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161 赤黒い呪い

※呪いにより変異した外見についての描写があります。難しい症状が都合よくどうにかなります。ご注意ください。

 いや、呪いってただごとじゃない気がするじゃない?

 言い出したレイニーもめずらしく神妙な顔付きだったので、さすがに私もこりゃやべえみたいな気持ちになっていた。

 確かに、ただごとではないだろう。

 しかしこの屋敷の人たちにしたら、それはとっくに承知のことだったようだ。

 地主の屋敷の若い使用人とおっさんは、ああうん、それはね。みたいな感じでスルーした。

「それより! あの薬は何なの? まさか、毒だったんじゃないでしょうね!」

 彼女も混乱しているらしい。さっきはもっと堅い話しかただったはずだが、普通に崩れた口調になっていた。

「えぇ?」

「言い掛かりすぎない?」

「だって、おかしいわ! いつもなら薬を飲ませても少し暴れるくらいで、こんな……こんな……なによそれ」

 戸惑いしかない我々に、彼女は興奮気味の早口で言った。なにもなければきっとそのまま、責める言葉が続いたのだろう。

 しかし、それは中途半端なところで止まる。

 なによそれと言ったきり、絶句してじっと見るのは私のほうだ。

 もっと詳しく正しく言うと、天蓋付きのベッドの上でいまだに患者を押さえたままの、私の手元へ見開いた目を向けていた。

 視線を追って、すぐに解った。彼女がおどろくのもムリはない。

 赤黒い患者の肌の上には、べたべたとくっきり白い手形ができていた。どうやら私が触れた部分だけ、肌から色が抜けているようだ。

「なんだこれ」

 と、大体同じことを私も思った。


 患者は若い男性である。

 彼は、形としてはバスローブのような、寝間着のようなものを着せられていた。さっきまでのた打ち回っていたせいで、それはずいぶん乱れて脱げ掛けている。

 患者の肌は赤黒かった。

 顔も首も肩も胸も。はだけた衣服から出ている部分は、深く染色したかのようにほとんどが禍々しく色付いていた。

 その皮膚の変色は、呪いのもたらすものである。

 幼い頃にはもっと小さな、せまい範囲に限定された病変だった。それが何年もの月日を掛けて、今では上半身をほとんど塗り潰すほどに広がってしまった。

 その浸食はじりじりと止まらず、毎日少しずつ広がっている。

 呪いを止める方法はない。少なくとも、今のところは。

 しかし高品質の万能薬なら、呪いで受けたダメージをわずかばかり癒せた。高価な薬を毎日与え続けることで、その呪いの進行をいくらか遅らせることだけはできるのだ。

 彼らはただそのためだけに、万能薬を求め続けているようだった。

 だがどんな万能薬を使っても、根本的に癒すことはできない。できなかった。赤黒い病変は、少しずつ、しかし確実に広がって行くばかりだったのだ。

 それが、今。

 私が触れた部分だけ、白く、色が抜けている。

 いや、白く見えているのは元来の肌の色なのだろう。そこだけわずかに、元の姿を取り戻しているのだ。

 これは初めてのことだった。

 だって呪いによる病変は、広がるだけで戻りはしない。それが頭部をおおってしまったせいで、もう何年も目も耳も利かず、言葉も時折不明瞭なうめき声がこぼれるくらいでしかない。

 だから、こんなことはあり得ない。

 ――と、言う話を。

 たもっちゃんがガン見をしたりうまいこと話題を誘導するなどしながらに、大体事実に近そうな感じで使用人たちから聞き出した。

「じゃあこの手形できた所ってもう呪い消えてんの?」

「いや、消えてはないみたい。リコを嫌って、別の所に移動してるだけだと思う」

「たもっちゃん、言いかた」

 私じゃなくてね。呪いが嫌ってるのは、私に付いた強靭な健康のことだと思うの。

 まあそれは、全然よくはないけどとりあえずはいい。

 そう言われて改めて見ると、いくつも付いた手形の中でも綺麗に残っているのは最後に付けたものだけだった。

 そのほかはあとから付いた手形に押され、ひしゃげるように少しずつ縮んでいるように見える。そして気付いた。調子に乗ってべたべた触ってしまったせいで、患者の肌にはものすごく手形ができてると。

 ごめん。本当に、悪気はなかった。

 呪いを受けた青年の肌は、色が変わっているだけでなくぼこぼこと荒れて、まるでアボカドの外皮のようだ。呪いが害を及ぼしているのか、明らかに変質してしまっている。

 だからもしかしたら本当は、痛みがないかなどを気遣い触らないほうがよかったのかも知れない。そう気付いたのはあとからだ。

 ついさっきまで病人自体がのた打ち回って暴れる上に、赤黒い肌はぼこぼこと内側から派手にうごめいていた。体の中からなにか別の生命が誕生しそうな雰囲気すらあった。

 そのインパクトが強烈すぎたこともあり、アグレッシブな一連の発作が治まるとなんか今はおとなしいなくらいの感じで普通にべたべた触ってしまった。肩とかだけど。反省はしている。心底ごめん。

 実際、変色している部分の皮膚はいつもぴりぴりしているそうだ。不用意に触ると、結構な痛みになるらしい。

 これは本人に直接聞いたから、間違いなく事実だ。本当に申し訳ない。

 なにこれすげー手形付くとか言いながら、ほこりまみれの汚れた車を前にした小学生みたいになっている場合ではなかった。

 しかし。

 患者はもう何年も、意志の疎通が図れない状態にあった。その彼から我々が、どうやって話を聞いたのか。

 その答えは単純だ。

 呪いによって変色し、ぼこぼこと荒れてはれた皮膚の一部を治療したのだ。

 どうも彼に掛けられた呪いは、まず肌の表層に現れ、それが全身に広がってから内部へと深くしみ込んで行くらしい。

 そのため上半身を中心に体の半分ほどが変色している今はまだ、体の内部は病んではいない。

 視覚や聴覚も機能的には問題がなく、皮膚が硬くはれていて耳の穴がふさがっていたり目が開かなかったりするだけだったようだ。

 また、同じく口の中にも異常はないが、唇がタラコを越えてナマコのようになっていて、話そうとしても言葉らしい言葉にならなかったとのことだ。

 そこで私は悲しみの嫌われ体質をここぞと活かし、患者の顔をべたべた触って赤黒い呪いを顔面から別の場所へ押しやった。さすがに人様の顔に触る前にはレイニーに手を強めに洗浄してもらうなどした。

 だがそれでどうにかなったのは色だけだ。呪いによって荒れてしまった、ぼこぼことはれた肌は戻らなかった。

「でもこれもう残ってるの肌荒れだけだから、あとは普通に治るんじゃないかな」

 たもっちゃんがベッドの上をじっと見ながら言ったので、なんだかそう言うものらしい。

「じゃー、あれ? あとは万能薬で大丈夫?」

「いや。今日はもう飲んじゃってるみたいだし、そもそも万能薬が駄目」

「えっ」

「なんで?」

 お屋敷の使用人たちと私から、ほとんど同時に声が出る。

 それはおかしい。だって若様、今まで万能薬で命つないできたらしいじゃん。

「いや、効かなくはないけど。やっぱ駄目。これ多分、ドラゴンの呪いだし」

「なんで?」

「いや、万能薬ってドラゴンの素材でできてるから……」

「だから、なんで?」

「……リコ、どうしても解らない事は解らないままでも仕方ない時ってあると思うんだ」

 たもっちゃんはなんでなんでとうるさいが一切なにも解らない私を、そっと優しく投げ捨てた。いや、嘘。投げ捨てたのは説明だ。

 あと、万能薬にはクールタイムとでも呼ぶべきものが存在し、一度飲んだら一定時間空けないと効果が見込めないらしい。とにかく今は、どっちにしてもダメとのことだ。

 またそれはそれとして、うだうだ話をしている間に判明したことがある。

 今日、このタイミングで、患者である青年が重い発作を起こしたことには理由があった。

 あの薬は毒ではないかと我々を責めた、使用人の若いご婦人がやらかしていたのだ。

 そもそも彼女の口ぶりからすると、万能薬を飲ませると患者は多かれ少なかれ暴れて苦しむようだった。それはそれでどうかと思うが、今回は特にひどかった。

 そして、彼女が無断で投薬したのは我々の万能薬だったのだ。薬の品質を確かめると言うので、いくつか預けてあった丸薬だ。

 それを聞き私がまず思ったことは、まだ代金もらってねえなと言うことだった。

 彼女は先走ったのだ。商品に手を出すのはレジを通してからがマナーだぞと思ったが、まあ多分今はそこじゃない。

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