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158 ワイバーン

※残酷と思われる描写があります。


 ワイバーンに襲われて、ふと思ったことがある。

「たもっちゃん。エルフのお守りってあるじゃない?」

「うん」

「あれ、魔獣除けるんでしょ? 効いてなくない?」

 効いているなら、ワイバーンが体当たりしてくることもなかったはずだ。それによくよく考えてみると、クレブリの街でナマズ感のあるシーサーペントと出会った時も問答無用で丸飲みされそうになっていた。

 魔獣、全然除けれてないじゃない? と私が問うと、たもっちゃんは首を振ってのんびりと答えた。

「今は動いてないからねぇ。消耗するのやだから、魔石抜いちゃったんだよね」

 魔石は電池みたいなもので、外せば魔力が尽きて魔道具もただの物体となる。魔力の尽きた魔道具は、魔道具としての効果が出ない。

 そう言えば、以前通信魔道具の板も魔力を抜いてアイテム袋に死蔵していた。

 そこまで考え、私は気付いた。もしやエルフのお守りも、魔石を抜けばアイテムボックスで管理可能だったのではないかと。

 あのお守りが無事だったのは変態が変な危機管理能力を発揮したからだと思っていたが、もしかしたらそうでなくても難を逃れていたのかも知れない。

 つまり私が感じた変態への恩は、ただの勘違いだった可能性がある。

「たもっちゃん、とりあえず私にすごく謝って」

「何で?」

 それはな、私がなんとなくおもしろくないからだ。

 唐突な謝罪要求にメガネは引くような感じで戸惑っていたが、なんかごめんと謝っていた。この理不尽な要求にどう言う気持ちで謝ったのかは知らないが、とりあえず今回は勘弁してやろう。

 そんな、なんの実りもない会話をする我々の前にはワイバーンが何体もごろごろと転がっていた。

 と言っても、それらはすでにしかばねだ。たもっちゃんが傾斜した山の地面にあわてて船を着地させ、魔法でさくさく仕留めて並べた。頭の向きまできっちりそろえていることに、メガネのムダな几帳面さが出ている。

 このワイバーンの群れを発見してから鎮圧までは、かなりの早業だったと言っていい。

 しかし発見した時にはすでに、人が襲われている最中だった。そのため全員無傷とは行かず、少し離れた所では何人ものケガ人が座り込んだり寝そべったりして苦痛にうめき声を上げていた。

 そこにいるのは人族ばかりで、どうやら大半が奴隷のようだ。首には鉄の輪っかがあって、身に着ける衣服は古びて粗末。

 ケガの程度はそれぞれだった。大半は多少の血がにじんでいる程度の軽傷だったが、しかし中には足がちぎれてしまったり毒針の尻尾で体をつらぬかれている者もいた。

 控えめに言って、まあまあひどい。

 なのにのん気に我々が、どうでもいい話に興じているのはもうできることがないからだ。

 ほどほどポーションを何本か出して、重傷者の数だけ万能薬の丸薬も渡した。

 ケガ人は全部で十人くらいだが、無傷の奴隷仲間がその何倍もいる。負傷者の看病や治療は彼らが進んでこなしてくれたので、私たちは安心して退避しておいた。

 いや、手伝ったほうがいいのかなーとは思ったが、あんまりドバドバ血が出てるのでさすがに普通に恐かった。

 あ、すんません。これ、よかったら。ホント、よかったら。みたいな感じでぺこぺこと薬を渡すのが今の僕らには精一杯なのだ。

 同じく震えて離れた場所からおそるおそる見ていたメガネが、ちぎれた足はくっ付けてから薬飲ませたほうがいーよー! と叫んで、ナイフを手にした奴隷たちがおっかなびっくりワイバーンの腹をいくつか裂いた。どれかが飲み込んでいたらしい。

 そうしてワイバーンの胃袋の中から色んな液体でべっちゃべちゃの足を回収し、全力ダッシュで患者の所へと運ぶ。幸い、飲み込んだばかりで比較的状態はよかったようだ。

 数人で傷口を押し合わせるように足をくっ付けて、ほかの奴隷が万能薬の丸薬を患者の口にぐいぐいと押し込む。治療するほうもあせっているのか、優しさとかは一切なかった。それどこじゃねえと言う空気感がすごい。

 そして、ほどなく。

 心配そうにケガ人に群がる奴隷たちの間から、わあ、と明るい歓声が上がった。あの感じなら、きっとうまく行ったのだろう。

「胃液まみれでもくっ付くんだなぁ」

「動くようになるといいねえ」

 じゃあなんかもう大丈夫そうだし、そろそろ行くか。と、地面に放り出した船のそばへ行こうとしていると背後から声を掛けられた。

 いや、これはやわらかく言いすぎた。

 実際は、二、三人の男から背丈ほどの槍を向けられ「動くな」と命令を受けた。

 彼らは高級とは言えないが丈夫そうな服を着て、山道もしっかり歩けるそこそこの靴を履いていた。

 それ自体は少しばかり余裕を持った農民と言う感じだが、ためらいなくこちらに向けた槍がある。多分だが、労働奴隷を監視するのが彼らの仕事なのだろう。

 似たような身なりの男はほかにもちらほら見られたが、声を掛けてきたのは中でも特に若い者たちのようだ。

「おい、あの薬をあるだけよこせ。俺らが金に換えてやる」

「そうだ。それがいい。その方がよっぽど役立つさ」

 彼らは槍の先を突き付けたまま、嫌な感じでにやにやと笑う。本気のタイプのカツアゲである。でも刃物を使ってしまっているから、恐喝と言ったほうが正確かも知れない。

 なるほどなあ、と妙に私は感心していた。

 こいつらの感じの悪さに比べると、異世界にきてから今まで受けた数々のカツアゲのようなものはお遊びだ。実際、相手は王子とか王子の側近とか税に厳しいローバストの事務長とかばっかりなので、身内感はすごくある。

 身内ならいいってことでもないが、なんとなく許せなくもない。

 しかしこいつら相手だと、不思議とビタ一文渡さねえと言う強い気持ちしか出てこなかった。なんでかなあと思っていると、ふと、彼らの背後に人影が忍びよるのに気が付いた。

 それはやはり農民めいた格好の、槍を持った男たちだった。ただ、年齢層はいくぶんか高い。カツアゲしてきた若者たちと比べると、親の世代かもう少し上のおっさんだ。

「馬鹿野郎! 何してやがる!」

 おっさんの一人が怒鳴るように言ったかと思うと、同時に槍を持つのと逆の手で若い奴らの脳天をゴスゴスと殴った。問うてから暴力までの間隔が短い。

「なんで殴んだよ! 別にいいだろ!」

「あんな上等な薬、奴隷にくれてやるなんざバカだ! オレらが使ってやったほうがユーイギってもんだ!」

 若者たちは自分の頭を押さえながらにぎゃあぎゃあと騒ぐが、やはりすぐさまおっさんのこぶしに沈められていた。

「馬鹿はお前等だ! 奴隷を失えば、お叱りを受けるのは俺達なんだぞ!」

 それを救ってもらっておいて、槍を向けるとは何事だ。

 そんな感じのことを言うので、おっさんは一応の感謝をしてくれているようだ。奴隷の命が救われたことに、ではなく責任を負わずに済んだことへの感謝ってところが、若干しょっぱい気はするが。

 ほかのおっさんたちにより若者がずるずると引きずって行かれ、残ったおっさんは「悪かったな」と我々に言った。

「馬鹿なんだ。あいつ等は」

「あ、はい」

 それはなんとなく解る気がして、我々はしっかりうなずいておいた。

「だが」

 と、おっさんはすっと目を細め、地面に突いた槍の柄をにぎりなおして我々を見る。

「あいつ等の言う事も道理だ。あの薬は上等過ぎる。奴隷相手じゃ代金は取れんぞ」

「ああ、それは……いいんです。いや、よくはないけど。代金もらえると助かりますけど。でも、将来的に魔王化しないと今救われないって言うのも不公平な話かと思って」

 先日、我々はレイニーの上司さんに頼まれて、万能薬を届けるために密入国まで働いた。そうすることで将来的に、エレと言う少女が魔王的なものになり世界に混沌をもたらすと言うのを未然に防ぐ目的があった。

 では、魔王にならない場合はどうなのか。

 ひどい目にあってもおとなしく受け入れ、言いかたは悪いが泣き寝入りした人は救われなくても仕方ないのか。

 傷を負った奴隷たちを見た時、そんな考えが自然と浮かんだ。

 実際どうかは知らないが、なんかさ。やだよね。目の前にいる人くらいのことは、なんとかできたらすればいいよね。

 それで軽率に薬を出したりしたのだが、私の話がふわっと雑だったせいだろう。あんまりピンとこなかったようだ。おっさんは、「まあいい」とあっさり話を変えた。

「とにかく、一緒にきてもらう。この辺りは部外者の立ち入りを禁じているからな。侵入者をそのままは帰せん」

「嘘でしょ?」

 一応助けに入ったと言うのに、まさかの不審者扱いだった。マジか。

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