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150 迷子

「関係なかったな」

「関係なかったね」

 たもっちゃんと私は咸臨丸と言う名のボロ船に乗り込み、若干遠い目でうなずき合った。

 空飛ぶ船はすでにクレブリの街を離れて、結構な速度で内陸部へと進路を取っている。孤児院の子供も大人も我々を普通に送り出してくれたが、それが逆に釈然としない。

 船を出したのに。

 私の肩掛けカバンではなく、たもっちゃんの腰にくくり付けてあるたもっちゃんのカバンの中の、アイテム袋から取り出すと見せ掛けてボロ船を出したのに。

 いや、その偽装方法はこれまでも何度か使ってはいた。子供にねだられ、水あめ草を出す時とかに。

 たもっちゃんには俺のカバンを女優袋に使うのやめてよお! などと苦情を言われたが、自分のカバンがないんだからしょうがねえだろとシカトした。

 しかしそうして取り出していたのは、手で持てる程度の小さなものだ。でもな、船はな。大きいからな。

 なかなかごまかすのも難しいよなと、私は最初からあきらめていたのだ。

 それがさ、全然大丈夫だったの。なんか思うより、みんななにも気にしてなかった。

 よく考えてみれば、それもそうかと思わなくもなかった。偽装の女優袋として使うのが私のカバンかメガネのカバンかってことだけで、やってることは変わらない。

 しかもメガネのカバンの中には、本物のアイテム袋が実際にあった。むしろこれまでの、アイテム袋はたもっちゃんが持っているのになぜか私がぽいぽいと荷物を出すと言う内在的な矛盾が消滅さえしていることになる。

 シーサーペント探しに行く前に、このことに気が付いてればなあ。あんなにびしょぬれにならなくて済んだのかも知れないなあ。

 あんまり深く突っ込まず、ちょっとした矛盾をあっさり流してくれるのは助かる。でもなんとなく、流されすぎも若干寂しい。

 もっと私らに興味持ってくれてもいいのに。

 そんなことをぶつぶつ言いつつ、我々は春のクレブリをしょんぼりと去った。


 レイニーの上司さんから請け負った、お使いめいた試練の役目を果たすため。

 我々は深夜の森をさまよっていた。

 迷子だ。

「たもっちゃんさあ……」

「待って。違うの! 方向は解るの。方向は! そこに道がないだけで」

 レイニーの照明魔法に照らされながら、たもっちゃんはやだー、ふしぎ! みたいな感じでなにかをごまかそうとしていた。なにかって言うか、間違いなく自分の不手際を。

 私たちがクレブリを出たのは、お昼を食べてからだった。午前中はユーディットと共に冒険者ギルドまで行って、ギルド証の発行にあてた。

 それから空飛ぶ船を文字通り飛ばして街を出て、そこそこの距離を稼いだところで適当なドアを探して移動した。

 たもっちゃんのドアのスキルで一気に移動した先は、大森林の真ん中だ。最近育てている最中の、調味料ダンジョンの入り口である。

 ダンジョンは切り立った岩山のふもとにあって、その山は某最上位ドラゴンの住まいだ。しかし今回は長距離移動のショートカットが目的であるので、家主への挨拶やダンジョンの育成はまたの機会にお預けとする。

 ドアで移動するためにしまってあった船を出し、そこからさらに目的地を目指す。それは峻厳な岩山の、標高高く霧や雲に隠された山頂を越えた先にある。

 我々が普段暮らすのは、ブルーメと言う国だ。最近覚えた。国土は大森林に隣接し、その向こうには別の国が広がっている。

 ドアのスキルや飛行魔法をこれでもかと駆使し、我々が密入国したのはその国だ。

 別に、正式なルートでも入国はできる。

 だが、それだとその国に行ったってことがすぐにバレるし、バレるとものすごく怒られる。ような気がした。

 なぜなら大森林をはさんだ向こう側の国って多分、さらったエルフで商売してる疑いで今ちょうどブルーメの王様辺りがどうにかしようとしてくれている相手だ。

 それをガン見で看破して伝えたのはうちのメガネだが、この件には関わってはいけないとすでに強めの勧告を受けていた。

 エルフの略取と売買は国家レベルの犯罪だと言うので、よく解らないなりにではあるが、色々とややこしそうな気配は感じる。きっと、うちの変態が出る幕ではないのだ。

 なので、その国を訪れるにはタイミングとしては最悪だった。

 でも、用がある。しかも上司さんのお使いは、可及的速やかにとのことだ。

 怒られるのはやだ。でも行かずに済ますこともできない。

 そりゃあさ、しょうがないよね。密入国も。

 普通に入国すると記録が残ってバレるけど、密入国ならバレず怒られなくて済むのだ。我々はそんな可能性に賭けた。

 ただし、アーダルベルト公爵のスキルが嘘を見抜く判定者の能力だと言うことは、割と普通に忘れてた。ワンチャンなどなかった。

 当然ながら、密入国は人目を避けて遂行された。

 空飛ぶ船は人家のない辺りを選んで大森林の上空を出たし、レイニーが隠匿の魔法を施していた。万が一誰かが近くにいても注意を引くことはなかっただろう。

 でも、めっちゃこわかった。

 しょうがないしょうがないと言い訳しつつ、怒られるやつに変わりはなかった。プレッシャーからめちゃくちゃドキドキしてしまい、とりあえず、二度とやだ。

 そうして結構着実に、しかしびくびくと我々の密入国はなしとげられた。迷子になったのは、そのあとである。

「妙な企てをするからだ!」

 すっかり暗い森の中、テオはいら立ちを隠しもせずわめいた。めずらしい。

 その手にあるのは私が貸したミスリル鎌で、たまらず文句を言いつつも行く手をはばむ草や枝葉をしっかり打ち払っていた。根のマジメさがにじみ出る。

 その後ろに付いて歩きながらに、でもでもだってと言い訳をするのはうちのメガネだ。

「だってー、だってさー。いきなり家まで押し掛けてって万能薬タダであげるよっつってもさー、怪しくない? そんなのさー、受け取んなくない?」

 わかる。それは押し売りにもほどがある。

「でもね、たもっちゃん。だからって本気で迷子になることはないかなって思うの」

「うん……まあ、それはね。まあね」

 やいのやいのと言い合う男子たちの後ろから、口をはさむとメガネは解りやすく言葉をにごした。

 私たちに課せられた使命は、とある一家に万能薬を届けることだった。

 レイニーが通訳してくれた上司さんの話によると、もうすぐ、その家の誰かが死んでしまうのだそうだ。それが天界には不都合らしい。

 なんかよく解らんが、助けられるなら助ければいいよね。

 しかしメガネの言う通り、いきなり現れた人間が得体の知れない薬を出して、素直に受け取り使ってくれるとは限らない。

 そこで、たもっちゃんは一計を案じた。三文芝居をくわだてたのだ。

 題して、森で迷って半泣きの旅人がやっと見付けた一軒家の住人に必死こいて助けを求めて一宿一飯のお礼とばかりに万能薬をどうにかして受け取らせる作戦~! である。

 具合の悪い家族がいるなら、薬さえ渡せばまあ使うだろと言う雑さ。

 そのために目的の一家が住んでいる、森の手前で船を下ろした。それから途方に暮れた迷子の感じを演出しつつ道らしい道もない意外と深めの森へと分け入ったのだ。

 それがどうだ。今では演出ではなく実際に、我々は途方に暮れた迷子でしかない。

「たもっちゃん、なぜなの?」

「いやまさか道もないとは思わないよね」

 深夜の森のひんやりとした静けさの中、私はメガネとすでに何回ループしたか解らない生産性皆無の会話をしていた。魔法の明かりだけを頼りにばっさばっさと道を切り開いて行く、テオに付いて歩く以外はすることがないので仕方ない。

 最初の頃は目に付いた草をむしったりもしていたが、先頭から遅れがちになり金ちゃんがイライラし始めた。群れから離れてはいけないとでも思うのかも知れない。

 木の根がぼこぼこ顔を出す地面の上をすり下ろす勢いで引きずられ、さすがにやめた。

 だから、その異変にはすぐに気付いた。

 正しくは、異変に気付いたテオの様子がすぐに解った。

「この臭いは?」

 先頭で、背中を向けたテオが呟く。その声に、みんなですんすん鼻を鳴らすと確かになにかこげくさい。これなんか、まずくない? と、たもっちゃんは飛行魔法で全員を森の上空まで持ち上げた。すると。

「あっ、やばい。何か目的地凄い燃えてる」

 空には春の月がある。その下で、森は黒い影のかたまりのようだ。しかし黒い森の一ヶ所だけが、赤く揺らめき燃えている。

 離れた場所に小さく見えるその火の場所が、どうやら目的地のようだった。

 まだ全然遠いじゃねえかと責める私をシカトして、たもっちゃんは煌々と燃え盛る炎に向かって急いで飛んだ。

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