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147 みんなニッコリ

 急な来客で割と本気で忘れていたが、たもっちゃんはそもそもイグアナの生態を暴くべく外にガン見に行ったのだった。城主と神官をくっ付けて戻ったのはたまたまだ。

 孤児院の広間で騒がしく、夕食にしながらその辺のことを思い出して問う。

「で、どうだったの?」

「んー、何かね。あいつらの巣があったって言う島に、シーサーペントが住み着いたみたい。それで島にいらんなくなって、クレブリの方まで逃げてきたっぽい」

 たもっちゃんは味噌で煮込んだ謎の魚をつっつきながら、マニアにしか解らなそうな固有名詞を出して答えた。

「シーサーペントってなんなの?」

「でっかい海蛇」

「じゃあ最初からウミヘビって言ってよ」

「どうしてリコはこのファンタジー感を楽しもうとしないのか」

 信じられないと言うように、ゲームに毒されたうちのメガネは悲しい顔で大げさに嘆いた。

 楽しむって言うかな。それ以前にな、なんかな。最近ちょっと、カタカナの言葉を覚えるのがきつい。

 そんな主張を真正面からしていると、あんなに騒がしかった食卓が言いようのない悲しい空気に包まれた。おい、やめろ。子供まで気まずそうに黙るんじゃない。異世界だぞ。カタカナの概念どうなってんだ。

 たもっちゃんの話によると、住み家を奪ったでっかいウミヘビをなんとかすればイグアナたちも島に戻るだろうとのことだ。

 そうなれば街でのイグアナ被害もなくなり、あのかさばってジャマだが基本的におとなしい魔獣の群れを駆除しなくて済む。

 それはみんなニッコリじゃない? みたいな話に落ち着いて、まずばウミヘビをなんとかしに行こうと言うことになった。


「では、くれぐれも気を付けて」

 と、一夜明けて翌日。

 赤茶のレンガで作られた元倉庫の玄関で、我々を見送る職員にまざってクレブリの神官長がにこやかに手を振る。

 なぜなのか。

 いや、理由は一応知っている。この孤児院では子供らに勉強も教えていると聞き付けて、一度授業を見ておきたいと朝から普通に遊びにきたのだ。名目上は視察と言い張るなどはしていた。

 なんとなく釈然としないものをかかえつつ、我々はクレブリの沖合いにある小さな島へと飛び立った。

 この際に、いつものボロ船は使わなかった。正確には、使えなかったと言うべきだろう。

 なぜならメガネが名付けて完全に名前負けしたあの咸臨丸と言う船は、私のアイテムボックスの中にある。そして私は大森林で愛用の肩掛けカバンを失っていた。

 つまりアイテム袋から出すと見せ掛け、アイテムボックスの中身を取り出す偽装をするための女優袋がないのだ。女優袋って言うか、適当な袋が。袋がないと、さすがに船などの大きな物はごまかせない気がする。

 前にテオから買い取ったアイテム袋もあるにはあるが、あれはいつも大体メガネが持っている。私はこれまでそれとは別に、自分のカバンからぽいぽい品物を出してきた。数的に、もう一つアイテム袋が存在しないとこれまでの行動と齟齬が生じることになる。

 まあ、すでにしれっとお茶とかおやつとか出してはいるが、それはメガネのカバンに手を突っ込んで強引にごまかすなどした。そこは大丈夫だと強い心で信じつつ、とりあえず今は島には飛行魔法で行った。生身のまんま、乗り物はない。

 当然ながら、島は海に囲まれている。そうでなければ島とは呼ばない。

 そのために、出発前に脱落したのはテオだ。

 あの流されやすいイケメンが、「海に出るのは絶対に嫌だ」ときっぱりと拒否した。まるで宗教上の理由だとでも言わんばかりに、固い決意を感じさせる顔だった。

 前もこんなことがあった気がする。

 どうやら泳げないらしいAランク冒険者様を陸に置き、ついでに子供らにきゃあきゃあと襲われている大人気の金ちゃんを任せた。

 金ちゃんは連れて行ってもいいのだが、連れて行かなくても別にいい。だったらヒマにさせると片っ端からいらんことする子供らと遊んでいてもらいたい。

 と言う話に、テオがした。金ちゃんの面倒を見るために仕方なく自分が残るみたいな空気を出して、テオもまた我々を見送った。

 なんとなく釈然としないのは、ここは俺に任せろみたいな雰囲気を出すイケメンのせいもあったかも知れない。

 まあ、それはいい。泳げないとは絶対に言いたくない年頃と言うものなのだろう。テオはすでにいい大人だが。

 そうしてメガネと天使とついでに私の三人で、向かった島は近所のご老人たちから聞かされた通りそう大きなものではなかった。

 ただし島としては小さいだけで、広さ的には野球のグラウンドよりも二回りほど大きい。野球はしないし見ないので、大体の感じで多分だが。

 それなりに大きさのある島は、海面から飛び出した小山のようだ。海に接するのはごつごつとした岩場で、植物は少なく、島の盛り上がった真ん中辺りにひょろひょろと細い木々がまばらに生えているのが見える。

 そのガタガタといびつな円を描いた海岸線に長い体を横たえて、それはいた。ぐるりとゆるく丸めた体で島を囲む姿は、まるで自らの尾を食むウロボロスのヘビだ。

 ごめん、嘘。いや、嘘ではないが、ちょっといい感じに言いすぎた。

「けっこーでかくない?」

「シーサーペントだからね!」

 航行中の船を襲って沈めたりする海の魔物で、どうたらこうたらとメガネは語る。が、あまりピンとこなかった。

 海岸と海面の境界に、寝そべっている巨大なヘビは見ようによっては海から打ち上げられたかのようだ。

 ただそのぬめぬめとした見た目だけで言うなら、ウミヘビと言うより別のなにかに近いような気がする。

「これってさあ、ヘビなの? くしゃみしたら地震が起きるやつじゃない?」

「鯰ってくしゃみするんだっけ?」

「まぁ。あれが地面を震わせるのですか?」

 その姿はあまりにも、ナマズとしての完成度が高い。ぬるんと奇妙に丸みを帯びた、頭の辺りにヒゲでもあれば完璧だった。

 そのためになにとは言わずうっかり会話が成立し、結果としてレイニーに江戸時代の人みたいな誤解を生んだ。面倒なのでそのままにしておく。

 我々はそのヘビと、ヘビのいる島を上空から見ていた。たもっちゃんの雑な魔法ではなくて、レイニー先生の細やかな飛行魔法によって個別に宙に浮いた状態である。

 狩りに関してなんの役にも立たない私と、不殺の誓い的なしばりのあるレイニーが一緒に連れてこられた理由はこれだ。

 大体の感じでしか魔法の使えないうちのメガネは、飛行魔法とほかの魔法がいまいち一緒にしっくり使えないらしい。

 でも飛べないと海の上だと困るから、シーサーペントと言うの名のナマズを狩る間ちょっと俺を浮かせといて欲しいの。

 そんなことをもじもじと言い、レイニーにそっと賄賂のおやつを手渡すなどしていた。

 それって間接的に狩りに参加することにならない? 天使的に大丈夫? などとムダに心配したが、直接攻撃する訳ではないからまあいいんじゃないかとのことだ。

 ただしそう語るレイニーは両手いっぱいのおやつを見詰め、多幸感にあふれて浮付いていた。多分あんまりなにも考えてないので、あとで上司さんに怒られると思う。

「なんかさあ。これ、やっぱ私は別にいらなくない? レイニーいればいいんでしょ? レイニーがいれば。二人でやってよ。私抜きでさあ」

 割とびゅうびゅう海風の吹く上空で、私がぶちぶち文句を言うとメガネは強めに「駄目だよ!」と答えた。

「確かに正直リコはいなくてもいいんだけどさ。リコいないとレイニー一緒にきてくんないじゃない?」

「たもっちゃんを見てると正直って別に美徳じゃないなって思うよね」

 あれでしょ。私を連れてきたら自動的に守護天使もくっ付いてくるからそのためだけに連れてこられたんでしょ。知ってた。

「寒いんだよ。まだ寒いんだよ海の上とか」

「まぁまぁ。こんなでっかい鯰、見れる機会も滅多にない事だし」

「ナマズは別に見たくないー。つーかもーナマズって言っちゃってんじゃーん。ファンタジーはいいのかよー。ファンタジーはー」

 しーさーぺんとじゃねえのかなどと、わあわあ好き勝手に騒いでいるとレイニーが「あ」と小さく呟いた。

 我々も、慣れがあったのだと思う。

 それか、油断とでも言うべきものが。

 いや。そもそも私は草しかむしっていないので、油断するほどの慣れはない。

 それでも、もっと注意するべきだった。

 気付いた時にはぬるりと大きく口を開いた巨大なヘビが、頭をもたげて間近に迫り私たちを飲み込もうとしていた。

 我々が余裕ぶって見下ろしていたのは、時には船を沈めて人的被害を出すような、それなりの力を持った魔獣であるのだと。

 思い出したのは、そうなってからだ。

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