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153 これから

「いや、この世界では悪の力とは関係のない魔族って種族が存在してて、その王を魔王と呼ぶから俺達が知ってるラスボスとしての魔王の概念とは明らかに違う」

 みたいなことを、たもっちゃんと言う名の世界観警察から細かくレクチャーされながら、一休みして夜明け頃。

 そろそろ出発しようかと、周囲ではみんな忙しく船に荷物を積み込んだりしている。

 家具なども使えるなら持って行こうぜと、メガネのカバンで偽装しながらアイテムボックスに収めたり普通に船に載せたりだ。

 そんな端から少し明るくなり始めた空の下、いまだ障壁の中で眠り続ける中年ハゲを私は冷たく見下ろしていた。

 たもっちゃんに聞いたのは、これから起こるはずだったことだ。実際に、少女が闇落ちするほどの事件は起こってはいない。今はまだ。

 でもなんか、納得はしてない。

 こいつらは平気で人の人生を奪うのに、なんの代償も払っていない。

 理不尽だ。不公平だ。そしてなにより、はらわたが煮え返るようなくやしさを覚える。

 私はあれだぞ。許さんからな。

「たもっちゃーん」

 少し離れた所から呼ぶと、移動しながらの朝食用にサンドイッチを用意しているうちのメガネがなあにとのん気に頭を上げる。

「この障壁、もう消しても平気?」

「消したら草の煙が散っちゃうから、二十分くらいで起きちゃうと思うよ」

 でも、もう出発するから大丈夫なのは大丈夫。たもっちゃんの返事を聞いて、おっさんたちを一晩中閉じ込めていた障壁を解除してもらう。

 農具を手にしてばたばた倒れたメタボハゲ率いる集団は、いまだ眠くなる草の効果で深い眠りの中にいた。その足元に近付いて、私は次々に靴を奪う作業に入る。

「えぇー……リコ何やってんの?」

「アルットさんてさ、いたじゃん。親分の毛をいっぱい買ってくれた人」

「アルットゥね。覚えてる覚えてる」

 大森林の間際の町で、ギルドを通して素材の売買を行った相手だ。その人は砂漠に住む民で、たもっちゃんが適当に使う魔法とは少し違った不思議な力を持っていた。

 直接見たのは精霊で伝言を飛ばすところだけだが、村には呪術の得意なおばばがいると話に聞いた。

「その内会いに行くんでしょ? そん時にさ、おばばにこいつら呪ってもらうから」

 呪いには本人の髪や爪や持ち物が必要になる。私が泥にまみれたおっさんの靴を奪っているのはそのためだ。正直おっさんの足に触るのは嫌だが、今は憎しみが勝っている。

 マジかよリコ、さすが陰湿。たもっちゃんはそんな変な絶賛だけして料理に戻るが、代わりにテオやルムがせっせと靴の窃盗を手伝ってくれた。彼らに向けて、私は指示する。

「右足。脱がすの右足だけにして」

 そしたらあれよ。仲間内で靴の取り合いになったとしても残ってるの左の靴ばっかりだから、結局履けなくて全員が右足の裏をザクザクにしながら帰るはめになるって寸法よ。

「リコほんと、嫌がらせには余念がないよね」

「まだこんなもんじゃないから。呪いの内容も考えてあるから。強めの残尿感がずっと消えなくて十五分に一回はトイレに行かずにはいられずに、二年ごとに尿路結石になる呪いとか」

「こ、この人でなし!」

 集めた靴をメガネのカバンでごまかしながらアイテムボックスに収めていると、たもっちゃんは突如、恐怖に震えて悲鳴のように叫んだ。呪いがえぐすぎるとのことだ。

 日本で一回天寿を全うしているメガネも、結石に苦しんだことがあるらしい。あれは本当につらかったなどと暗澹とした表情で語り、恐怖のあまりにちょっと泣く。

 まあなんか、心底嫌そうなのは伝わってくるので呪いとしては多分正しい。


 空飛ぶ船に乗り込んでから気が付いた。

 ブルーメに戻るためには、もうやだと思ってた密入国をもう一度行う必要がある。マジこわい。

 犯罪行為の緊張でうつろになりつつサンドイッチはしっかり食べて、密かに入った国を出た。空飛ぶ船はレイニーが隠匿魔法で隠していたので、良心がとがめて後ろめたいと言うほかはなにもかもが順調だった。

 そう言えば、と思い付いたのはさらにあと。大森林の上空を船で横切っている時だ。

 全部そのまま捨て置いて出てきてしまったが、大地主の横暴を訴えたりしなくてもよかったのだろうか。役人とかに。

 いや、我々は密入国した身の上だ。役人の前に出る訳には行かない。

 だから呪いの素材を集めるだけに留まったのだが、エレ、ルム、レミの三人ならば不都合はなかったような気がする。

 もしかして、我々が出国を急いだせいで正当な権利を奪ってしまったのではないのだろうか。そんな不安が一瞬よぎるが、しかし余計な心配だった。

 がっしりと大きな体格同様、たくましげな顔を苦くしかめてルムが言う。

「あの辺りの役人は、みな大地主に抱き込まれていた。仮に訴えたとしても、握り潰されて仕舞だったろう」

「マジか。地域ぐるみでロクでもないじゃん」

 お役人が汚職に走ると、市民としてはものすごく困る。やっぱ最後は呪いよね。私刑だけども、証拠とか残らない感じもするし。

 やはり私の判断は正しかったな。みたいな気分で一人どやどやとうなずいていると、エレが心配そうにレミの顔を覗き込む。

「大丈夫?」

「心配はいりませんよ」

 レミは小さな声で答えたが、多分それは嘘だろう。

 高速移動の乗り物は、速度のぶんだけ前から後ろに負荷が生じる。空飛ぶ船も同様だったが、それは言われてみれば確かに解る、くらいのわずかなものだった。

 しかし、病み上がりの体にはそれさえこたえてしまうのだろう。レミにはルムが座椅子のようにくっ付いて、背中をずっと支えていたがそれでもすでにぐったりとしている。

 そうだった。病気は薬で治っても、体力は回復してないんだった。

 これはいけない。ような気がする。

 毛皮や布を敷き詰めた上を這う感じで移動して、船の一番前の所で操縦しているメガネへと近付く。

「たもっちゃん、レミさんちょっともたないかも知んない」

「えっ、具合悪いの? 大丈夫?」

「いやー、体力的にしんどいみたい。これさー、もうドアとかで直接村に行ったほうがよかったんじゃない?」

 のんびりとした謎馬がのんびりと引く謎馬車に比べれば、この船はボロいがものすごく早い。それでも、今日中にローバストまでたどり着くのは不可能だ。

 最初エレたちの家に向かった時は、クレブリの街を午後に出て真夜中に着いた。距離を稼いだり迷ったりしたので、実際の移動時間はもう少し短かかったはずではあるが。

 ドラゴンさんのご自宅と調味料ダンジョンの両方を擁する大森林の真ん中の、天を突く峻厳な岩山と森の端までを船で飛行して仮に半日と少しの行程とする。

 岩山は大森林のほぼ真ん中にあるので、残りの距離も半日と少し。大森林の間際の町から王都まで飛ばして一日弱と言うことを思うと、大森林って意外に小さいような気もする。国が大きいってパターンもあるが。

 メガネによると日暮れまで休まず大森林を飛行して、それでも残りの距離はざっくり二日前後とのことらしい。レミの感じを見ていると、ちょっと先が長すぎると思うの。

 ドアのスキルでさっさと帰ればよかったね。などと言うあとからならなんとでも言える私の無責任な発言に、たもっちゃんはしかし「あー、それね」と軽く答えた。

「考えはしたんだけどさ、あれじゃない? 俺ら信用ないじゃない? いきなりきて都合よく助けて都合よく万能薬出して都合よく移住斡旋した上に都合よく引っ越しまで手伝って、空飛ぶ船でも非常識なのにドア開いたら別の場所ってちょっと意味解んなくない?」

「あー、それな」

 言われて、やっとうっすら理解した。

 なにも考えてないのかと思えば、どうやら考えてなかったのは私だ。最初に船で行ったから、帰りも船で戻っただけかと思ってた。

 あの三人が一応なにかを納得し、この船に乗ってくれているのはアーダルベルト公爵のありがたい書状のお陰でしかなかった。我々自体を信用したとかでは決してない。

 飛行魔法はめずらしいと言うが、概念としてなくはない。でも行ったことがあるとこだけドア。貴様はダメだ。転移とは違うし、それに類する魔道具でもない。ドアを開くとなぜか別の場所につながる非常識なスキルを、なんとなくで納得するのは我々だけだ。

 それを説明するのは正直なんかめんどいし、これ以上の訳の解らなさを煽ることはないのではないか。そんな理由で船での移動を選んだらしい。メガネの深刻なコミュ力離れ。

「体力。体力ね。うっかりしてた。リコのお茶とかでも全然ダメなの?」

「元がね。へろっへろだったから。急にはね」

 あと、体によいお茶を与えすぎたことにより、レミの虚弱な胃袋はすでにたっぷんたっぷんになっている。我々は悟った。なんかもう、これはムリだなと。

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