表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
160/800

160 地方の特産

※奇病のようなものが出ます。また、それにより変異した外見についての描写があります。

 山に広がる農地と同じく、地主の屋敷も桜色の木々に囲まれるようにしてあった。

 お茶を用意しながらに老婆の語るところによると、この木に咲いた花こそがこの地方の特産品とのことだった。

「へー。花が」

「綺麗な上に売れるのかあ」

 それはよいものだ。売れるんだもの。

 我々はいいねいいねと感心しつつ、通された部屋の大きな窓から外を見る。辺りはすでに夕暮れで、もうすぐ夜の薄暗さの中に淡い花を付けた木があちらこちらにぼんやりと浮かぶ。

 春とは言っても夜には冷える。窓はしっかり閉じられていたが、それも外が見えるのは窓枠に透明な板があるからだ。板はにごりも見られず高そうで、きっと、花がすごく売れているのに違いない。

 部屋にいるのはメガネと私とレイニーに金ちゃん、そして屋敷の老婆だけだった。

 薬の品質に半信半疑のご婦人に、とりあえず万能薬の丸薬を一つ預けて判断を待っているところだ。残念ながら鑑定スキルを持つ者はいないが、代わりに単純な鑑定を組み込んだ魔道具が屋敷にあるらしい。

「そう言えばさあ、万能薬で足がくっ付いてたじゃない?」

 我々との出会いを説明するため、現場監督のおっさんがご婦人たちにしていた話を思い出す。完全にちぎれた四肢を接着するのは、なみのことではないらしい。

「あれでさ、金ちゃんの腕もなんとかなんないもんなの?」

「金ちゃんはなぁ。もう時間が経ち過ぎてるんじゃないかなぁ」

 たもっちゃんは私の問いに、難しそうに頭をひねる。

 金ちゃんは出会った時から隻腕だった。逆の腕にも一度切り離された跡が見られて、それを強引に縫い合わせてある。

 それでも一応手が動かせるようになっているのは、単にトロールの生命力や治癒力が異様に高いからだと思われる。人間ではこうは行かないらしい。

「そもそもくっ付ける腕もないしねぇ」

「えー、じゃあほかのトロールの腕ぶっちぎってくっ付けてみようよ」

「リコ、俺もさすがにちょっと引いてる」

「なんで」

 野生のトロールは駆除対象らしいので、腕の一本や二本もらったところで文句は出ない。

 文句は出ないが、人間には気持ちってものがある。

 リコにはそれが解らないのだなあ。的なことをメガネが遠くを見ながら言ったので、おいちょっと待てやと言い争いになった。私が人間じゃない可能性出すのやめて。

 メガネと私がぎゃいぎゃいと口ゲンカをしている横で、レイニーはお茶をすすって上品なお味ですねとか言っている。あと、金ちゃんはやはり金ちゃんだった。

 よそ様のお家だからおとなしくしててねと渡しておいたおやつが尽きると、貴様らの些末な争いはどうだっていい。さあ、早く食料をよこせとばかりに醜く争うメガネと私に割って入って力業でその場を納めた。

 居合わせた老婆の顔が物語る。お前ら人んちでなにやってんだと。

 しばらくすると、小汚い布で手を拭きながら現場監督のおっさんが戻った。

「にぎやかだな」

「あ、お世話になります」

「いやぁ、こっちも恩を売りたいからな。ありったけ人手を集めておいたぞ。明日の朝にはワイバーンの素材を渡せるだろう」

 気にするなみたいな態度でありながら、うまいこと恩を着せつつおっさんは言った。いさぎよいほどの下心である。

 山で奴隷を襲ったワイバーンの群れは、たもっちゃんがさくさくと倒した。なので、その素材は我々がもらっていいことになった。

 しかし結構量があったため、奴隷やおっさんなどの人前でアイテムボックスにしまうこともできない。

 アイテム袋だと言い張るにしても、どんだけ容量でかいんだと言うことになる。名女優にも限界があるのだ。

 仕方なく、船に載るだけぽいぽい載せてあとは船体の外側にロープでむりやり巻き付けた。それでどうにか運搬はできたが、見た目はワイバーンの死体巻きである。控えめに言っても、大変えぐい。

 さすがに見かねたおっさんが、ワイバーンの解体を申し出てくれたのはそのためだ。これは正直、素直に助かる。

 ワイバーンは人を襲うので、食用にはならない。売れる素材は皮や爪、牙、毒針などの細かいものや魔石だ。素材の状態にしてもらえると、それだけで省スペースになる。

 実はアイテムボックスの中にはもう一体、おっさんたちと会う前に金ちゃんが倒したワイバーンがあったがそちらは完全に出しそびれてしまった。その内に、さりげなくどっかで売りたいと思う。

 おっさんは部屋の中を見回すと、おや、と言うように首をかしげる。

「お嬢ちゃんはどうした?」

「出てったままだよ。薬の質を見るって言ってね」

 ティーポット片手に老婆が答えて、我々のカップにお代わりをそそぐ。

「俺が保証するってぇのに、信用できないもんかねぇ」

 おっさんはぶつくさ文句を言いながら、部屋の外から簡素な木のイスを運び込む。応接間らしき部屋の中にはまだ高そうなイスが余っていたが、使うのを遠慮しているようだ。

 確かに、おっさんは山で会ったままの姿だ。しかもワイバーンを運んでいたためか、若干生ぐさいような気もする。

 だが我々も似たりよったりの格好だったし、移動手段はワイバーン満載の船だった。においに関してはちょっと今は自信が持てない。

 もしかすると私たちもまた、高級家具からは距離を置くべきだったのかも知れない。もう座ってるからなにもかも遅いが。

 私は気付きとあきらめをいっぺんに済ませて、おっさんにうなずく。

「そう言えば、戻ってきませんね」

 鑑定を組み込んだ魔道具がどんなものかは知らないが、こんなに時間が掛かるものだろうか。と言うか、魔道具で対応できているか不安だ。

 あれも悪い薬ではないのだが、しかし普通ともちょっと言いがたい。そのせいで手間取っている可能性もあった。

 大丈夫かなあと老婆のお茶をすすっていると、突然悲鳴が響き渡った。

「嫌ぁっ!」

 若い女の声だった。

 それは恐怖にひび割れて、甲高く屋敷の空気を震わせる。

 なんだなんだとあわてて部屋を飛び出すと、声は続けて二階から聞こえた。階段を駆け上がるおっさんの、背中を追って走って行くと廊下を奥へ進むたび叫び声が鮮明になった。

「若様! 若様!」

 扉が開け放たれた一室に、さきほどの若い使用人がいた。

 部屋は立派な寝室で、ベッドに付いた天蓋からは美しい刺繍の入った厚い布が掛けられている。屋敷の主人か、主人の家族のための部屋だろう。

 彼女は必死の形相で、スカートの裾が乱れるのも構わず片膝でベッドに乗り上げていた。そして目の前に横たわる誰かの頬を、思いっ切り往復ビンタで打っていた。

 なぜなの。

 状況がさっぱり解らない。

 我々は思わず戸口で足を止め、どう言うことなのとたじろいだ。すると我々に気付いた使用人の女性が、キッとこちらを振り返って叫ぶ。

「手を貸して!」

 見ると、彼女が押さえ付ける手の下で人影がびたんびたんと痙攣と言うにはアグレッシブにのた打ち回っているのが解った。

 大変だ。

 状況はやっぱりよく解らないままだが、なんかとにかく大変な気がする。

 わあわあ言って手伝って、暴れ回る病人をベッドから落ちないようにみんなで押さえた。

 発作と言っていいのかどうか知らないが、それ自体は一分もせずに収まったと思う。

 ただ、容赦なく暴れる人間と言うのは恐かった。このように、危害を加えるつもりがないと解っていてもだ。それに単純に力も強く、押さえるのにも苦労した。

 どうやら彼は病んでいた。

 いや、それは解っていたことだ。万能薬が必要なほど重い病人がいるのだと、使用人の会話からでも察することができた。

 けれど、これは。なんなのだろう。

 尋常ではないと、そう言い切ってしまうにはきっと私の知識は足りない。病名すら知らない病も世の中にはいくつもあるはずだ。

 しかし、それでも。

 彼の姿は異様だと思う。

「若様!」

 若い女が患者の体にすがり付き、その異彩さが一層引き立つ。彼の肌は黒かった。いや、そんな言葉では足りない。まるでにごった血のように、赤黒い色がしみ付いていた。

 変色した肌はごわごわと硬く、いびつに盛り上がっている。今はすでに治まっているが、発作の間はこの肌がさらに、まるで生き物が這い回るようにうごめいていた。

「――呪いです」

 これは古びてひどく粘ついた、悪意がもたらす呪術だと息を飲んでレイニーが言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ