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152 人生丸ごと未来まで

 うどんとは違う。そうめんとも違う。パスタではないし、そばとはそもそも風味が違う。

 それは異世界の小麦粉によりミントブルーの色合いであったが、わざわざ仕上げに揉み込んで独特の縮れ麺にされていた。

 ラーメンである。

「異世界愛してるー!」

「リコ、落ち着いて」

 小さく素朴な山小屋は壁に切られた窓や木戸から炎が吹き込み、家の中もこげていた。それでも家具などの調度品は結構無事で、外観が丸焼けであることを思えば比較的まだ軽症だ。

 台所は居間もかねていた。と言うか、玄関近くの壁際に小型のかまどと水甕が置いてあるだけだ。

 出会いは、そのすぐ横の調理台だった。

 台には布をかぶせたトレイが置かれ、そこに、麺が隠されていたのだ。ラーメンの。

 まだ料理としては完成前のラーメンの生麺を発見し、ウッホウッホと重いステップでよころびを表現する私。たしなめるメガネ。なんだなんだとよってくる、不審げなテオ。

 我関せずと見ているだけのレイニーとついでにトロールの金ちゃんの、その後ろからは三人家族が引き気味に見ていた。

 ゴリラは私一人だけだった。

 なんでだよ! ラーメンだぞ!

 たもっちゃんに取っては基本、麺は買うものであるらしい。お鍋の時に必要に迫られ、うどんくらいはこねたりもしたがラーメンはなぜかダメだった。なんかめんどいとか言って、作ろうともしてくんないの。

 その遠い存在が今、目の前にあるのだ。

「たもっちゃん、たもっちゃん。カップ麺作りましょ。フリーズドライとかでなんとかなんでしょ? きっと売れるよ。野営続きの兵隊さんとか旅人に。受けるよ、多分」

 あの一回死んだようなインスタント麺が好きなんだよ私は。そんなことをウホウホ語ると、メガネは真顔でなるほどとうなずく。

「それでラーメン食べ過ぎて足の爪がガタガタになってる事にある日気付いて慌てて健康に気を使い始めるんだな」

「……たもっちゃん、それはただの私」

 ラーメンに罪はないんや……。うっかりそればっか食べすぎただけで……。

 昔のことを持ち出され、私の中の荒ぶるゴリラが若干震えておとなしくなった。あれはホントに恐かった。

 焼かれた山小屋に住んでいた、三人家族は移民だそうだ。

 がっしりとした大きな体で、農具の集団にひるむことなく対峙していた男をルム。病にありながら懐に短剣を飲んでいた、線の細い男がレミ。そして彼らと一緒に暮らす、もうすぐ十四の少女の名前をエレと言う。

 たもっちゃんが彼らに、これからのことを問うたのは夜食のラーメンをすすりながらのことだった。

 若干スモーキーな感じはしたが無事だった生麺をもらい受け、たもっちゃんがダンジョン産の中華スープの素などを使って適当にラーメンに仕上げてくれた。歓喜。

 彼らが明日の食事用にと作って寝かせてあった麺は三玉。一人の量を半分にして六つに分けたが、障壁の中で眠りこけている集団を除けばここには全部で八人がいた。

 これにはうちのトロールも含むが、三人のリアクションは特にない。色々あって疲れたか、おどろく余力がないのかも知れない。

 この麺は食べ慣れてるとルムとレミが遠慮して、じゃあスープの味見だけでもと野菜とお肉を多めに煮込んで食卓に出す。全員で囲むとぎゅうぎゅうにせまっ苦しいその小さめの食卓も、家の中で無事だった。

 麺についてはやはり素人が作ったもので、太さもまばらでぷちぷち短くちぎれてもいた。でもいいの。ラーメンに貴賤などないのだ。

 これはルムが故郷の料理をまねて打ったものだと言うから、その土地へ行けばプロのラーメン屋がいるのかも知れない。

 ラーメンを食べるためだけに旅をしようと、異様にキリッとした顔で私が提案しようとしていた時だ。たもっちゃんが、三人に問う。

「これから行くアテとかあるの?」

「いや、それは……しかし、もうここにはいられない。もっと早く、去るべきだった」

 目を伏せて低く静かに語る家長に、残る二人の表情が陰る。

 一人はこのトラブルを引きよせたのは自らだと自覚して、もう一人は自分の病で家族までもが逃げる時期を逃したとくやむ。

 体を悪くしていたレミは、すでに少女に詰めよられ万能薬を飲んでいた。落ちてしまった体力までは戻らないようだが、咳は止まって顔色もいい。

 誰かの背中か馬車に揺られるくらいの旅なら、病み上がりの体でも耐えられるだろうか。

 家は焼け、大地主にはにらまれてしまった。この土地はもう捨てるしかないが、しかし行き場は特にない。そんな家族に、たもっちゃんは軽く話を持ち掛ける。

「じゃあさ、別の国でも大丈夫? 新しい木材の事業とか始めてて、移民の受け入れしてる領地があるんですけど」

「ローバスト?」

 私が問うと、たもっちゃんがうなずく。

「そう、五年働くと家がもらえて、十年働くと領民として戸籍もらえるって」

「あ、マジで? いいね。ちょうどいいじゃん。それでローバストでラーメンの作りかた広めて、麺の完成度高めるといいですよ」

 ラーメンのために旅するのもやぶさかではないが、近場で食べれたらそれはそれでいい。

 期待いっぱいに見詰めると、三人は顔を見合わせ戸惑っていた。そりゃそうだ。多少助けたりはしたが、我々は初対面だった。信用できるかも解らないのに、全ての命運を託すことはできないだろう。

 しかし、ここで妙な覚悟を見せたのはまだあどけなく若い少女だ。

「あなたがたが望むなら、従いましょう」

「エレ!」

 ルムとレミが同時に叫ぶが、少女は静かに首を振って男たちを抑える。

「この命はもはや、拾ったものと考えるべきよ。今夜この人たちがいなければ、どうなっていたか。それに、わたしは約束したの。与えられた薬が本物であれば、その対価はなんなりと払うと」

 エレが薬の対価と言った辺りでテオが眉をひそめて視線だけで私を責めたが、そんな約束はしていない。いやホント。してない。言ってるのを聞いただけ。

 マジかあ、待って。と割とパニックの私に向かい、二人の男が同時にバッと激しく頭を下げる。

「俺はどうなっても構わない。しかし、この子は……!」

「私の事も、なんなりとお好きに。ですが、この子だけは……!」

 我らの命でなにとぞ娘ばかりはと、男たちは悲壮な感じでぐいぐいくるが娘をどうにかする予定は最初からない。

「待って。ホントに。待って。なんもしないから。待って」

「どうか……!」

「どうかこの子は……!」

「ねえ、聞いて。マジで」

 なんもしねえと言い続けてもなんか必死な男たちの耳には届かず、我々はすっかり困り果ててしまった。

 どうするよと話し合い、最後の手段に取り出したのは筒状に丸めた皮でできた紙だ。

 これは忘れもしないかなり前、最初にブルーメの王都から逃げ出した時にアーダルベルト公爵がいざとなったら使うといいと渡してくれたありがたい書状だ。

 公爵家の紋章と当主の署名がどーんと入ったこの書状を見せると、なぜか待遇がよくなると聞いた。すごい。便利。超ふしぎ。

 その高級な皮の紙を広げて見せると、やっと、ルムとレミは息を飲んで黙った。レミは鑑定スキルを持っているようだから、本物であると解ったはずだ。

 私はさ。なんとなくだが、この書状はなんかこう。最後のトドメの印籠的な使いかたをするものだと思い込んでいた。チームミトコーモンだけに。

 まさか信用がなさすぎて、お願い信じてとすがるように使うはめになるとは。

 こうして使う機会がとんとなく、存在自体を忘れ気味だった書状の威力で罪なき人々をぶん殴る形で事態は一応の収束を見た。


 確かに少々、お節介と言う気はしてた。

 そもそもレイニーの上司さんから頼まれたのは、彼らに万能薬を渡すことだけだ。恐らくレミの病気が治りさえすれば、苦労はしてもあの場と大地主の魔の手から逃げられたと言うことだろう。

 ローバストへの移住の誘致は、たもっちゃんがたまらず勝手にやったのだ。

「だってさー、あの子さー、元は王族だったのが王位争いで親殺されて自分も暗殺され掛けてよその国に逃げてきたのにさー。大地主に目ぇ付けられて家族の面倒も見るっつわれて仕方なく結婚したのに嘘で、一人は薬代ケチって死なされて、もう一人は奴隷商に売られた先で死んじゃうんだよ。つらくない? しかも人への絶望が深過ぎて悪魔に魂売っちゃうの。それで世界に混沌をもたらすの」

 全てをガン見で見通して、同情いっぱいに嘆くメガネにあとから聞いた。看破スキルって人生丸ごと未来までネタバレなのかよと思ったが、とりあえずそれは横に置く。

 なんかその、世界を憎んで強大な悪しき力を手に入れる感じ。あれじゃん。

 それ、もはや魔王じゃん。

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