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165 花砂糖

 変態の念願。

 エルフ好きのパライソ。

 そう、ここは憧れの大森林だった。

 長かった。たどり着くまでが。

 エルフの里に行きたいと、何度メガネが泣いたか解らない。と言うか今も、夜のたき火に照らされてうちの変態は泣いている。

「やっと……やっとエルフの里に……陰謀かと思うくらい邪魔が入ったけど、やっと俺は桃源郷に……」

 ここにくるまで想像以上の困難があった。こんなことならヒマさえあれば、ちょくちょく遊びに行っとけばよかった。

 たもっちゃんは火のそばで半生スルメ的なものをあぶりつつ、先方にしてみたら迷惑極まりないグチをこぼした。

 でもごめん、大森林って言うのは嘘だ。

 砂糖産業の盛んな領地で地主の家により道したので、大森林への入り口である間際の町に到着したのは夜になってのことだった。

 今回は王都のマダム・フレイヤから依頼を受けていることもあり、ちゃんとギルドを通した形で大森林に入りたい。

 しかしもうなんか時間も遅いし、明日じゃない? 色々と。そんな感じでこの夜は、野営地と定めた大森林の間際の町にほど近い原っぱで野宿することにした。

 この前の夏にきた時はそこら中に草がおいしげっていたが、冬の間に枯れたのだろう。町の外の原っぱはただの荒地になっていて、ぴこぴこ短い草の芽が地表に少し生えているにすぎない。

 春とは言っても、日が落ちればどことはなく肌寒い。今はまだたき火の炎や汁物があたたかくて心地いいくらいだ。

 こうしてなにもない場所でぼんやり火を囲んでいると、この火影に映し出される限られた範囲が世界の全てなのではと思う。

 ほかの場所とはすっかり切り離されたような気がして、妙にまったりしてしまうのだ。

 まあ、普通にそんな訳はない。

 少し離れた所にはいくつも灯る魔石の明かりが見られるし、ただ町の喧騒といくらか距離があるだけだ。

 それを証明するかのように、しばらくすると町のほうから人影が二つ、それぞれ手に明かりを持ってこちらに向かって近付いてきた。

「やっぱり。あんた達だと思ったわ」

 我々のほうへ魔石で光るカンテラを向け、あきれたように美女が言う。

 彼女は白いシャツにくるぶし丈の巻きスカートで、ごついベルトで細い剣を吊るし持つ。まだ寒さの残る季節のためか、肩には上着を引っ掛けているがシャツの前はほぼほぼ開き中からビキニアーマーが見えていた。

 私はこの、ばいーんとした感じを知っている。

 柿渋色の長い巻き髪をゴージャスに揺らして歩いてきたのは、大森林の間際の町で冒険者ギルドを預かっているギルド長その人である。

 彼女の斜め後ろに付き添った、初老の男性にも見覚えがあった。前にギルドでお世話になった時、我々を担当してくれた職員がこんな感じだった気がする。

 なにしてんだ。二人して。

「話があったのよ。なのに、随分待たされたわ。中々顔を見せないから」

 美しきギルド長は、完全に自分のビジュアルを解った上で少しすねたように我々をにらんだ。悪くない。いや、むしろいい。そんな気持ちになるのはなぜだろう。

「よく俺達だって解りましたね。あ、お酒大丈夫ですか? 試します?」

「すぐそこが町だって言うのに、こんな所で野宿するのはあんた達くらいよ。……悪くないわね、このお酒」

 たもっちゃんから丸っこい湯飲みのようなうつわを渡され、口を付けたギルド長と職員は同時に「おっ」と表情を変えた。

 中身は日本酒。たもっちゃんが謎イカをあぶるかたわらで、湯煎しておいた熱燗である。

 鍋は鉄の棒を三脚のように組み合わせ、たき火の上に据えた台から鎖を垂らして掛けてある。見た目のキャンプ感がすごいのに、においはとてもイカと日本酒。

 日本酒は、大体日本で作られる。例外もあるのかも知れないが、とりあえず、地球が原産の酒である。

 そんなものをどうしたのかと思ったら、例の、もはや調味料以外のアイテムも多い調味料ダンジョンでドロップしてあったものらしい。

 ウナギを蒸し焼きにするのに使うし、お米を炊く時も少し入れるといいそうだ。じゃあ仕方ない。それは絶対に必要だ。仕方ない。

 エルフの里訪問前夜に張り切って、あぶったイカで酒を飲むうちのメガネはさぞやこぶしが利いているのかと思えば、そうでもなくて酒には弱い。熱燗で言うと、おちょこ二杯でふにゃふにゃになる。

 代わりにと言うか、意外にレイニーがアルコールを好んだ。

 謎イカをぐにぐに噛みちぎり、結構イケると熱燗をきゅっとやっている。天使とは一体なんなのか。北国のさびれた港町とかで、演歌みたいな人生を送ってそうな雰囲気があった。ただの私の偏見って気もする。

 冒険者ギルドからやってきた二人も、決してお酒が嫌いではないらしい。飲んで暴れるタイプだったらどうしようかと思ったが、ギルド長も初老の職員もなかなかに強い。

 二人は一切顔色を変えず、しかしこれはよいものだとうれしげに熱いお酒の杯を重ねた。

 これはあれだな。なにか話があったようだが、完全にすっ飛んでしまっているな。

 どちらかと言うと、私はお酒のよさが解らないタイプだ。多少なら飲めなくもないのだが、どうせだったら甘いものが食べたい。

 アルコールに興味を示さなかった金ちゃんは、スルメを根気よく噛み続けていた。飲み込むタイミングを逃したのかも知れない。

 その隣で、私は手のひらサイズの小箱を出した。四角い箱は角が丸く加工され、木でできているのにぴかぴかとしている。

 フタはかぶせてあるだけなのに、それでいてぴったりと気密性があった。持ち上げるようにフタを開けると、すき間から空気が入り込むかすかな音がするほどだ。

 この箱自体、ちょっと高価そうな気配があった。なんだか婚約指輪でも出てきそうな感じだが、しかし箱を受け取ったのは私だ。中身が指輪のはずがない。知ってた。

 箱の中にはしっとりとやわらかな布があり、いくつも大切に包まれているのはきらりと輝くほのかにあめ色の花だった。

 それらは指でつまめるほどに小さくて、実際あめのようにつるりと硬い。そのくせ口に含んだら端からぱりぱり自然と砕けた。同時にふわりと広がって行くのは、豊かに甘い花の香りだ。

「おや、珍しいものを」

 一人だけこっそり甘いものを食べてる私に気が付いて、初老の男性が首をかしげた。

「花砂糖ですか」

「食べます?」

「いえ、どうせならそちらを」

 小箱を差し向けて問うと、彼は笑みを深めるようにして火に掛かった鍋を見る。燗につけていた酒は、すでに飲み尽くしているようだ。酒豪め。

 小箱の中身は、ズユスグロブの花砂糖である。

 譲ったお茶や万能薬の対価に、若様のところから色々ともらった品物の中にあったのだ。

 さすが砂糖産業の領地。砂糖なら売るほどあるらしい。と言うか多分、売り物だこれは。

 ぴかぴかのきれいな小箱の中にはそれこそ砂糖細工のように繊細に、咲いた姿をそのまま残した花の砂糖が十ほどあった。

 私は口に花の風味を感じつつ、そっと静かに箱をしまった。

 高級そうな小さい箱に、たったこれだけしか入ってないのだ。絶対高い。超こわい。

 花から作られるこの世界の砂糖は、加工の工程でほとんど粉々に砕けるらしい。

 それでも充分高級品だが、最初から最後まで気を抜かず完璧に花の姿を残した砂糖ともなると、またさらにえぐいくらいに貴重品だそうだ。

 徳利代わりの陶器のうつわをお鍋に沈め、追加のお酒があったまるのを待ちながら初老のギルド職員が砂糖について教えてくれた。

 確かに実際口にしてみると、そのもの自体が手の込んだお菓子のようだった。貴族や富豪に愛される理由は、その美しい見た目や豊かな風味にもあるのかも知れない。

「そのため料理などでは却って嫌われるとも聞きますな。花の風味がそぐわないと言って」

「あ、まじすか」

「もしかしてこれワンチャンきてない?」

 うちの美人とギルドの美人とギルドの初老が静かに酔って、イカを噛み続ける金ちゃんのそばでメガネと私はぺちっと互いの両手を合わせる。極めて地味なハイタッチになった。

 ダンジョン産の純白砂糖で、既存の砂糖を駆逐してしまわないかと危惧していたのだ。またそれで、砂糖産業の関係者辺りと衝突不可避だとも覚悟していた。いや、嘘。覚悟はしてない。どうにか逃げたい。

 しかしこうして話を聞くと、それぞれ全然毛色が違う。なんかこう、あれじゃない? 住み分けも可能なんじゃない? これ。

 純白砂糖は安価な甘味料として、花砂糖は高級な嗜好品として売り出したらどうだろう。

 ――と思ったが、まあ。ムリだな。今までは、全部の利益が花砂糖に集中してたんだもんな。そう都合よくは行かないだろう。

 ふと冷静にそんなことを思ったが、異世界の砂糖はなかなか興味深いものではあった。

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