表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
155/800

155 びったんびったん

 そもそも知らん人が出入りしてるのは、多分だけど事務長がここをお役人の保養所扱いしているからじゃないのだろうか。

 ちらっとそんなことを思いはしたが、指摘する勇気はとてもなかった。

 それに、もっと気を付けろって言いたい気持ちもまあまあ解る。利用されるのもなんか恐いし。

 しょうがない。なんとかするかと我々は重い腰を上げ、家具工房に注文しドアを何枚か作ってもらった。

 それからキッチンに併設された貯蔵庫の奥にさらにせまい小部屋を作り、食料品をぎっしり並べた棚の後ろに出入り口を隠す。

 あとは小部屋の中に普通に開けば壁しか見えない扉を設置し、完成である。

 重い腰を上げたのは我々と言ったな。あれは嘘だ。主にメガネだけが作業した。

 これで少なくとも不用意に、スキルで開いたドアを使って出入りする所を見られることはないだろう。ここまでしてもバレるとしたら、もう知らん。

 工房で作ってもらった残りのドアは、適当に枠を制作し自立式の持ち運び用ドアとした。大森林でバラバラ迷子になってから、自立式ドアの補充が叫ばれていたのだ。

 あとは、むりくり隠し小部屋を作ったことで建物の外観に発生してしまった不審な出っ張り。これをごまかすためだけに、広めの外風呂も増築した。

 半笑いのメガネが悪ノリし、こだわりの! ローマ風呂! とか言って、なにも支えない柱とかお湯を吐く予定のライオンを作った。意外とよくできてるところがじわじわとくるし、じわじわと村人とかに評判もいい。

 これらの作業に数日を費やし、たもっちゃんの忍耐が尽きた。

「大森林へ行くから」

 メガネがメガネの奥の目をやばい感じにぐるぐるさせて切り出した時、私はジョナスの店の食堂で子供らと水あめを練っていた。

 そしてキッチンに面したカウンターに座り、料理人たちがせっせとラーメンを打っている様をほほ笑ましく見ていた。

 いつまでも続くかに思われた穏やかな時間も、どうやら終わりを迎えたようだ。

「思い出してしまったか……」

「むしろ何で俺が忘れると思ったの?」

 ふう、と深い息をつき、首を振りつつ私が言うとメガネはそんなことはある訳がないと言い返す。知ってた。

 大森林でしょ。大森林でエルフの沼に沈みたいんでしょ。沼って言うか、里だけど。この件に関しては、たもっちゃんが忘れることは絶対にない。

 それをなんだかんだでほかのことを優先させて、先のばしにしてきたからな。よくもったほうだと思う。

 思えばラーメンの量産体制を確保するにも、メガネにはずいぶん骨を折らせた。私の荒ぶる熱意がそうさせたのだ。

 問題はこの世界でラーメンを作るには特殊な素材が必要で、それはエレ、ルム、レミの故郷にしかないと言うことだった。そう教えてくれたのは、ルムではなくレミだ。

 元々食事はレミが用意していたが、体調を崩している間ルムが四苦八苦しながらに代役を務めていたらしい。

 だから我々が最初に出会ったラーメンはルムが打ったものではあったが、作りかたはレミが詳しいとのことだ。

 ラーメンの秘密はかんすいにある。と言う噂は聞いていた。

 実際彼らの故郷でしか手に入らない素材も、かんすいを作るためのものだった。なんとか言う木の樹液を乾かして、さらに焼いて水で煮出すとかんすいになる。

 しかし、ない。

 レミたちもいくらか素材の手持ちはあったが、ラーメンの量産体制を敷けるほどの量ではなかった。

 ないものは仕方ない。

 と言う気持ちには当然ながら一切ならず、たもっちゃんなんとかしてよと泣き付いて塩や灰などを上に載せ魔力を込めると大体の感じでそれっぽい素材になると言う魔法陣を作ってもらった。

 ジェネリックかんすいの誕生である。

 日を追うごとにむきむきと回復してきたレミにお手本を見せてもらうと、手打ちだったルムと違ってレミは手延べで麺を作った。これは慣れないとかなり難しいらしい。

 生地をひも状に伸ばしつつ打ち粉をしたテーブルにびったんびったん打ち付けて、伸びた麺を二つに折ってまたびったんびったん打ち付ける。これを何度も何度もくり返すことで、細長くしなやか麺を作り出すのだ。

 レミのお手本教室は村の料理できる奴をいっぺんに集め、食堂の厨房を借りて開かれた。

 その時に、おもしろいように生地がどんどん細く伸ばされて、美しい麺になって行くのを切なく見詰めるクマがいた。ジョナスだ。

「これは人族でないとなァ」

 彼はがっしりもふもふとした自らの手を、じっと悲しげに見て呟いた。

 クマの手で生地を直接触ると、えらいことになるのだ。毛が。肉球の間のメルヘンな毛とかが。

 同じ料理人として、たもっちゃんはこの悲しみを見逃せなかった。

 びったんびったんするためだったら、手袋とかでいいんじゃね? と、薄手の革を素材としジョナスの手にぴったり合わせた防水の手袋を作ってあげた。

 このメガネの功績により、ラーメンの麺をびったんびったん打ち伸ばし歓喜に震える一頭のクマが異世界に生まれることとなる。

 私も世話を掛けた自覚はあったし、たもっちゃんは手を抜かず対応してくれたと思う。だから、思い出したならしょうがない。

 そうだよな。行きたいよな、大森林。行こうな。お前、よくやってくれたもんな。

 みたいな感じでちやほやと、おとなしく村を出る準備を進めた。

 とりあえず私は村の料理人たちに備蓄用ラーメンをこれでもかと発注し、メガネは天然酵母のやわらかいパンを焼けるだけ焼いて欲しいと頼んだ。自分で焼くのは飽きたとのことだ。

「行くのか?」

 と、問うたのはルムだ。

 そろそろ行くと言うことをメガネの家でリディアばあちゃんなんかに話し、夕食を終えたあとだった。

 話したその場には事務長や騎士だけでなく、エレ、ルム、レミの三人もいた。だから問い掛けると言うよりは、確認の意味が強かったかも知れない。

 たもっちゃんはそれに、うん、と答えた。

「やりたい事があるし、行かなければならない場所があるんだ」

 真っ直ぐな目をしていた。

 まるで、生まれ持った使命を今こそ果たす時とでも言い出しそうな空気があった。

 しかし、それは気のせいだ。単に自らの欲望のために、エルフの里へ行こうとしている。

 だが、そんなことは言わなければ解らない。ルムはたくましく実直そうな顔付きで、「そうか」と呟き一度そっと目を伏せた。

 我々はメガネの家のリビングで、適当に出した毛皮や布で寝床を作っているところだ。

 二階の客や、リディアばあちゃんと幼い孫たち。それと、いまだに顔を合わすたび首輪か首輪の行動制限をなんとかしてくれとうるさいリンデンなどはみな、すでに部屋に引き上げていた。

 エレとレミもそれと同じく、二階の一室にいるはずだ。ルムもまた二人と共に部屋に戻っていたものを、わざわざ時間を置いて一人階段を下りてきた。

「改めて、問いたい」

 そのために一人できたのだと、言葉にしなくても伝わってくる。

「何故、我らを助けた」

 ルムは単刀直入だった。不器用そうな雰囲気に、それがよく合っていた。

 なんだか意外な気がしたが、多分、こうして聞かれるのは初めてだ。大体の勢いで三人を引っ張ってきたことを思うと、確かに気になって当然だろう。

 でも困る。厳密に言うと、我々には彼らを助ける動機がなかった。天界の、レイニーの上司さんに頼まれただけだ。

「何で? 何でって、何だっけ」

「たもっちゃん、こっち見ないで。ムリだから。なんも思い付かないから。やめて」

 油断していた。移住についても本決まりになり、なんとなくこのまま、うやむやに逃げ切れるように思ってしまった。

 すごいキリッとした顔でこれも命運とか言ってみる? みたいな話をひそひそしてると、思い詰めた感じのルムが言葉を重ねる。

「感謝はしている。だが、都合がよ過ぎるのも事実だ。なぜ、あの場に? 偶然か? 国境を密かに越えて? 助けたのには、何か思惑があるのではないのか? ……すまない。どうしても、心のどこかで疑ってしまう」

 疑うことを恥じるかのように、ルムは苦い顔を伏せて隠した。

「多分、不幸にならないほうがいいんだよ」

 言ったのは、たもっちゃんだった。

「エレはさ。あの子は、絶対不幸にしちゃいけないんだと思う。だからだよ」

 なにがだ。と、思わず聞き返したくなるようなふわっとした言葉は、しかしルムには妙に響いた。彼はハッと息を飲み、なにやら勝手に感激しそうになっていた。

 違うぞ。不幸を極めすぎてしまうと、魔王みたいになっちゃうからだぞとは思いつつ、さすがの私も空気を読んで沈黙を守った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ