167 品質と希少性
価格は品質と希少性をかんがみて、相応のものであるべきだ。
安すぎてはいけない。
高すぎると悲しい。
そんな真剣な話し合いの末、日本酒の買い取り価格が決定された。
「では、ギルドでの引き取りは一樽銀貨二枚と銅貨十四枚と言う事で」
初老の男性職員が確認に入り、美しきギルド長が重々しくうなずく。
少なくとも表面上は淡々と。
「……仕方ない」
呟く女性の柿渋色の巻き髪が、どことなくしんなりしている気はするが。
銀貨二枚に銅貨十四枚の買い取り価格は、酒飲みたちには結構つらい額らしい。
小売価格は当然ながら、もっと高くなるはずだ。樽の中身は二リットル近いが、私の庶民感覚からすると湯水のようには飲めない値段になってしまった。
彼らはそれでもいいのかなと思ったら、全然よくはないようだ。
ギルド長と初老の職員をふと見たら、ぎゅっと悲痛に両目を閉じてすごく奥歯を噛みしめていた。
まだ世の中に出てないダンジョン産のお酒と知って、買い取り価格を主体となって決めたのは彼らだ。そんなに悲しむくらいだったらもうちょっと安くすればいいのにと思うが、立場と役職を全うした結果がこれらしい。
不器用すぎる。
「……この値段だと、さっきの魔石じゃ昨日の飲み代に足りないわね」
「確かに。もっと用意してきましょう」
加えて律儀にそんなことを言い出したので、たもっちゃんと私はもうダメだった。
「待って。やめて。これ以上俺達にあんたらを可哀想がらせないで。やめて」
かわいそうと言いながらメガネは腹をかかえて笑っていたので、説得力はなにもない。わかる。私も笑ってる。
一通り酸欠になった我々は、追加の魔石はやはり断り逆にダシとお味噌をお分けしておいた。二日酔いの症状と親和性がすごいから、つらい時にはお湯で溶いて味わって欲しい。
そして彼らおもむろに、ダンジョンの場所を我々にたずねた。
ギルド長は言う。
「新しいダンジョンを発見したら、報告するのは義務なのよ。ダンジョンは危険が付き物だから。稀ではあるけど、外までモンスターが溢れてくる事もあるし。決して、個人的に所在が知りたいとかではなくてね。義務なの。本当なのよ」
信じてとばかりに抑えた必死さがにじんでいるが、だとしたら、お酒の値段を決めるより先にダンジョンの場所を確認するべきだったのではないか。なんか順序がおかしくないか。そんな疑問が頭をよぎる。
しかしまあ、順序は大した問題ではないのかも知れない。酒飲みたちの欲望が、ちょっと先走ってしまったのだろう。
だからそれとして、問題はダンジョンのことだった。ギルド未確認のダンジョンに関して、情報を秘匿してはいけないらしい。
なんと言うことだ。ピンチではないか。これは全然なにも考えてなかった。
正直嫌だ。秘密にしたい。
彼らの求める日本酒が出るのは、我々が大事に育てた調味料ダンジョンの中である。せっかく作った調味料の供給場所を、荒らされるのがすごくやだ。
我々は、食に貪欲な日本人なのである。
単に我々が貪欲なのを日本人全部にかぶせた訳だが、地球産調味料への熱量は我々と異世界人では明らかに違うはずだった。そんな奴らにうちの子の管理は任せたくはない。うちの子って言うか、調味料だけど。
どうすんだメガネ。これはゆゆしき事態だぞと奥歯をキリキリさせながら見ると、たもっちゃんはなんだかすごくのん気そうに普通に答えた。
「言ってもいいですけど、大森林の中ですよ」
「そんなあっさりたもっちゃん」
せめて躊躇して。そんな思いが胸をよぎるが、たもっちゃんは首を振る。
「怒られるのやだもん」
「……まあ、それはね。そうね」
報告は義務って、そう言うことよね。
ダンジョンは危険なものだから、きっと報告が義務付けられたのだろう。
仕方ない。と自分に言い聞かせ、私は心を落ち着けようとした。しかし、ふと。
苦々しい思いで顔を上げると、テーブルの向こうでイスに座った酒飲みたちがこの世の終わりみたいな顔をしていた。
「大森林……」
「大森林の中……」
重たく肩を落とした冒険者ギルドの二人によると、未発見のダンジョンも大森林の中なら別に報告しなくていいらしい。
大森林は元々危険な場所である。わざわざ中に入るのはそれを承知の者たちだけだ。それゆえに、万一ダンジョンモンスターがあふれたとしても問題とはされない。自分の身も守れず、撤退の見極めもできないのが悪い。と、言うことになる。
加えて、報告されても大森林では冒険者ギルドも管理はできない。バックアップもしてやれないので、報告は発見者の意志にゆだねられ利益の独占も罪とはならない。
調味料ダンジョン、逆転無罪。
あと、たもっちゃんはこの抜け道を最初から知ってた。先に言えと心底思う。
まあしかし、この制度の穴に問題が全くないとは決して言えない。なにがあっても自己責任だし、次にダンジョンを見付けた者と利益を争いトラブルになることもある。
それに、大森林にも住人はいる。エルフとか。そちらのフォローもできてない。
しかし、それでも秘匿は罪ではないのだ。
ギルド的には正直困ることもある。だが、現状はそう言うことになっている。
ギルド的には、困ってしまうが。
チラチラこちらを見ながらに、ギルド長はそんなお話をしてくれた。
どうやら個人的にあきらめられず、大体の場所だけでもこぼさないかと様子をうかがっているようだ。なぜなのか。なにが彼女をそうさせるのか。お酒にばっか執着してたら体と人間関係壊すわよ。
つらいことでもあるのだろうかと心配になるので、ギルド長はお酒を控えてもふもふとした生き物をこれでもかと揉みしだくなどしたほうがいいような気がする。
この執念深さ、と言うかあきらめの悪さは、恐らく困るべきところだったのだろう。
しかし、我々はにぶかった。
なんか言ってんなくらいの感じで、折れることなくずっとヘラヘラ聞いていた。結果、なんか大丈夫だった。こちらより先にあちらが折れた。我に返ったのかも知れない。
アルコールに毒された美しい女性は、ダンジョンの情報をものすごくしぶしぶあきらめた。心底残念そうに我々を解放しようとしたその横で、「おや」と言うような顔をするのは初老の男性職員だ。
「あのお話は宜しいので?」
「……あぁ、あの話……ね」
慎重にうなずくギルド長に対して、年かさの職員は怪しむようにすっと目を細めた。
「グランツファーデンの風呂の事ですが」
「あっ、あれね! そう、そうなのよ」
美しきギルド長をそんなに知らない私にも解る。最初はやんわり話を合わせてただけで、完全に忘れてた時のやつだと。
「あんた達が作った露天風呂、あれをね、少し改修したのよ」
直したのは地面に直接ぶっ刺しただけの、お湯取りパイプ部分だそうだ。パイプ代わりに使用したフラウムの木の周りの地面が段々えぐれて、水もれが始まってしまったらしい。
「放っておくと陥没や浸水の被害が出ると言うので、職人を呼んで補強させたのよ」
「あの……適当な仕事してすいません……」
妙にがんばって温泉を掘ったのは男子たちだが、そこにフラウムの木をぶっ刺してテキトーに土で埋めたのは私だ。責任を感じる。
「それはいいのよ。グランツファーデンが風呂を好むと証明した功績もあるし」
「功績」
なんだそれは。私は親分と呼んで敬愛してやまない、金ぴかのサルのお背中を流していただけだ。功績て。なにもかも偶然のなせる業である。苦笑いが止まらない。
しかし、笑ってばかりもいられなかった。
修繕したとわざわざ報告してきたってことは、露天風呂施設の補修費用を要求されてしまうのかも知れない。
そんな不安でびくびくしてたら、そう言う話でもなかったようだ。
「あの風呂はあんた達が作ったものだから、一応ね。手を加えた報告だけはしておかないと思って。ごめんなさいね。断りもなく」
ただそれだけの、律儀な業務連絡だったのだ。これは逆に申し訳ない。我々が雑な施工をしたために。
いや、でも。そうでもないか。
昨日の夜、彼らは話があると我々の前に現れたのだ。そしてそこから酒盛りになった。
この酒飲みたちと日本酒の邂逅は、その流れによって果たされた。
じゃあいいか。アイテムボックスに秘蔵した、日本酒入りの角樽はほとんどをギルドの資金で巻き上げられた。その中で各自五つほど、自分たちの確保した樽を愛しげに抱きしめる酒飲み二人を見ているとそんな気がする。
では今回得た教訓は、水回りはプロに任せたほうがいいと言うことだけだろう。
うん。多分違うかなと思ってはいる。




