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154 家主

 貧しい農夫の姿であっても、ルムのたくましさは隠しようがなかった。

 恐らく、元は武官かなにかなのだろう。その役割と能力で、レミと共に力を合わせて主の少女を守ってきたのに違いなかった。

 その彼は今、ある一つの結論に行き着いた。

「あの者達は神がお遣わしになった天の助けに違いない」

 そうでなければ家を焼かれて危機に瀕している時に、都合よく現れて都合よく助けて都合よく万能薬を出し都合よく移住先まで斡旋し都合よくドアからドアへ移動できてたまるか、と。

 ルムはがっしりとしたアゴをぎりぎりと噛みしめ、真っ直ぐな、それともどこか遠い所をにらむような目で現実逃避などをしていた。

 意外と外していないのが、なんとなく気の毒。

 場所はローバストのヴィエル村。たもっちゃんが建てたメガネ御殿の、こだわりキッチン兼リビングである。

 途中で休憩したり少し速度を緩めたりして、空飛ぶ船が大森林の真ん中辺りに着いたのは夕方頃のことだった。

 そこには天を突くような岩山があった。ドラゴンさんの巣のある山だ。

 山の足元は重い霧で隠されて、山頂はまるで雲の上に突き抜けているかのようにも見える。ごつごつとした岩肌を白くまだらにおおった雪は、固くしまって恐らく一年を通して消えることはないだろう。

 障壁で気圧や低温から守られた船は冷たく切り立つ峻厳な嶺を軽く越え、その裾野から地の果てまで続いてでもいるような、夕暮れの広大な森に飛び込むように下降した。

 そして霧深い山のふもとでなんだここはと戸惑う三人を船から下ろし、調味料ダンジョンの手作りドアをスキルで開いて有無を言わせず押し込んだのが割とついさっきのできごとだ。

 キッチンに併設された貯蔵庫のドアから、次々と帰宅する我々を「あれまァ」と出迎えたのはクマのリディアばあちゃんだ。夕食の準備をしていたらしい。

「お帰り。お客さんかい?」

「とりあえずはそうかなぁ。俺は移住してもらいたいんだけど」

「あァ、そうかい。今は人が足りないって言うから、きっといい仕事があるよ」

 たもっちゃんと話しながらに三人に向かって優しく笑むと、クマの老婦人は任せろとばかりにうなずいて孫たちを呼んだ。

「リアナ! リノ! 二階へ行って、お役人様を呼んできておくれ」

 移住と仕事の説明をお願いするんだよ、と言い含められた子供らは「はあい!」と元気よく返事をすると、転がるようにもふもふと張り切って階段を駆けのぼって行った。

 それはいい。

 エレ、ルム、レミの三人は互いの額を押し付けるように集まって、まだひそひそとしていたが意外にはっきりこれはなんだと聞いてきたりはしなかった。

 多分ひどい動揺で、なにをどう聞けばいいかも解らない状態なのだろう。

 しかし我々、問題はできるだけ先送りにしたいタイプだ。うまい返事も一切思い付いていないので、できればそのまま問わずにいてくれると本当に助かる。

 少々不安に思うのは彼らの口からしっかりと、この村へ移住する決意を聞いてないことだった。

 我々が勝手に連れてきて彼らもそれに付いてきてくれたが、まだ迷いがあってもおかしくはない。あの、森の中にぽつんと建ったよく燃えた家には戻れないだろうが、移住は大きな決断だ。

 だから、住居や労働条件を細かく知って損はない。判断材料も増えるし、それで心が決まるかも知れない。

 ただ釈然としないのは、まだ幼げなクマたちに両手を引かれて下りてきたのが上着を脱いでシャツの襟元をくつろげた、ローバストの事務長だったことである。

「事務長もはやここに住んじゃってない?」

「住んではいない。半々だ。木材の加工所が軌道に乗るまでは、どうしても行ききが多くなる」

 ローバストの文官は素知らぬ顔で答えたが、やっぱり半分は住んでるんじゃねえか。

 キッチンと一続きになったリビングで、事務長は子供らに誘導されるままイスを引きテーブルの席に着く。

 あげくに「それで?」と、今日の用件を問われた時にはどちらが家主か解らなくなった。

 いやもうこれ自宅じゃん。

 自宅で油断して休んでたのを引っ張り出された空気じゃん。

 薄々そんな気はしていたが、事務長はこの家と家を守るクマたちに異様になじみ切っていた。なんかさあ、前から思ってはいたんだよ。いつきてもいるなこの人と。

「ルムと言ったな。君は体力がありそうだ。木材の加工所に入ってもらえると助かる」

「はい」

「あとの二人は……そうだな。工房の雑用か、食堂に仕事がないか尋ねてみよう」

「はい」

「生憎、住宅は空きがない。少々手狭ではあるが、この二階を一室空けよう。兵に荷物を運び出させるから少し待て」

「はい」

 休んでいるところを不意打ちされても、事務長はやはり事務長だった。移住者候補をテーブルに着かせ、あっと言う間に話を進める。

 エレ、ルム、レミの三人はもはや、言われるままに書類に署名し赤べこのようにこくこくうなずくだけのマシーンである。

 本人たちの気持ちがちゃんと固まる前に移住が本決まりになった感じはあるが、さすが事務長。仕事がお早い。

 住む場所ないからこの家に住めよと勧めたりしたのが別に家主じゃないと言うことだけが本当におしいが、結果としては我々も別に構わない。

 とんとん拍子で全てが整い、逆に戸惑ってしまったようだ。

 いいのだろうか、とルムがぽつりと言葉をこぼした。そして一様に不安げな視線を、エレやレミと交わし合う。

「移住には、もっと厳しく審査があるのかと」

「その通りだ。本来ならば。しかし」

 事務長はテーブルの向こうで腕組みすると、難しげに伏せた目をちらりとこちらに滑らせた。

「君達は彼等のお客だからな。厄介事を抱えてないとは思えない。場合によっては、知らずに居るのが身の為と言う事もある」

「そんな俺らがいっつも迷惑しか掛けてないみたいな」

「そんな私らがいっつも面倒しか起こしてないみたいな」

 テーブルのお誕生席に頬杖を突いて、ひどいひどいと文句を言う我々に事務長は今度ははっきりあきれたような視線をよこした。

「何か違うか?」

「違わないけどもう少しだけ優しさが欲しい」

 それか、せめてもうちょっとオブラートに包もうぜ。と思ったが、そうか。異世界にはオブラートがないのか。

「たもっちゃん、オブラート作ってこの世界に広めよう」

「何がどうなって今その話になったの?」

 いや、オブラートに包むって言いかたを使うには異世界にオブラートの存在をみなさんご存知のレベルで広める必要があってだな。

 私による訳の解らない供述を聞き流し、たもっちゃんは「でも」と不思議そうに言う。

「厄介そうだって解ってるのに、どうして受け入れてくれたんですか?」

 それに対して事務長は、はっきりと言葉にして答えることはなかった。代わりに、ふっと表情をやわらげて笑った。

 なるほどな、と私は思う。

 これはあれだな。なんとなくだが、また色んな理由を付けて税金とかを持って行かれる予感がするな。と言うかきっと、そのために貸しを作ったのに違いない。

 そんな確信をいだかせるほどに、事務長は今まで見たことがないくらいにいい笑顔をしていた。

 まあとにかく、話は終わりだ。

 さあ、いよいよラーメンの時間だ。ラーメンの作りかたを村の料理できる奴に伝授して、量産できるようにするのだ。

 わくわくしながら席を立とうとしていると、まあ待てと言って止められた。事務長である。あんなにうれしそうだったのに、笑顔はすでに別の種類に変化していた。

 なんとなくだが、これやばい。

「君達は、どうやって戻った?」

「えっと、ドアから……」

 人間は大体、家に入る時にはドア使うでしょ。そうでしょ。

 みたいな感じで答えたが、事務長はドアからドアへ移動するメガネのスキルを知っている。当然それを使って戻ったと、最初から多分バレていた。

「公爵様もご存知と言うから見逃していたが、この家は今や事情を知らぬ者も多く出入りしているのだぞ。もっと気を配ったらどうだ」

「そう……そうです。あのスキルは、危険です。戦争でも始まれば、望まぬ形で利用される事もありますよ」

 たまらずと言わんばかりに同意して、レミまでが優しい顔を真剣に曇らせ不穏な危惧を口にする。

 その感じがあまりに恐くて、我々はドジっ子系美少女のように思わず「ふええ」と力なくうめいた。反省はしている。

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