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168 メガネの生態

 エルフの里は大森林の中にある。

 そもそも大森林と言うものは、その全てが険しく広い。人族獣族関わらず、冒険者でさえ分け入ることができる範囲は全体を見ればほんの外縁のことだった。

 エルフの里はそれより深い、もっと奥まった場所にある。

 それでも大森林の中心部にはとても及びはしないから、やはりこの森は深く広大と言うほかになかった。

 その大森林の一角で、我々はエルフたちとの再会を果たした。

 そして、とても怒られていた。

「どう言うつもり?」

 腕組みで仁王立ちするエルフたちに囲まれて、たもっちゃんとレイニーと私は粛々と自主的に正座する。

 春になり防寒毛皮を脱したうちの金ちゃんは、どっかりあぐらを組みながらあくびなどして退屈そうだ。トロールだから誰も気にはしてないが、私は少しうらやんでいる。

「今頃になって現れるなんて」

 不機嫌そのままの声色で、そう言ったのは我々を取り囲むエルフの一人。白藍の瞳に透けるような白銀の、真っ直ぐな長い髪を持つ女性だ。

 彼女のことは知っている。

 かつて、某最上位種のドラゴンさんに連れられて私の所へやってきた、万能薬の素材を求めし少年エルフの母である。我々と大森林のエルフの縁は全てここから始まった。

 そしてこの母エルフ本人もまた、うちの無害なタイプの変態が悪い奴から一番最初に取り返してきたエルフでもあった。

 さらわれた自らの娘を探すため大森林を離れたはいいが、自分もうっかり捕まっていたのだ。うっかり具合が本当にやばい。

 つまり、恩着せがましいのを承知で言うと、我々は彼女らの恩人のはずだ。それが正座で怒られている。正座はなんとなく自主的にしたが、疑問をいだかずにいられない。どうしてこんなことになっているのか。

 母エルフは白藍の瞳をきつくして、怒りを含んだ視線をよこす。お怒りである。そしてここにいるエルフはみんな苦々しげに、舌打ちせんばかりの空気感があった。

 なぜなのか。

 最後のエルフを助け出し、大森林へと戻る彼らは我々をエルフの里へ招いてくれたはずだった。なのにこのしょっぱい対応はどうだ。

 もしかして、あれは妄想だったのだろうか。たもっちゃんの変態ぶりがいよいよ私にまで伝染したとでも言うのか。恐ろしい。なんと言う悲劇だ。

 そんな恐怖に震えていると、まあ、普通にそう言う話ではなかった。

 エルフらは、生まれ持つノーブルな雰囲気をかなぐり捨ててぷりぷりと怒る。

「遅い」

「遅いのよ」

「どれだけ待たせれば気が済むんだ」

「準備が台無しだ!」

「その男がエルフの里に招待されて、大人しく待てるはずがないだろう? 絶対すぐにくると思っていたのに」

「もう春じゃないか」

「冬の間から宴を用意して待ってたのになぁ」

「全部最初からやり直しだな」

「備蓄は足りるか?」

「おい、長老たちに知らせを……」

 わあわあと同時にしゃべり出すエルフの中に、異様にメガネの生態に詳しい奴がいたような気がする。変態を熟知し理解を深めつつあるエルフ。複雑な気分だ。

 エルフたちが口々に、ぐいぐい訴えてくる苦情の中身を総合すると歓迎されてない訳でもなさそうだった。

 人族の国から大森林に引き上げてきたエルフたちは張り切って、早い内から歓迎会を準備していたのに我々がなかなかこないからしびれを切らせていたらしい。

 マジかよごめん。

 実際、引っ立てられるようにして連れ込まれた場所は、おいでませエルフの里感がすごかった。全く意味は解らないと思うが、里にある一番高い木に歓迎の垂れ幕とかしてあった。観光客を呼び込む温泉地かなにかか。

 エルフの里は、大自然と共にある。

 いや、ほんとに。

 まだ春になったばかりと言うのに草木にうもれた道とも言えない道を歩いて、ふと、顔を上げるとそこはすでに里だった。

 なんだとばかな。魔獣がいっぱいでマジやべえと聞く大森林で柵も壁もねえじゃねえかと思ったら、エルフの里は視覚や方向感覚をあざむく特殊な魔木で囲まれているそうだ。

 恐らく里のエルフの案内がなければ、里が存在していることすら気付けない種類のものだろう。

 まずそのために我々も約束の地点に一度行き、申し合わせた合図のリズムで魔法の火の玉を打ち上げてエルフの迎えを待つ必要があった。そう言う約束だったのだ。

 向かうのが秘密めいたエルフの里と言うこともあり、我々は慎重に人目を避けた。いや、避ける気持ちは持ってはいたが、冬が明けたばかりだからだろうか。そもそも大森林には人が少なく、楽勝だった。

 そしたらさ、あれよ。

 意気揚々と火の玉を上げたらあっと言う間に迎えと言うには団体すぎる人数が現れ、我々をぐるりと囲んだ上でぷりぷり怒り出したのだ。ごめんて。

 よそ者や魔獣の脅威からエルフたちを切り離す守護の森の境界を越えると、そこで初めて里の姿が目に映る。それはやっぱり、視界いっぱいの森だった。

 軽く整えた樹木の間にちらほら素朴な家屋が見え隠れするが、それは森の風景にひどくなじむものだった。

 大森林を切り開き、人工的な里を作ったと言う感じがしない。まるで、最初からこうあるべきものだったかのようだ。

 里に入ると、木々の合間に少し開けた空間があった。そこへ木の葉や草をかき分けてどこからともなくエルフたちが集まったかと思うと、すぐに子供や一部の大人が悲鳴を上げて逃げてった。

 完全に我々のせいである。

 と言うか金ちゃんのせいだった。

「トロールだからなぁ」

「トロールはしょうがないよなぁ」

 同胞の救出に参加して、すでに王都で金ちゃんのことを見知ったエルフは逃げて行く里の仲間を見送りながらのん気そうにそんなことを言った。そうか、仕方ないのか。トロールだから。

 里に入り込んできた金ちゃんと言う名のトロールに、クモの子を散らすように逃げ出したのは今回が初対面となる留守番組のエルフたちだったようだ。

 トロールは大森林の暴れ者と呼ばれる。同じく大森林で暮らすエルフは、幼い頃からその恐ろしさを叩き込まれているのかも知れない。

 異世界育ちの我々にしたらいまいちピンとこない感覚ではあるが、恐ろしい猛獣を目の前で見てしまった感じだろうか。だとしたら、首輪によって飼いならされた金ちゃんはサーカスのライオンに近いだろうか。

 いや、でも金ちゃんは割とサービスがいい。火の輪をくぐるライオンよりも、クマのほうが近いかも知れない。おやつを持って頼んだら、三輪車くらいは乗るような気がする。

 でもクマって言うとベーア族、ひいてはのんびりとしたヴィエル村のことを思い出す。もうなにも解らない。それにベーア族なら多分余裕で三輪車は乗る。幼児のクマに与えたら、きっとかわいいことになるだろう。

「たもっちゃん、三輪車って作れない?」

「何で?」

 とりあえず聞くと、たもっちゃんはなにがどうして今そうなったと表情で語った。

 わかる。これは私の説明がなさすぎた。戸惑うのも解る。

 しかし周囲にあふれるエルフに対してでれでれぐねぐね軟体動物ようにもだえているのに、変態の対応が私にだけ真顔。いっそ逆にすごいなと思う。

 金ちゃんはいつも子供にそこそこ人気があると言うのにここではいきなり嫌われて、さぞや傷付いているかと思えばどうやらそんなの関係なかった。

 退屈そうに太い小指でぐりぐりと自分の耳をほじくったりしている。なんと言う無頼。ただのおっさんって気もする。

 おやつをくれればサービスもするが、おやつがないならどうでもいいと言わんばかりだ。

 強すぎメンタルにうっかり一人でしびれていると、我々を迎えたエルフの中から二、三人が進み出て告げる。

「まずは里長の家へ案内しよう」

「長老達も直接礼が言いたいと首を長くしてお待ちだ」

 気高いエルフが、ほかならぬ自分を待ちわびている。

 例え待っているのがじじばばであろうと、その状況は変態に効いた。

 すぐ行こう今行こうと案内役を引っ張るような勢いで、たもっちゃんは先を急いだ。

 里長の家は、少し奥まった場所だった。

 そこには大きな木があった。その木の花はすでにいくらか落ちていて、手の平ほどの花びらで視界を深い黄色であざやかに染めた。

 その色に埋もれるようにして、ほかよりも少しばかり大きい作りの家がある。

 屋根は昔の茅葺めいて植物の素材で厚く守られ、軒の下にはみがき込まれた広い縁側。

 我々は思わず息を飲む。なんだこのノスタルジーは。昭和初期の田舎かここは。

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