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143 ソース

 なんかよくよく話を聞くと、しばらく前にリンデンは夜中にこっそり賭けごとなんかをしていたらしい。仕事を求めて集まってきた労働者たちと、数人でのお遊びのようなものだったそうだが。

 そうしたら、まあ。普通に。魔道具の首輪に付けられたギャンブル禁止の行動制限に抵触し、たもっちゃんの宣言通りにすっごいくさいにおいが爆発的に猛威を振るった。

 せまい部屋を閉め切っていたこともあり、その場にいた全員が失神。翌朝発見された時にも、まだ白目をむいてぴくぴくした状態だったとのことだ。

 においに敏感な獣族だけにとどまらず、人族まで同じ状態だったと言うからその威力がしのばれる。恐ろしい。

「そっから賭けに誘ってもらえねェしよ! ババァの監視は厳しくなるし! 子供らァはべったりで好きに遊べねェしよォ!」

「いや、だからギャンブルやめなさいよホントに」

 あんたそのせいで奴隷になって、丸腰で大森林に放り込まれそうになってたんでしょ。おまけに嫁には逃げられているし。反省しろ。反省を。

 私が父グマとそんな話をしていると、たもっちゃんが焼き上がったばかりのコッペパンに切り目を入れてこちらによこした。

 これはあれだなと見当を付けて、アイテムボックスに常備してあるヤジスフライとソースを出した。

 ソースは大森林のドラゴンさんのダンジョンで、ねばって手に入れたものだった。

 その入れ物は陶器のようにつるりとしていて、大きさも形もマグカップに似ている。ただフチの一部が小さく三角形に出っ張って、液体のそそぎ口になっていた。便利。

 これはとんかつソースだが、ほかにもウスターやうなぎのタレや焼肉のタレなどもある。入れ物が全部同じで中身も似たような色なので、見分けるのには多少の慣れが必要だ。

 しかしあの遠い夏の日に、冷蔵庫でよく冷えた謎の茶色い液体をそうめんのつゆか麦茶かと見極めてきた我々にならなせばなると私は信じる。麦茶だと疑いもせず思いっ切りめんつゆを口に含むとなんかすごいびっくりするよね。

 パンにはさんだヤジスフライにとんかつソースをほどほどに垂らし、容器からしぼり出したマヨネーズを載せる。

 この太ったナスみたいな形の植物に詰まったマヨネーズもまた、ダンジョン産だった。

 自分で作れるからいらないと言う意識高いメガネと、手作りと既製品は味が違うと主張する私の軋轢などを乗り越えて手に入れた一品だ。メガネの意見をガン無視し、ダンジョン内で強く願うとこの状態で生えてきた。

 同じくダンジョンではほかにも色々と産出されたが、今はまだ安定していない。これらの調味料や微妙に調味料から外れる細々とした食品をあのダンジョンに定着させるには、もう少し根気よく通う必要があるらしい。

 とんかつマヨのヤジスパンをぽいぽい作ってみんなで試食していると、食堂に人が増えてきた。

 多分お昼が近いのだろう。木材の加工所は、この村の近くに領主が張り切って作ったと聞く。そこで働く人たちが、食事のために移動してきたようだ。

 たもっちゃんは、それを見てあわてた。

「ごめん、ジョナス。パン焼くのもうちょっと掛かる」

「あァ、かまやしねェ」

 食事時に厨房が使えなければ、食堂としては困るはずだ。しかし店主のジョナスはあんまり気にしていなかった。

「こん頃じゃ、あっちでいっぺんに作ってっからよ。オレがこっちで作んのは、村のもんの注文やらヤジスの料理くれェなんだ」

 あっちと言ってジョナスがさすのは、増設された大きいほうの厨房だ。そう言われると、向こうには確かに白いエプロンの料理人たちが何人もいた。そしてすごく忙しそうに、きりきりと働く姿が見える。

 ジョナスの所には今、多くのパン職人がいた。やわらかいパンの焼きかたと酵母菌の扱いを学ぶためだ。こちらもまた領主によって推進される新事業の一つだ。

 彼らが修行と称して作り出す大量のパンを消費するため、木材加工所の労働者たちにはここで食事が提供されることになったのだそうだ。

 大体の客は食事のトレイを手に持って、適当に空いたテーブルに着く。その前に一瞬、ギクリと体を強張らせてからそそくさと逃げるように去って行くのは多分金ちゃんのせいだろう。

 いつものように食堂でお昼にしようと思ったら、顔に傷を持つ片腕のトロールがカウンター前の床に座ってふわふわのパンにかじり付いているのだ。

 さぞやおどろいたことだろう。彼らはきっと、味の解るトロールを見るのは初めてだったに違いない。

「そう言やァよ、パエリアっつったか? 恐怖の実ィ使った料理もあるらしいじゃねェか。詳しい作り方教えてってくれよ」

 思い付いたように、言ったのはジョナスだ。

「あれ、よく知ってんね」

「おォ。最近きた奴がうまかったっつっててよォ。それならあんたらァの料理だって、お役人が言ってたからよ」

 へー。いいよ、じゃあ一緒に作ろっか。

 とか言って、たもっちゃんはジョナスと一緒にまた厨房の奥へと引っ込んで行った。

 恐怖の実と呼ぶ生のお米や調味料を要求されるまま、アイテムボックスから出して渡してあることに気付く。この材料はもしかして。

「炊き込みごはん?」

「せっかく醤油とかあるから、ついでに試したいんだよね」

 たもっちゃんはそんなことを言いながら、洗ったお米に刻んた野菜や魚介類、一方には肉などを入れて調味料をざばざばと加えた。

 お米を使った料理の鍋は二つあり、平らな鉄鍋は魚介類のパエリア。土鍋には鶏肉入りの和風炊き込みごはんができるとのことだ。

 隣り合った二つのかまどの火の上で、フタのすき間からしゅうしゅうと熱い湯気が吹き出している。そんなお鍋を期待いっぱいに見ていると、「あッ!」と子供の声がした。

 声のほうを振り向けば、大小様々なサイズのクマにまざってひときわ小柄な、そして文字通りの意味で毛色の違う生物がいる。

 それは小さな手で我々を指さし、さっとこちらに駆けてきた。

「おばちゃん! おばちゃん! みずあめちょうだい!」

 そしてちんまりとした前足で、迷いなく私の上着をつかんだ。

 やめろ。愛おしい。

 とっさにそんな気持ちになったところで、思い出す。なんか前にもこんなことがあった。

 私の服をつかむのは、小さなタヌキの前足だ。その後ろにはおそるおそると言うように、タヌキの子供に手を引かれ仕方なく付いてきたような小さいヒツジの姿があった。

 私は、この子たちのことを知っていた。かつて選民の街からしめ出された我々が、スラムで出会った旅する獣族の子供たちだからだ。こんな所でなにやってんだ。

「とうちゃんたちが、かこーじょとこーぼーではたらいてるの。オイらはまだ小さいから、村でまってるの」

 ヤジスフライをはさんだパンを両手で大事そうに持ち、小さなヒツジはとつとつと説明してくれた。小さい子供がおいらって言うと、なんか解らんけど最高にかわいい。

 こーぼーと言うのは、工房だった。どうも木材の加工所と共に、家具を作る小さな工房も作られたらしい。

 ヒツジの親は割と力があるらしく、木材の加工所で働いているそうだ。同時にタヌキだかアライグマだかあいまいな、小柄だが手先の器用な獣族たちは工房でイスやテーブルを作っているとのことだ。

 選民の街で出会った時には旅の途中と言う雰囲気だったが、この村が目的だったのだろうか。それとも住む場所を失った、行き場のない流民だったのか。

 どちらにしても、今はここで仕事と住まいを手に入れて腰を落ち着けているようだ。

 そんな我々の再会の様子に、「なんだァ」と気の抜けた声を出すのはちんまりと緑のチョッキを身に着けたクマだ。

 どうやらパエリアの話をジョナスにしたのは、この子たちの親だったらしい。

「あんたらァ、顔見知りだったんか」

「うん!」

 元気よく答えたのはタヌキの子供だ。小さな体でちょこまかと、あぐらをかいた金ちゃんの肩に乗っている。なぜなのか。

 私の顔で水あめの味を連想し、なにも考えずに突進してきたタヌキの子供は遅れて金ちゃんの存在に気付いた。やはり一瞬びくりとしたが、慣れた。それもすぐ。

 うちのトロールが首輪もあっておとなしいと解ると、一緒にいた子供のクマたちも巻き込んで遠慮なく肩や頭によじのぼっていた。その中にはかつて私にヤジスをくれた、あの小さな子グマもいるはずだ。多分。

 獣族の表情はいまだによく解らない。しかしきゃあきゃあ言って金ちゃんにしがみ付く子供らが、完全にわくわくしているのは間違いなかった。すごく暴れて楽しそう。

 クレブリの子供たちもそうだが、イケると判断した時の子供ってなぜこんなにも容赦ないのか。もみくちゃにされながら黙って耐えて、たまに子供をぽいぽいとしかしソフトに投げる金ちゃんの忍耐力を評価したい。

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