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169 日本の田舎

 その家屋の特徴は、まず、やけにぶ厚い植物の屋根だ。

 水に強い丈夫な草を大量に重ねて作られて、雨風を防ぎ断熱と保温に優れるらしい。そしてその重い屋根を支えているのは木でできた、太く頑丈な梁や柱だ。

 外に面した縁側の奥には敷居にスライド式のドアがあり、木製のサッシに入っているのは透明な平らな板だった。家の作りは昔ばなしのおもむきがあるが、ガラスのはまった引き戸を見るとやはり昭和の息吹きも感じる。

 さらに、そのガラス戸の向こうにはみがき込まれた板張りの居間。なぜ居間だと解ったかと言えば、広い板間の真ん中に四角く囲炉裏が切られているからだ。

 我々が妙なテンションで、取り乱してしまったこともムリもない話だと思う。

 ここは昔の日本の田舎かと。

 案内された里長の家は、外観も内部も、茅葺屋根の古い民家にとてもよく似ていた。

 エルフの里で、まさかのジャポニズムとの再会である。

 この世界で出会ったエルフは肉も食べるし鉄器も使うタイプだが、それでも心と生活は大森林と共にある。

 衣服や家具は自然素材で作られて、その暮らしのほとんどを狩りや自給自足でまかなっているのだ。

 だからその住宅が、木材などの植物を使い建てられているのは当然と言えば当然のことだ。ただその素朴なビジュアルが、我々の琴線をじゃんじゃかかき鳴らしているだけで。

「田舎だ! 田舎だ!」

「お寺だ! お寺だ!」

 たもっちゃんと私は意味の解らない雄叫びを上げた。

 挨拶もそこそこに初対面の人様の家に上がり込み、土足禁止のフローリングを遠慮なく全身でなでまわしておいた。

 そして最終形態として直立不動の格好で板間の上に倒れ伏し、ぼく、さとおささんちのこどもになる! などとワガママを言った。たもっちゃんだけでなく、私も言った。

 反省はしている。金ちゃんの鎖をそっと持ち、まだ外にいたレイニーが他人のような顔をしていた。

 我々の奇行は当然ながら里長を含むその場のエルフを心の底から困惑させたが、靴を脱いで上がるタイプのお家自体が久しぶりだった。これは多分仕方ない。

 里長たちは、我々が自分で冷静になるのを辛抱強く待った。声を掛けるのが恐かったのかも知れない。

「……気に入ったなら、よかった。狭い家だが、滞在中はどうぞ好きに過ごされるとよい」

 そう言ってくれた男性は、やはりエルフの一員らしく美しい。ただし見た目の上では壮年と言う雰囲気で、エルフの中ではかなり年かさのように思われた。

 この、里長と呼ばれる人物を含め、我々を待っていたのは五人の男女だ。ここまで案内してくれた、若いエルフは彼らを長老たちと呼んでいた。

 確かに、彼らは今まで見知ったエルフたちより年齢を重ねているようだ。五人はそれぞれ多少なりとも老境を感じさせるものはあったが、それでも長老と言われると少々若すぎるとしか思えない。

 しかし、エルフは総じて長命なのだ。

 壮年や初老に見えても実際は、もっとずっと長く生きているのかも知れない。エルフの年を外見から計るのは恐らく無益だ。

 年かさのエルフは植物で編んだ固く丸い座布団の上に一人ずつ座り、たもっちゃんと私を輪に加えぐるりと囲炉裏を囲んで向き合っていた。

 レイニーと金ちゃんはまだ外だ。ちらりと見ると金ちゃんは絨毯めいて一面に落ちた黄色い花弁を次々拾い、無限にむしゃむしゃ食べている。やめなさい。

 今すぐ走って止めに行こうかと思っていると、色素の薄い髪と目に特徴的なとがった耳の、そして理知的なエルフのご婦人がするりと流れるように頭を下げた。

「まず礼を言わせておくれ。同胞が世話になりました」

「わたしも、心から礼を。攫われた者とも探しに出た者とも、もう二度と会えはしないかと覚悟していたから」

 沈むように続いた二人目の言葉を、里長はわずかに眉をひそめてたしなめる。

「その様な事、今は言わずともよいだろう」

「まあまあ。老いたのはみな同じ。不安は解るさ。それより、レギナルト=アロイジウスに話をさせてやろうじゃないか」

 鷹揚に取りなす男性に水を向けられ、イケジェントルと言った感じの老いたエルフが片手は膝に、片手を前方の床に置く。そして背筋を伸ばしたままに一礼したが、雰囲気的になにかの作法なのかも知れない。

「ひ孫とひ孫の息子から、大層世話になったと聞いている。感謝申し上げる。ひ孫の娘を助けられただけでなく、貴重な薬を分けて頂いた事、どう返して行けばよいのか。途方に暮れる心持ちではあるが」

「お堅いね、レギは」

「お前さんが柔らか過ぎるのさ」

 違いない、と笑い合う老人会の話によると、このレギナルト=アロイジウスはかつてドラゴンさんの手引きによって私の前に現れた少年エルフのおじいちゃんとのことだった。

 ただし、長命なエルフは存命のおじいちゃんおばあちゃんがわんさかといる。だからこのおじいちゃんに関しても、正確に言うなら少年から見てひいおじいちゃんの親に当たる続き柄らしい。

「あ、じゃあ、あの子が言ってたおじいちゃんですか? 具合悪いって聞きましたけど、大丈夫ですか?」

「あぁ、もうすっかりね。大変な薬や素材をありがとう」

「それがさ、お嬢ちゃん」

 礼を言うおじいちゃんにほのぼのと、そりゃーよかったとうなずく私に横から口をはさむのは老人会のメンバーだった。

 その男もまた四十かそこらの姿に見えて、けれども空気は若々しかった。まだまだ少年の心を失わないとでも言うような、いたずらな笑みを浮かべているせいもあるのだろうか。

 私がいつも鉄壁かと疑うスーパーストレートヘアを誇るエルフにはめずらしく、彼はやんちゃにはねるくせっ毛を少し長いイケメン風のショートカットに整えている。

 そしてその整った容姿を人の悪い笑みに染め、レギナルトおじいちゃんの肩に手を置きにやにやと愉快げに言った。

「レギは別に体を悪くしたんじゃないんだよ。離れた家族が心配でしょうがないって、心労で倒れてしまったんだよ」

「えっ、それ、薬効きました?」

「効かないよ」

 と、あきれながらもやはり笑って、くせっ毛のエルフがからからと答える。

「レギのところにいる小さいのはね、万能薬なら何にでも効くと思ってた様だが。心労はねえ」

 じゃあなんでおじいちゃんが復調してて、お礼まで言ってくれたのかと思ったら、効いたのは薬じゃなくて健康なほうのお茶だった。

 ああ、そっちか。

「鑑定したら普通の薬草だったけど、何か健康付いてるし。一応試すかって言ってねえ」

「あれは驚いたね。あんな腑抜けになってたレギが、二日もしたら元通りだもの」

 くせっ毛の男にうなずいて、心労で弱った仲間をふぬけと言い切るおばあちゃん強い。ただし見た目はおばあちゃんと言うより、ちょっと先輩のお姉さま程度だ。

 あれはなんなの? 薬草に見えるけど、本当は強めのやばい草とか言うの?

 そんな感じで多分冗談半分に。若々しい先輩がたから軽く問い詰められる私の横では、うちのメガネがなぜか嫉妬にキリキリと力いっぱい歯噛みしていた。

 エルフにじりじり詰めよられているのがうらやましいらしい。仕方ない。変態の業は深いのだ。

 キリキリする変態は、しかしすぐに機嫌を直した。気を使った里長たちにちやほやと、同胞の救出についてかなり丁重な礼を言われてものすごくでれでれぐねぐねしていた。

 さすがだ。うちの変態が老獪なエルフの手の平で積極的に踊り狂っているではないか。

 謎の頼もしさを感じていると、縁側に面したガラス戸がさっと開いて声がした。

「タモツさん、リコさん。宴の準備ができたそうです。行きましょう。すぐに行きましょう。何をしているんです。さぁ、急いで」

 表情を期待いっぱいにきらきらさせて、ものすごく急かすレイニーだった。

 いや、それよりも。見れば庭では金ちゃんが、かじり掛けの花を手にしてびくんびくんと痙攣しながら地面に倒れ伏している。

「ねえ、それ大丈夫? やばくない? ねえ、金ちゃん。大丈夫?」

「あー。やっぱりか」

 なにがあったと縁側に這い出る私に続き、長老たちがのん気そうに顔を出す。

「この花、おいしいけど痺れるんだよね」

「それ、毒って言いませんか?」

「痺れるけどおいしいんだよ」

 それに、しびれるだけで害はない。なぜそれが解るかと言うと、この花が落ちる季節になるとびくんびくんと痙攣しながら行き倒れるエルフが毎年散見されるためだった。

 それも子供だけでなく、大人のエルフもまあまあやられるとのことだ。

 承知の上で行くほどなのかとちょっとだけ食べてみたい気もしたが、行き倒れる金ちゃんの様が恐すぎるのでものすごく迷った。

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