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15 旅立ち

 いやね、なんか朝から食堂のイスにしばられてる奴がいると思ってはいたんだよ。でもまさか、自分に関係あるとは思わないよね。

 事情を知ったのは夕方だ。

 湖から戻ると、メタボなシルエットの巨大魚が馬車に積み込まれているところだった。

 前日に私たちが捕獲した魚は、三匹共すでに解体されている。だから、別の冒険者が釣ったのだとすぐに解った。

「姐さん」

「その呼びかたはやめよう」

 私の肩を叩き、声を掛けてきたのは昨日も食堂で話した冒険者の女だ。しかしこれまで張り詰めた感のあった表情は、打って変わって晴れやかに見える。それで解った。

「ああ! 釣れたんだ。よかったですね」

「ありがとう、アンタのお陰だよ」

 いや、私はなんのアドバイスもできず、役に立たなかったはずだ。

「解ったんだ。アンタが言ってたのって、欲を掻かずに無心で挑めって事だろう?」

 だから今日は、釣りに興味のない自分が釣り竿を持った。なかなかアタリはなかったが、心を無にして辛抱強くがんばった。ねばった結果、なんとか一匹釣り上げたと言う。

 この作戦のために、獲物に執着しすぎた仲間をしばって置いて行ったらしい。食堂にいたアレだ。なかなか、ムチャをなさる。

 釣り上げた魚は馬車の中で魔法で冷やし、夜明けを待って町のギルドまで運ぶそうだ。

「今の内に挨拶しておくよ。アタシの名はターニャだ。お陰で、どうにか無一文は免れた。本当に感謝してる。この借りは、いつか返させておくれね」

 なんと言うポジティブシンキング。

「私、あんなこと言ったっけ……?」

 颯爽とターニャが去ったあと、一瞬不安になってたずねた。

「いや、役に立ちそうな事は何も」

「帰りたいと思ってたら釣れたって意味解んねぇと思ってたけど、無心って言われるとそれっぽいな」

「えぇ、本当に。それっぽさだけは」

 うちのパーティメンバーが、雰囲気名言のぬれ衣を着せてくる。

「て言うかね、よその事はいいんだよ」

 食堂でテーブルを囲み、たもっちゃんが深刻そうな空気を出した。

 そう、よそ様のことはいい。それよりも問題なのは、今日の我々がボウズであると言う事実だ。つまり、釣果がない。しかも釣り竿にアタリさえない、つるっぱげだったのだ。

「リコさ、どうなの? 今日はどんな気持ちでやってたの?」

「昨日あんなに獲れたのに、釣れねーなー。あと二匹なんだけどなーって思ってた」

「雑念が酷い」

 たもっちゃんが真顔だ。

「魚は詳しくないが……魔獣を相手にしていると、驚く程にこちらの心中を読むものもいる。そう言った獲物は、手強い」

「リコさん、煩悩を捨てて命運を神様に委ねましょう」

 テオからは高ランク冒険者らしい含蓄のあるお言葉を、レイニーからは絶対信徒ゆえの神に丸投げ勧告をいただいた。

 でもまあ、そうだよな。私がぐだぐだ考えたところで、ムダでしかない。相手は毎日命がけで生きる、野生の生き物だ。あちらのほうが役者は上に決まってる。

 釣れる時は釣れる。釣れん時は釣れん。あとは知らね。神様、気が向いたらよろしくお願いします。

 そんな気持ちで挑むと、次の日はなんとか一匹釣れた。翌々日は、四匹釣れた。

 村は、どんちゃん騒ぎ最高潮だ。

「世話になったねぇ」

 満面の笑みを浮かべ、私たちを送り出すのは村長だ。そしてその後ろには、村長と全く同じ表情をした何人もの村人たち。

 最低五匹と指定のあったところへ、八匹を納めたからだろう。うれしくてたまらないって空気が、村全体を包んでいる気がする。

「役に立てたなら、よかったですよ」

 たもっちゃんと村長が握手を交わし、別れの挨拶をした。依頼の期間は一ヶ月。まだ半分くらい残っていたが、八匹もあれば充分だと村から依頼終了の申し入れがあった。

 正直、助かった。最後のほうともなると、ぼーっとするのも限界で朝から帰りたくて仕方なかった。

 依頼達成を証明する木札を村長から受け取り、村を離れる。

 たもっちゃんはゾイレエンジの魚の切り身を分けてもらって、うれしそうだ。色んな料理を試したいと、張り切っている。

 対して私は、町に続く道をうつむき加減にとぼとぼ歩いた。切なさが止まらないのだ。

「まぁ……元気を出せ。子供は気紛れなものだ。悪気はないさ」

 気まずそうにしながらも、なんとかなぐさめようとするのはテオだ。たもっちゃんとレイニーは、もらった魚をどう調理するか真剣に話し合うので忙しいらしい。

 依頼を終えての旅立ちは、村の子供たちも見送ってくれた。

 その中には当然、ナタリーもいた。前回の別れでは、取り乱したと聞いている。それが少し、心配だった。――だったのだが。

「おばちゃん、ばいばーい!」

 彼女は、元気よく手を振って送り出してくれた。

 なぜなの。前の時、泣いて暴れたって言ってたじゃんよ。いや、いいんだ。いいんだよ。いいんだけど、ひたすらに解せぬ。


 半日歩いて町のギルドにたどり着き、依頼達成の報告をした。すると窓口の職員は、思いっ切りおどろいた顔を見せた。

「釣れたんですか? それも八匹?」

 何度も何度も、依頼達成の木札と我々を見比べる。

 小さなギルドだ。窓口カウンターは一つしかなく、職員も多くはないようだ。今対応してくれているのは、私たちにゾイレエンジの依頼を割り振った本人だ。

 達成できないと思いながら、仕方なく割り振ったんだなあ。我々も、期待以上の働きをしたと自負している。いくらでも遠慮なくほめたたえて欲しい。

 窓口で渡される成功報酬の金二枚は、四等分した銀貨と銅貨で用意してもらった。一人当たり銀二枚と銅十枚。

「待て。おれはパーティから外れている」

 報酬はもらえないと、テオが辞退しながら一歩下がった。

「あー、またそう言うこと言うー」

「受け取っといて。テオいなかったら、多分リコとか何回も溶けてるし」

「リコさん、わたくしの分は預かっておいて下さる?」

 レイニーは銅貨だけを取り、銀貨を私の手に載せた。預けると言うか、貯金箱扱いだ。

「あ、そうだった」

 戸惑いながらも報酬を受け取ったテオに、さらに銀貨二枚と銅貨六枚を渡す。

「これ、クラインティアの攻略アイテム売ったぶん。ほかのドロップアイテムはまだ売ってないから、今は払えないけど」

「あぁ、あれか……。四人で分けてこれなら、思ったよりは高く売れたな」

 あのダンジョンにしては悪くない。テオは感心していたが、四等分ではないからなあ。金一枚と銀一枚に、銅貨が十八枚で売れた。

「あれ。リコもしかして、三等分した?」

「した。私攻略してないし」

 ダンジョンの中で、私は草を刈っていただけだ。だからドロップアイテムも三等分するし、逆に私が刈った草は渡さない。絶対にだ。

「それは違うぞ。普通なら、ドロップアイテムを全て持ち運べる訳ではない。ダンジョンで荷物は邪魔になるからな。リコが持ち帰ったからこそ、利益になるんだ」

「えー、それでいいの?」

 いいなら、お言葉に甘えてしまうぞ。

 それならドロップアイテムの利益は四等分するとして、しかし攻略アイテムぶんは三等分のままだ。私、どう考えても攻略はしてないので。そして草は渡さないので。

 このギルドでもドロップアイテムを買い取ってもらえるか聞いてみたが、魔石や謎爪やトサカを各種数個ずつ引き取ってくれただけだ。蛇の毒牙は、比較的いい値段だった。

「すいません。うちの予算は大部分が魔魚の買い取りに回されているんです」

「ゾイレエンジの?」

「ええ。みなさんもこれから戻られるんですよね。釣れたら、是非いらして下さいね」

 窓口で職員がにっこりと笑うが、私たちは首をかしげた。今日、村を出てきたばかりだ。どうして戻るのだろう。

「えっ、戻られないんですか? 魔魚、釣れたんですよね。釣れた魚、全部依頼主に納めてきたんですよね。だったら、自分達でも釣るべきです。釣るの、得意なんですよね。あの魚、一匹の買取価格が金六枚ですよ」

 我々は、気まずさやプライドを捨てた。そしてすぐさま、ゾイレエンジの村に戻った。

 即座に戻ると決めた時、テオがなんとも言えない顔をしていたのが忘れられない。いや、だってあんた。金貨六枚て。

 村の近くを通ると言う農夫の馬車に乗せてもらって、日暮れ前には村に着いた。案の定、村の人には戻りが早いとあきれられた。

 翌朝、でもやっぱり飽きたなあ。帰りたい。などと思いながら釣り糸を垂れると、午前中で二匹釣れた。

 金貨六枚の魚が二匹で十二枚。四人で分けると一人頭金貨三枚。

 お帰り、金貨。また会ったね!

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