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162 ドラゴンの素養

※都合よく快方に向かいます。呪いにより変異した外見についての描写があります。

 つまりよくよく話を聞くと、今回の発作が特にひどかった原因は投与した万能薬の品質が飛び抜けて高かったせいではないかとのことだ。

 たもっちゃんは左右の眉をぐねぐねさせて、腕組みしながら頭をひねる。

「多分、呪いと相性が悪いんじゃないかなぁ」

「相性とかあんの? 万能薬ってなんにでも効くから万能薬じゃないの?」

 私が雑におどろくと、いやまあそうっちゃそうなんだけどね。と、たもっちゃんも雑にうなずいた。

「ドラゴンには万能薬が効かないって話あったでしょ?」

「あったっけ」

「あったの。凄い前だけど。あれって、薬がドラゴンの血でできてるからなんだよね。万能薬って主に、薬の中に練り込んだドラゴンの魔力と治癒力で病気や怪我を治すみたいでさ。ドラゴンはドラゴン自体がドラゴンだから効能を相殺して打ち消しちゃうみたい」

「なるほど」

 私はキリッとした顔で力強くうなずいておいたが、メガネはそれに「解らない時は解らないって正直に言っていいんだよ」と変な優しさを見せた。

 いや貴様の説明も大概だからなみたいな話を、我々は患者の寝ているベッドの脇でぎゃいぎゃいとしていた。完全に醜い言い争いでしかなかったが、そんな会話の内容に、はっと息を飲んだのはこのお屋敷の使用人たちだ。

 しょんぼりうな垂れた若い女性と、困り果てている現場監督のおっさん。そしてぷりぷりと口やかましく、女性を叱り付けている老婆などの三人である。

 彼らは彼らでもめていた。

 病人である青年に万能薬を与えていたのは、この若いご婦人だった。それはいつも通りのことだそうだが、問題は、その薬が代価の交渉すらされてない、ただ預けてあったものだったことだ。

「それを使っちまったら、言い値で買うほかないだろう? 吹っ掛けられたらどうするんだい」

 そんな感じで使用人の女をしこたま叱り付けていた老婆は、色々と終わった頃にえっちらおっちら現れた。階段をのぼってくるのに時間が掛かってしまったらしい。

 老婆は魔石のランプを片手に持っていて、それですっかり日が暮れているのだと気が付いた。若様と呼ばれる青年の部屋は、天井に大きく豪華な照明があって外の暗さを感じさせることがなかった。

 老婆が心配していることも、まあ解る。

 我々にそんなつもりはないが、もしも相手が暴利をむさぼる強欲商人だったりしたら、足元を見られてものすごく高い値段で売り付けられてしまうかも知れない。

 我々に、そんな、つもりはないが。

 だから誘惑しないで欲しい。

 しかしそんな使用人たちも、今では愕然としたように目を見開いて我々を見ていた。

 若い女が、震える細い声で問う。

「それは……それはどう言う事? 若様に、万能薬は効かないって言うの?」

「んー、効かないって言うかね。呪いのせいで悪くなってる部分だけなら、それで治るんだと思うんだ。ただ呪いには効かないって言うか、むしろ悪いって言うか」

 確かに、万能薬を投与された青年はのた打ち回るほど苦しんでいた。加えて、呪いによって変質した部分の肌はまるで別の生き物のようにぼこぼことうごめいてさえいたのだ。

 たもっちゃんのふわっとした説明を疑う余地なく、完全にきつめの副作用が出ている。

 それでも呪いによって病んだ部分は毎日じわじわと広がっているため、なにもしなければ悪くなって行く一方だ。唯一、万能薬だけが、その進行を少し鈍らせることができた。

「進行が鈍るなら効いてんじゃないの?」

 根本治療こそではないが、対症療法ならそう言うパターンもあるような気もする。私の素朴な疑問に対し、たもっちゃんはやはりぐねぐねと眉毛をゆがませて悩んだ。

「んんー、それね。説明がさー、めんどいんだけど。症状には効いてるんだよ。ただ呪いは全然弱ってないし、薬の相性が悪いから患者にめっちゃ負担が掛かるってだけで」

「なるほど? 三行で」

「リコ、解んないなら素直に言って」

 それはなんか、負けたような気がするから嫌だ。


 使用人たちが若様と呼び大事にしている青年が、目を覚ましたのは翌日だった。実に、数年ぶりのことらしい。

 たもっちゃんの説明をぎゅっと縮めてまとめると、万能薬も効かなくはないけど副作用がきついから別の治療法を探したほうがいい。と、言うことのようだ。

 しかし万能薬以外と言うと、我々には草くらいしか手持ちがなかった。まあ、別に草も悪くはないのだ。薬より効き目が緩やかであると言うだけで。

 そこで体によさそうな草とか炎症を抑える感じの草など、全体的に健全な草を干してお茶にしたものをぽいぽい出して渡しておいた。若様は肌荒れがひどいので、布にひたして湿布みたいにしてみてもある程度は効果が見込めるはずだ。草すごいから。草。

 これさ、これ。効くから。なんかうちのはすごい効くからと、結構な量の薬草のお茶を次々に出し、つい熱心に力説してしまった。

 私の中に強く根付いた草への過剰な愛情と信頼がそうさせたにすぎないが、現場監督のおっさんからは「薬屋ではないんだよな?」とものすごく釈然としてない顔で再確認されるなどした。

 私もね、冒険者ってなんだっけなとは思ってはいる。しかし我々が何者かだなんて、実にささいな問題だ。

 重要なのは、やはり私のむしって干して煮出した草はよく効くと言うことである。

 実際に、それから薬草のお茶で一晩湿布しておくと、若様の顔はずいぶん肌荒れが治まりすっきりはれも引いていた。

「私のお陰だ」

「いやいや、俺の的確な指示でしょ」

 私とメガネは胸を反らして腕組みし、それぞれ勝手に自画自賛した。

 我々は自分のお陰だと言い張っているが、それもこれも天界から下賜された強靭な健康と看破スキルの恩寵があってのことだった。よく考えたら我々じゃなかった。神様とか上司さんにマジ感謝だった。

 また、これはあとから確認を取った格好になるが、患者である若様に掛けられた呪いはまさにドラゴンのものだった。

 と言うか、呪いを練り込んだドラゴンの血をぶっ掛けられたのが始まりだそうだ。メガネがガン見したから多分確かだ。

 それも直接呪いを受けたのは若様本人ではなくて、その母親とのことである。のちに出産された若様は、母体を通して呪いまでもを受け継いでしまったものらしい。

 そして当の母親は、かなり前に亡くなっている。呪いが全身をむしばんだからだ。

 つまり、それはいずれ間違いなく死にいたる呪いであると言うことだった。

 その純然とした事実のために、じわじわと進行して行く若様の呪いはこの屋敷の人々に取って恐怖でしかない。

 そしてこの呪いのもたらす、わずかな幸運で、最大の不幸は、呪い以外では死ねないことであると言う。

 呪いとは言え、患者はドラゴンの素養を取り込んでいる。その頑強さを受け継いで、どれだけ苦しんでいようとも死ぬことさえも許されはしない。

 きっと、根底にはそれがあったのだろう。

 これまでと違う治療を試すのは、勇気がいるし、責任も重大だったに違いない。それでも試してくれたのは、失敗しても死にはしないと解っていたからだったかも知れない。

 そして、彼女の行いも。

「気が急いてしまったんです。万能薬を勝手に使って、毒だと疑って、ごめんなさい」

 若様が無事に目覚めたことで、色々どうにか落ち着いたらしい。使用人の若い女は、我々への非礼を改めて詫びた。

 彼女はつまり、テンションが上がって暴走したのだ。

 品質と安全性を確認するため、預けてあった万能薬を鑑定の魔道具に掛けたらびっくりするほど高品質と出たそうだ。それでつい先走り、万能薬を無断で投与した。

 そしたらいつもより強めに副作用が出てしまい、若様はアグレッシブに苦しんで暴れた。その異変に動揺し、我々を疑い責めることになったとのことだ。

 まあ、そう言うこともあるかも知れない。

 正直あの時の若様は、二時間ドラマで猛毒でも飲まされた人みたいだった。

 しかし万能薬を与える前には鑑定の魔道具に掛けていたので、安全性にも問題ないと出ていたはずだ。そうでなければ、死なないとしても、どれだけテンションが上がっていても、若様に使うことはなかっただろう。

 だから毒かと疑ったのは動揺からくる八つ当たりに違いなかったし、使ってしまった万能薬は代価をもらえればそれでいい。

 お代はいいよとか言ってあげれば気持ちよく解決する気もするが、くれるってものはもらっておきたい。地主ってなんか、お金持ってそうな雰囲気があるし。

 そんなふうに伝えると、使用人の若い女性はどこかほこらしげに胸を張る。

「大丈夫。ここはズユスグロブ領だもの。豊かなの。旦那様だってきっと、こんなふうに散財するならお許しになるわ」

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