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159 地主の屋敷

 まあな。

 我々、領地もなにも関係なしに空飛んで移動しちゃってたからな。不審と言えば不審でしかない。

 振り返って考えてみたら、関所的な場所とかも全然通ったりしてないし。

 今も逃げようと思えば多分余裕で逃げられたのだが、悪いとしたら我々のほうだ。そんな気持ちも多少はあるので、おとなしくおっさんの指示にしたがっておいた。

 嘘だ。

 おとなしくはない。

 侵入者をどうするか、えらい人に確かめるため半日ほど離れた場所にある地主の屋敷まで移動しなくてはならないらしい。

 そう知って、うちのメガネが即座にごねた。

「やだやだやだ。半日もロスしたくない。船で行こ、船で。絶対早いし。半日ってあれでしょ? あのやる気のない馬車でえっちらおっちら行った時の時間でしょ? 船で行こうよー。船ー。俺、頑張って飛ばすし!」

 ぱっと見はやだやだと不満を元気に訴えているメガネだが、どことなく妖怪ダイシンリンイツニナッタラの陰を感じる。

 これはうまくなだめないとまずい。

 そんな空気を読み取った私は、たもっちゃんと一緒になってうちの船はすごいからと具体性と説得力に欠ける説得をした。

 多分、勢いに押されたのだろう。

 熱意しかない我々の説得が実を結び、最終的には労働奴隷を監視するのがお仕事らしい現場監督のおっさんを一人、うまく船に乗せることができた。

 たもっちゃんの飛行魔法はやる気になると、謎馬の馬車で一ヶ月の距離を一日で飛ぶ。大森林の間際の町と王都までの距離が、だいたいちょうどそのくらいだった。

 だから謎馬車で半日の距離をその速度で飛ぶと、十分やそこらで着くことになる。おっさんを説得している時間のほうが長かったくらいだ。

「……出荷の時に便利だろうなぁ」

 現場監督のおっさんは、彼の中の常識よりもはるかに早く到着してしまった地主の屋敷を見上げて言った。いや、その目は屋敷を見ているようでいて、実はもっとどこか遠い所を見ている気もする。

「ねっ、早かったでしょ? ね? ね?」

 俺ホントにがんばったからとうざったくメガネがアピールするのを意図的に視界から外しつつ、おっさんは屋敷の玄関へと向かう。

 彼がドンドンと強く扉を叩くと、ほどなく中から返事があった。そして扉を開けたのは老婆だ。

 屋敷の使用人なのだろう。男とも顔見知りと言った様子で、いきなりの訪問にも嫌な顔をせず気安げに応じた。

「おや、珍しい」

「いるか? 話が」

「少し待ちな。今は若様のお加減が悪くて」

 ぼそぼそと二人がそんな言葉を交わしていると、その後ろにある階段を軽い足音が下りてきた。

「どうしました?」

 今度は若い女の声だった。

 出てきた時の雰囲気に一瞬女主人かと思ったが、どうやら彼女も使用人らしい。素っ気ないロングスカートにエプロンを着けた姿だし、老婆や現場監督のおっさんも態度が砕けすぎている。

「若様はどうだい?」

「……いつも通りです。――それで?」

 女は少し顔を曇らせて、老婆に答えるとおっさんを見た。同時に、後ろに並んだ我々も視界に入っている位置だ。なんの用だと言うことだろう。

 おっさんはそれに、どこか胸を張るようにして我々を示した。

「飛び切りの薬屋を連れてきた。若様のご病気も癒えるかも知れん」

「えっ」

「えっ」

 たもっちゃんと私は同時に小さな声を上げ、なんだそれはとお互いを見た。

 我々、まず薬屋じゃねえし。

 そもそもここへ連れてきたのも、立ち入り禁止区域への侵入の件やておっさんあんたが言うとったやないかい。

 そんなこちらの戸惑いには構わず、おっさんはご婦人たちに熱っぽく語る。

「ワイバーンに食われた足がどうなったと思う? つながったんだ。凄いだろう?」

「そりゃすごいけどね。本当かねえ」

「良質な薬なら手に入るのはありがたいですが……そこまで言われると信じ難いですね。あまり、期待はせずにおきましょう」

「いいや、今度ばかりは本当だ。引き千切られた奴隷の足がぴたりとつながるのを見たんだ俺は」

「それより、ワイバーンが出たと言いました? 警備隊に連絡は?」

 ご婦人がたの温度差がひどい。

 確かに、多少こげたりはしているがドラゴンさんの血と魔力を贅沢に使った万能薬はとても効く。鑑定スキルで効能を見ると、大体みんな引くくらいに効く。

 実際目の前で見なければ、効果が実感できなくてもムリはない。

 薬屋でもないのに、そんな薬をたまたま持っているとは普通考えないだろう。それに、採算度外視でおしみなくばらまくのも正義の薬屋っぽく見えるかも知れない。正義て。

 加えて、私はローバストで買ったばかりのでっかい背負い袋を装備していた。

 その中に干した薬草をぎゅっと詰め、常に背負えばなんか知らんけど強靭な健康が付与された超体にいいお茶になるはずなのだ。

 完璧な計算。あと、言われてみればシルエットが薬屋。

 大森林で会った薬売りたちは、売り物の入ったでっかい木箱をいつも背負って行動していた。箱と袋の違いはあるが、似てるか似てないかで言うと似ていないとは言いがたい。

 どうやらおっさんの悲しい誤解は、私が招いたようだった。そんなつもりはなかった。

 私はなんかごめんなと思っただけだが、たもっちゃんは違った。

 なんかそれ、変じゃない? と、眉毛と口をぐにゃぐにゃさせて腕組みをする。

「もしかして、元から薬が目的でした? 俺らに不法侵入の罪をかぶせて、脅し取ろうとかしてました?」

 おっさんは最初、侵入者をこのまま帰せないと言っていた。それを理由に、我々をここまで連れてくることにしたのだ。

 しかし地主の屋敷に着いて、まず最初に口にしたのは薬のことだ。

「ホントだ。変だね」

 たもっちゃんの意見を聞いて、なるほど変だと私も気付いた。

「違う! いやっ、違わないが……違う! 話が前後したのは謝る。だが、そんなつもりでは……」

「でもそう聞こえた」

「うん。聞こえた」

「わたくしも、そう聞こえましたね」

 レイニーまでが賛同し、もしかして私らだまされてない? やだー、ひれつー。とか言って、大体の感じで騒いでいるとおっさんの顔面がどんどん青ざめ表情が死んだ。

 多分だが、彼もパニックだったのだろう。

 メガネと私はすでに色々疑っていたし、助けを求めて振り返ってみれば使用人のご婦人たちはなにやってんだ下手くそかとばかりにおっさんに冷たい目を向けていた。

 孤立無援で、おっさんはあわてた。

 両目をぐらんぐらんと混乱に揺らし、声にならない悲鳴でも聞こえてきそうな形相でぼろぼろ全部ぶっちゃけた。

「確かに! 許しなく農地へ立ち入ったのを見逃す代わりに薬を流して欲しいとは思った! しょうがないだろう? しょうがないよな? あんな薬を見せられたら……だが、代価は払う! もちろん俺が払える訳ではないが、旦那様も若様の薬代を惜しむ様な事はなさらん! いい薬が目の前にあるのに、見逃せるか? 見逃せないだろう? なぁ!」

 必死なおっさんの話をまとめると、どうもえらい人のご子息が体を悪くしているらしい。

 それで薬が必要だったが、できるだけ多く、できるだけ品質の高いものを確実に手に入れる必要があった。

 だが薬の購入はおっさんの判断では決められないのと、交渉のためもあり、この屋敷まで足を運んでもらわなくてはならない。

 我々が出会った場所からここまでは、謎馬の足で半日掛かる。先を急ぐ旅人は、それを嫌って去るかも知れない。

 実際、たもっちゃんも時間的なロスを嫌がりおっさんごと船で移動した。

 逃げられてしまうくらいなら、多少心証は悪くなっても確実につかまえていたかった。

 また、出しおしみや値段を釣り上げたりされないように、少し脅す目的もあった。

 それはホント、正直ごめん。

 おっさんはそこまで一息に全部バラすと、槍をその辺に放り出し我々の足元に両手を突いてひれ伏した。

 そこまでしろとは言ってない。

 待って待って。待ってやめてと今度はこちらがあわてる。

「あ、じゃあもしかしてあれ? 不法侵入って言うのも嘘?」

「いや、それは本当に罪に問われる」

 助け起こしたおっさんにメガネが思い付いてたずねると、それは普通に真顔で言われた。

 そうか、ホントに罪に問われるところを、最大限に利用しようとしただけか。そうか。

 あわよくば無罪かと思ったら、全然そんなこともなかった。

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