茶と紫色のなんとも言えないまだら模様で、首が長くて底の部分がぽってり丸い。食虫植物のウツボカズラが持っている、補虫袋のようなものに似ていた。

 肉食の植物感がすごくて直接飲むのに勇気がいるが、素材としては軽くて頑丈で持ち運びに向いているようだ。口の辺りをぎゅっと潰して折りたたみ、細く裂いた植物のつるできつくしばってもひび割れていない。

 さっきからちゃぽちゃぽ聞こえているのは、中に入ったエルフ特製の万能薬の音だろう。やはり、普通に作ると万能薬は水薬なのだ。

 渡した素材でできただけ、全部持ってきたらしい。宴会の料理が横によせられた敷き物の上に、えぐい色味のまだらの容器が増殖していくのはインパクトがあった。

「話ふぁふぁかった」

 私は山盛りになった万能薬の容器を見ながら、とりあえずうなずく。

 なにを言ってるかさっぱり伝わらなかった割に、レムングの花を食べたってことだけは解ったらしい。母エルフには「その痺れ、しばらく治らないわよ」とあきれられてしまった。

 さっきお茶を飲んだから自分的にはマシになってる手応えはあるが、どうにもまだろれつが元に戻らない。どうしようかと思っていたら、意外な救世主がすぐそばにいた。

 救世主と言うか、天使だが。

「気にしにゃくてひひにょに」

「気にしなくて良いそうです」

「はんにょう薬ふぁひっかひあひぇたもにょとぁし、持ってて」

「万能薬は一回あげたものだから、持っていてはどうか、と」

「ええ? でも……」

 それではもらうばかりになってしまうと、母エルフが難色を示す。しかしそれにはレイニーが、すっと手を上げ首を振る。

「お静かに」

 議長か。

 レイニーは食事の手を止めて、語尾などは微妙に違うが内容としては大体合った通訳をしていた。

「ふぁたし、はんにょう薬作れにゃ――」

「あ、解りました。リコさんは自力で万能薬が作れないので、素材を万能薬にして戻して頂けて逆に有難いそうです」

「にゃんにゃりゃ」

「そうですね。何ならお礼に丸薬の万能薬を渡したい、と」

「そんなの。こっちがお礼するほうなのに」

「ですが、エルフの里でも万能薬の備えはあったほうが良いでしょう。リコさんとそこの子供が出会った事は幸運でしたが、二度目の奇跡は期待しないのが賢明です」

 仲間たちと顔を見合わせ困り果てるエルフに対し、レイニーは引かず正論で攻めた。

 そうよね。あの子、万能薬の素材を求めて大森林を一人でふらふらさまよってたものね。

 おじいちゃんの体調を心配してのことだが、あれはなんか、話に聞いただけでも恐くてやだよね。

 それにはエルフの大人たちも同意のようで、母エルフを筆頭にお手製の万能薬を運んできたエルフらは、絶対に! 恩は! 返して! みせるから! と、なぜかくやしげに捨てゼリフを言いつつ引き下がってくれた。

 最終的にはエルフ製の万能薬を半分もらうことにして、その製造コストに見合うくらいの丸薬をせっせと丸めて押し付ける、と言うことに落ち着く。

 それでええんや。素材はあっても魔力がザコの私では、ほぼほぼ寝かせておくだけでいつまでも万能薬に化けたりはせんのや。

 今持ってる丸薬も、ひたすらドラゴンさんのご厚意による。あと、普通に水薬の万能薬がありがたい。丸薬はどうにも怪しまれるし、患者の意識がない時に困る。

 この話と言うか交渉は、レイニーがした。

 途中からはうっとうしげに私の話を早々に止めて適当に話を進めていたので、最初から通訳などではなかった可能性が濃厚だ。

 いや、私もね。

 なんかえらい助けてくれたなと思ってはいたの。途中から私ガン無視だったけど。

 その理由は、割とすぐに解った。

 とりあえず半分受け取った万能薬のえぐい容器をアイテム袋と見せ掛けてアイテムボックスにぽいぽい雑にしまっていると、レイニーが妙にキリッとした顔で言った。

「わたくし、御役に立ったと思うのですが」

 それは確かにそうだった。助かることは助かった。だから「そうね」とうなずくと、うちの天使は青い瞳をぴかぴかさせた。

「ですから、あつかんをつけて下さい」

 歌うように優しい声で、おねだりの内容があまりにひどい。

 エルフの料理は煮たり焼いたり、素材を活かした素朴なものが多かった。大森林ではスパイスも採集できるので、やたらと素材そのままと言うこともない。ただあえて、余計なことはしない主義をつらぬいているのだ。

 その味に、きっと日本酒はすごく合う。

 至極熱心にレイニーは訴え、私は宴に沸き立つ広場の隅に引きずって行かれた。そして仮設のかまどの一つを借りて、熱燗をつけるだけのマシーンとされた。

 エルフの里は、滅多に人族を受け入れぬと聞く。そんな場所までやってきて、私は一体なにをしているか。

 ふとそんなことが頭をよぎるが、しかし会場の真ん中で慣れない主賓扱いをされているよりは、なんかこう言う端っこでちまちま作業しているほうが向いている気はした。

 仕方ない。魔力の素養だけでなく、骨の髄まで陰キャの村人モブなのだ。目立たない端っこ、実家のように落ち着く。

 金ちゃんはこの世の春を謳歌しているメガネの所にそっと預けて、早く早くと私の隣に屈んで急かすレイニーと二人で私の代わりにかまどの火を見るエルフを見ていた。

 私がかまどを借りて熱燗をつけるマシーンだと言ったな。あれは嘘だ。嘘と言うか、最初はやろうとしてみたが、ムリだった。ガスでもIHでもなく、薪の直火でほどほどの火加減とかできる訳がなかった。

 なぜだかさっぱり解らないのだが、薪をぼんぼんぶち込んでたらかまどの火口や鍋の横からやたらと火が吹き出した。それで周りのエルフがあわてて、おいやめろと私をかまどから引き離し、見学とした。助かる。

 エルフが自分の料理の合間に熱燗を見てくれているのを後ろでぼーっと眺めていると、「お久しぶりです」と横から声を掛けられた。

 見ると、屈んだ我々に付き合って近くに屈んだ青年がぺこりと小さく頭を下げる。

 彼の耳はとがらず丸く、髪も瞳も色が濃い。濃いと言うか普通なのだが、色素の薄いエルフにまざると色彩が違う。

 彼は明らかな人族だった。恐らくはエルフの里に唯一暮らす人族で、その首には首輪があった。それは奴隷の身分を示したものだ。

 彼には一人の連れがいた。優しくほほ笑むエルフの女性だ。親しげな二人の距離感に、彼が誰だか思い出す。

 クレブリで出会った元城主。そしてユーディットの一人息子で、愛妻はエルフ。

 たもっちゃんが嫉妬し憧れる、エルフ的リア充の青年である。

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